第2話 後編
その日家に帰ってきた俺はベッドの上でゴロゴロと転がりながら先ほどの余韻を噛み締めていた。
あんな告白まがいなデートの誘いをしておいて、今さら怖いものなどないと思った俺は葵さんにメールで日程の相談をした。
デートの日が来週に決まると、当日まで世間話のメッセージのやり取りが続けられるような関係になっていた。
夜どちらかが寝るまでメッセージが続き、朝は先に寝てしまった方がおはようから始めるという典型的なやつだ。
俺は早く会いたいという気持ちと、このメッセージをずっと続けていたいという矛盾した気持ちに挟まれていた。
そして約束の日が明日に迫った時、葵さんからこんなメッセージが届いた。
「明日夜まで時間ある?」
「1日中空いてるよ」
「じゃあ明日は夜まで遊ぼっか!」
「超楽しみ!今日寝らんないかも!」
「ちゃんと寝ないと明日の映画の途中で寝ちゃうかもよ〜?」
こうして元々楽しみだった明日の予定が、さらに楽しみになった。
翌日はお昼頃に集合して、ランチを食べた。
葵さんが気になっていたというイタリアンのお店だった。
慣れないお店だが浮かないように気を張っていると、
葵さんが「そんなに気張らなくていいよ」と言ってくれ、なんだか見透かされているような気がした。
「美味しかったぁー」
「俺あんなにうまいパスタ食ったの初めてだった!」
「ねー!ほんと評判通りだったよ〜!」
店を出てからは映画館に向かった。
見る映画は最近泣けると話題の恋愛映画だった。
その映画のラストシーンで不覚にも泣いてしまった俺は、ふと隣を見ると無表情の葵さんがいた。
いつもはあんなに表情豊かな葵さんからは想像がつかないことだった。
その時ちょうどスクリーンから聞こえたこのセリフが忘れられない。
「自分の好きな人に自分を好きになってもらうことは難しい。だからこそ恋は燃えるのだ。たとえそれで燃え尽きたって良いじゃないか。
その経験が、また燃え上がる為の燃料になる」
映画の主人公がそう言った時、浅はかだが俺は今日葵さんに告白しようと決意した。
映画館を出てゲームセンターやショッピングモールをブラついていると、あっという間に時間は過ぎて行った。
これが恋かと再度思わされてしまうほど、好きな人といる時間はあっという間なのだと実感した。
「まだちょっと晩御飯には早いよね。
あ!そうだ!少しだけカラオケしない?」
「いいね!行こう!」
俺はこの時チャンスだと思った。
このカラオケで告白すると決めた。
カラオケBOXに入り、数曲歌うと自然と曲の入っていない時間が流れる。
意を決して…言う。
「葵さん!」
「ん?どうしたの?」
「好きです」
「…」
「俺と付き合って下さい!」
数秒間、時が止まったようだった。
そして葵さんが口を開く。
「そっかぁ。このタイミングかぁ。
私から話そうかと思ってたんだけどなぁ…」
「?」
「実はね、私も純一くんに話があったんだ」
「どんな話?」
「私、今週末に北海道に引っ越す事になったの」
「え?」
突然過ぎて全く理解が追いつかない。
「私の両親ね、すっごく仲悪いんだぁ。
私がバイトしたりマッチングアプリをしてたのも、雰囲気の悪い家に居たくないっていう理由もあったの。
それでとうとう離婚する事になっちゃって、私はお母さんの実家の北海道について行く事になりました。
元々大学にはお父さんの言うこと聞いて通ってただけだし、もう退学届は提出してあるの」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
理解が追いつかないまま色々なことを言われて更に混乱してしまう。
「ごめんね突然。
だから今日が最後になるかもだから、出来るだけ長く一緒にいたかったの」
「じゃあ告白の返事は…」
「ごめんなさい。
きっと純一くんなら、またすぐに良い人に出会えるよ」
「そ、そっか」
他に言葉が出せない。
「なんだろうね。
18歳を超えたら成人って言われてもさ。
結局私達学生は親がいなかったら何にも出来ない子供じゃない?
自分の人生ってなんなんだろって思っちゃうよ」
「俺もそう思ってた。
みんなは必死に受験勉強して、良い大学目指して、結局最終的に何になりたいかも分かってないくせになんでそんなに必死になれるんだよって…。
でも今なら分かるよ。
みんな怖いんだ。
分からないから怖いんだ。
だから誰かが言ってる「勉強しろ」や「良い大学に行け」っていう言葉にすがるしかないんだ。
俺は初めてこんなに人を好きになって、気付けた事が沢山ある。
俺さ、初めてひまわり畑に行った時、あまりに葵さんと景色が綺麗で、今度はそれを写真に収めたくてカメラ買ったんだよね。
そんでカメラ触ってるうちにハマっちゃってさ。
将来、あんな綺麗な写真撮れる人になりたいって思ったんだよね」
「いつか…撮ってよ」
「じゃあまた会ってくれよな…」
「北海道に来てくれるならね」
「俺…カニ好きだし」
「遠いよぉ〜?
飛行機使っても全部で4時間以上かかるんだから。
それに、お金だって沢山かかるし」
「バイトするよ!」
「純一くんは私のことなんて忘れて、次の恋に向かった方がきっと幸せになれるよ」
「なんでそんな事言うんだよ…」
「私なりに考えた結果なの。
私も純一くんのこと、もっと知りたいとは思ったけど、
もしこのまま君を好きになってから離れたら、そっちの方が辛くなるって思った」
「そっか」
そんな事言われたら何も言えなくなるじゃないかと、
そう思った純一は自分の無力さを痛感した。
結局その後は夕飯を食べて、別れ際にもう一度少しだけ話をした。
「カメラマンが夢だったらさ、どんな進路になるの?」
「カメラマンの学校がいくつかあるんだよね」
「いつか純一くんの撮った写真を見るの楽しみにしてる」
「葵さんは向こうでどうするの?」
「私は服飾系の学校にでも通おっかなって」
「いいじゃん。葵さんオシャレだし」
「最後まで褒めてくれてありがと」
「最後にさ。手、握ってもいいかな…」
「いいよ」
そうして数十秒間、俺は葵さんの手を握り、溢れそうになる涙を必死に耐えていた。
そして短くも儚い俺の一夏の恋は終わりを告げた。
―翌年の3月―
「お母さんバイト行ってくるねー!」
「いってらっしゃい」
北海道の生活にも慣れてきた葵は、服屋さんで新しくアルバイトを始めていた。
4月からは服飾の専門学校へと入学が決まっており、将来の夢に向かう準備をしていた。
彼女の通勤ルートにはまだ咲いていないひまわり畑がある。
そこを通るのが好きで、頻繁にその写真をSNSに投稿して、夏が来るのを待っていた。
純一のことはSNSでその活躍を見ていた。
アルバイトをしながら写真を撮っているらしい。
葵は純一の撮った写真が投稿されるのを日々のささやかな楽しみにしていた。
その日のアルバイトが終わり、スマホを見るとそのSNSに通勤途中のひまわり畑の写真が載っている。
まさかとは思っていたが、そこにはカメラを持って写真を撮っている純一の姿があった。
「なんで?」
「写真、撮りにきた」
「でもまだ咲いてないよ」
すると純一が鞄に手を入れる。
「これ、渡したくて」
そこには3本のひまわりが包まれていた。
「覚えてたの?」
「あの時は正直あんまり聞いてなかったんだけど、
3本のひまわりの花言葉は『愛の告白』だろ?」
「そう。それから本数が増えていく度に、もっと大きな愛の言葉に変わっていくんだよ」
「あれから色んな写真を撮って思った。
やっぱり1番撮りたいのは君だって」
「普通それだけでこんなところまで来る?」
「葵さんと一緒に居たい。
それが俺の答えで、進路だ」
「こんなドラマみたいな事されたら断る訳にはいかないじゃん…」
「まじ?よかったぁ…」
「こんな大胆な事しておいて、その返しは情けないよ?
自信なかったの?」
「実は俺もうこっちのカメラマンの学校に入学決まってるんだよね。
もし断られたら、この先の2年間ずっと葵さんから隠れてコソコソと通おうと思ってた」
「何それ。
そんなギャンブルみたいなことしてたんだ。
まぁ純一くんらしいや」
そして2人は未だ咲かぬ、ひまわり畑を笑顔で歩いて行ったのだった。
ある夏の君とひまわり 完
ある夏の君とひまわり 野谷 海 @nozakikai
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