祠祠祠-臨時放送

あげあげぱん

第1話


「ユウちゃん。俺、北の山の祠を壊したんだよね」


 高校からの帰り道、アッ君は悪びれもせずそう言った。私はどう反応するべきか迷い、ポカンとしていたんだと思う。アッ君は楽しそうに笑いながら言葉を繰り返す。


「北の山の祠を壊したんだよね」

「それは分かるけど……え? いつ、なんで?」

「なんでって度胸試しだよ。午前四時に山まで行って祠をぶっ壊したんだ。すげえだろ」

「すげえというか……バチとか怖くないわけ?」


 アッ君、顔は良いんだけど子どもっぽいところがある。幼稚と言うべきかもしれない。顔は良いんだけどなあ。馬鹿だなあ。私の彼氏なんだから、もう少し大人になってほしい。


 そんな風に考えていた時。


「お前あの祠壊したんか?」


 背後から声がして、振り返ると知らないお爺さんの姿があった。こんな近くに居たのに気が付かなかった。本当に……本当にそうなの? まるで、今そこに出現したような……いや、そんなことありえない。


「は? なんだ爺」


 アッ君がお爺さんに突っかかろうとする。私は彼の手をつかむ。


「ユウちゃん。なんで俺の手をつかむんだぁ?」

「アッ君。何か変だよ」

「変って何が……?」


 アッ君が不思議そうに私を見ている間、私の顔はお爺さんの方に向いていた。お爺さんの顔が不自然なほど小刻みに動くのが、生理的に無理だった。


「お前あの祠壊したんか? お前お前ああの祠祠祠壊したんかん?」


 やばい、こいつなんかやばい。逃げないと。逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!


「逃げるよ! アッ君!」

「お、おう!?」


 私はアッ君の手を引いて走り出した。無我夢中で、気が付いた時には私の家の前についていた。お爺さんは……居ない。うまく撒いたのか、そもそも追ってきてはいなかったのか、分からない。でも、怖かったあ……今はひとまず安心。


「なんだったんだ? あの爺?」

「分からない。でも、逃げきれたみたい」

「そうか。不気味な爺だったなあ」


 アッ君は気持ち悪そうに舌を出した。その後、彼は私と一緒に家の玄関まで来てくれた。そこでお別れを言って、彼は手をヒラヒラと振った。


「じゃ、また明日な」

「アッ君。一人で帰り道大丈夫?」

「大丈夫だって。爺なんかに撒ける俺じゃねぇ~」

「ほんとに?」

「心配しすぎだって。でも、ユウちゃんは今日、家から出ない方が良いだろうな。明日の朝、俺が明日迎えに来るよ。何かあればすぐに俺を連絡しろよ。深夜でも良いからな」


 アッ君は、彼なりに私のことを心配してくれているみたい。そのことが嬉しい。


「ありがとう……気をつけてね。アッ君」

「ダイジョブだって」


 アッ君はいつものようにヘラヘラと笑いながら帰っていった。私は、今日はもう家から出ないと誓った。怖いもん。


 その日の夜、私はずっと家のリビングでテレビを眺めていた。怖い気持ちをまぎらわしたかったし、なんだか眠れなかったからだ。ちっとも眠くならない。神経がピリピリしてるのかも。


 時間が経っていき、お父さんもお母さんも寝室へ行ってしまった。私は明るいリビングでテレビを眺め続けていた。まだ、眠くない。でも、そろそろ寝ないと明日に響きそう……だけど部屋を暗くして寝るのはやだなあ。なんだか嫌だ。


 そんな時、不意に部屋の明かりが消えた。こんな時に停電!? あれ? でもテレビはついてる?


 テレビでは新しい番組が始まるところだった。知らない番組。ニュース番組かな。アナウンサーさんの顔がなんだか不気味でやだなあ。チャンネルを変えようかな。そう思って、動かそうとした体が、動かないことに気付いた。え? なんで?


 テレビの画面には山の風景が映っていた。そこに男の声が入る。


「祠祠祠-臨時放送の時間です」


 そして、映画のエンドクレジットみたいに画面をたくさんの名前が流れていく。私は画面から顔を背けることができなくて、流れる名前を見ていた。怖い、気持ち悪い、でも、私はこれらの名前を見ないといけない気がする。


 画面を名前が流れていく中、男の声で奇妙な言葉が繰り返される。言葉……いや、呪文?


「昇抜天閲感如来雲明再憎……昇抜天閲感如来雲明再憎……昇抜天閲感如来雲再憎……」


 男の声で不気味な呪文が繰り返されている。その間も画面では名前が流れていて、その中に、私は見つけてしまった。そこに、アッ君の名前があった。なんだか凄く嫌な予感がする。


 やがて最後の名前が画面を流れて、男の声で「山の祠を破壊したのはこの人たちです。おつかれさまでした」と、番組は締められた。部屋の電気は暗いまま、テレビの画面も消えてしまった。私の体は動くようになって、急いで近くのスマホを手に取った。


 嫌な予感を覚えながら、アッ君に電話をかける。深夜だけど、アッ君は連絡しても良いと言っていた。だから、お願い。電話に出て!


 四度のコールの後、アッ君が電話に出てくれた。と、思った。


 電話口から甲高い声で。


「ハイレタ。ハイレタ。ハイレタ」


 私は叫びながら電話を投げ捨てた。恐ろしくて、うずくまりながら、朝が来るまで泣いていた。怖くて恐ろしくて、泣くことしかできなかった。


 翌朝、アッ君が私を迎えに来てくれることはなかった。

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祠祠祠-臨時放送 あげあげぱん @ageage2023

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