8

第37話

「お母さん、本当に行かないの?」


「ごめんね。お父さんとふたりでおばあちゃん家に行って」


 沙羅の言葉に納得のいかない美幸は、リビングの掃き出し窓の向こうにある駐車場で、車に荷物を積み込んでいる政志の方をチラリと見る。


「ねえ、お母さん。お父さんと仲直り出来なかったの?」


 夫婦喧嘩の行く末を気にしていた美幸は、おそるおそる訊ねた。

 美幸の心配をよそに、沙羅は穏やかに微笑む。


「心配かけてごめんね。お母さんがおばあちゃん家に行かないのは、お父さんとはちゃんと話し合って、特別に夏休みをもらったの」


「お母さんの夏休み?」


 まだ、疑いを残した様子の美幸に言い聞かせるように、沙羅はゆっくりと口を開いた。


「そう、お盆休みに、おばあちゃん家に行ってもお手伝いがたくさんあって、ぜんぜん休めないじゃない」


「うん。お母さん、お手伝いいっぱい頼まれるもんね」


「少し疲れちゃったから、今回はお休みにしてもらったの。それに、いつも休みがないでしょう。たまには、ひとりきりで何にもやらずにダラダラ過ごして、美味しい物食べてリフレッシュするつもり」


 ハッと目を見開いた美幸は、胸の前で手を合わせた。


「そうだね。お母さんだって、お休み欲しいよね。いつも忙しそうだったのに気が付かなくてごめんなさい」


 素直に優しく育っている美幸の様子に、沙羅は目を細める。

 不倫の制裁としては中途半端な選択だったのかもしれないが、美幸を悲しませずに済み、これで良かったと思えた。


「ひとりで過ごしたいなんて、お母さんの我が儘なんだから、美幸は謝らないで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東京・金沢 恋慕情 〜サレ妻は、御曹司に愛されて〜 安里海 @35_sango

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ