モンスターブリーダー~異世界転移した爺様は鑑定の力で幸せになる~

いくらチャン

第1話 不幸な老人の最後


 とある地方の、とある田舎街の、とある小さなペットショップ。

 決して大繁盛しているわけではないけれども、地域ではこの店しかペットショップがないのと、店主の人柄や動物への愛情を注ぐ姿から、人々から親しまれている店である。


 店の名前は、『わんわん王国』。

 店名から察せられるように、犬を主体に取り扱うペットショップである。とはいえ、ここ以外に他のペットショップやアクアリウムショップがないのもあって、犬以外にも種類は少ないが様々な生物を取り扱っている。


「ふー。 これで最後かのう」


 店内は多くの生き物たちの鳴き声で溢れかえって......はいなかった。

 店内のケージにはひとつたりとも生き物の陰はなく、爬虫類やアクアリウム用の水槽も灯りは消され水が抜かれていた。


「40年、か。長いようで、短かったのう」


 空っぽになった寂しい店内を見渡しながら、老人......わんわん王国の店主である川崎徹カワサキ テツは独り言つ。

 いましがた運び終えた水槽の縁に手をかけ、ゆっくりと椅子に座りながら顔をしかめる。


「あいたたた......はぁ。やっぱり、歳には勝てんのう......ふむ。 エメ、エメや!」

「ワンッ!!」


 店の奥にある半開きのドアを開け、一匹の柴犬が徹の下へと駆け寄ってきた。

 徹はエメの頬をぐりぐりと揉みながら腰の痛みに歪んでいた表情を和らげる。


「今日でこの店も終わりじゃのう......お前さんも仲間がおらんなって、寂しかろう?」

「くぅーん......」



 15年前。以前二匹の柴犬を購入した客が、生まれたから助けて欲しいと持ってきた五匹の子犬。その中で、一匹だけ体が弱く、明日には死んでしまうかもしれない子犬がいた。

 なんとかこの小さき命を助けたい。そう願い、徹は獣医の知り合いや遠くのペットショップ仲間の助けもあり、子犬は命をなんとか繋いだ。

 他の四匹に関しては引き取りては直ぐに見つかった。だが、この体の弱い子犬だけは徹自身が引き取る事に決めた。


 それは、この年に長年連れ添ってきた妻と娘家族を事故で失い、一人生き残ってしまった寂しさや後悔を埋めるためのモノだったのかもしれない。

 だが、大事故で家族を失い、生きる気力を失っていた徹にとって、生きようと必死に親の乳首を探して口を開ける子犬の、その懸命な姿がどうしても眩しく、愛おしく、救いたかったのだ。


 犬の名は、亡くなった孫の好きだったキャラクターの名前をとり『エメ』とした。

 最初は体の弱さから病気に罹ったり、怪我をすることも多かった。しかし、徹の献身の世話により、エメは立派な成犬となり、いまでは徹の掛け替えのない家族となったのだ。


「あれから、15年か......もうエメもおばあちゃんになってしまったねえ」

「ワンッ! ウゥー......」

「はは、ごめんごめん。まだまだ元気だもんな。だが、私は少しばかり歳をとり過ぎた」


 御年70歳。もはや体のあちらこちらが痛み、三年前には大病も患った。

 医療の発達もあり病気自体は快復したものの、体力はいまだ戻る事はなく、そろそろ引退をして余生をエメと過ごそうかと決意したのが半年前の話だ。


 地域の人たちからは惜しまれての事だったが、唯一ひとりだけ長年雇ってきた従業員が別の場所に店を構え、跡を引き継いでくれるとのことで徹は肩の荷が下りた思いだった。

 大切な家族を失った15年前の出来事は、今でも鮮明に覚えている。それが故に、あれ以来車に乗る事が出来なくなってしまった。

 そんな不幸のどん底に叩き落された徹を救ってくれた、エメという存在。これからは、エメと共にゆっくりと、余生を過ごしていこう。


 そう心に誓った徹の運命は、次の瞬間破られることとなった。


 突如空っぽの店内を照らす二つの光。

 あまりの眩しさに徹は思わず腕を上げて視線から光を避けようとした。そして、その先に見えたモノに目を見開く。


「な、なんじゃあ!?」

「ワンッ!!」


 けたたましい音と共に飛び散る玄関ドアのガラス。

 それらをものともせずに店内に突っ込んでくる鉄の塊。


 車。


 徹にとって忌むべき存在であるそれは、何故か本来走るべき場所ではない場所を走っていた。

 まっすぐに一直線で徹へと向かってくる車は、ブレーキなど一切かけず更にスピードを上げる。

 いくら最近では毎日の健康に気を使い、朝のラジオ体操や軽いジョギングなど同年代に比べればまだ体が動く方である徹とはいえ、あまりの出来事に咄嗟の動きが出来なかった。


 だが、それでも、唯一の家族だけは護る。その一心でエメを抱きかかえた徹が最後に見たのは、運転席で混乱と恐怖に顔を引きつらせる、自分よりも幾分か年上であろう老人の顔であった。


                  ◇◇◇◇◇◇



「ん......うぅーん......ぬぉぉ、いたたた」


 瞼の奥に差し込んでくる光に、徹は身じろぎをする。と、同時に激しい頭痛に襲われ、思わずうめき声をあげた。

 しばらくの間、寄せては返す頭痛の波に苦悶の表情を浮かべ瞼を閉じていたが、それが段々と納まてくると徹は自分が置かれていた状況を思い出し、慌てて上体を起こす。


「え、エメは大丈夫か!?」


 突撃してくる車が最後の光景であったからに、自分もエメも無事では済まないだろうと、目を見開いて辺りを見る。

 が、そこに広がる光景は、徹にとって予想外過ぎるものであった。


「なんじゃ、ここは......私の店は、何処に消えたんじゃ?」


 辺り一面に生い茂る草木に、見たこともない花。何処か遠くから聞こえる動物の鳴き声らしきものは、これまたどう形容していいのか判らない、初めて聞くものだった。

 そんな自然あふれかえる光景に、徹は呆然自失といった感じで一人佇んでいた。が、大事な家族の姿がないと直ぐに意識を取り戻す。


「エメや! エメは何処におる!! おーい!!」


 しばらく声を上げ続ける徹。近くの背の高い草などを掻き分けてエメを探すも、何処にも姿は見当たらなかった。

 30分ほどエメを探していた徹であったが、ふと自分の体の異変に気がつく。


「そういえば......腰が、痛くない?」


 あれだけ長年悩まされ続けていた腰痛が、きれいさっぱりと無くなっていた。それだけではない。他にも、膝の痛みや慢性的な目の霞。手のしびれ等も全部なくなっていたのだ。

 もう30分ほどエメを探しているというのに、息も上がっていない。

 突然健康体になった自分の体に、徹はㇵっとなりしょんぼりと頭を垂れる。


「そうか......結局、私は車にひかれて死んでしまったのか。そうでなければ、これだけ体がよくなっている説明がつかん。それなら、ここは天国というものかの?」


 決して聖人の様に清らかに生きてきたわけではないと自覚している徹であったが、それでも地獄に堕ちるような悪行を働いた覚えもない。

 もし自分が死に、死後の世界があるとすれば天国に行けるくらいの生き方はしてきた。そんな確信があった。


「エメがあの車から奇跡的に逃げられておったらいいんじゃが......もしかしたら私と一緒にこちらへ来てしまっておるかもしれん。 とりあえず、探す範囲を広げてみるかのう」


 その辺に落ちていた丁度いい木の棒を拾うと、草を掻き分けながら進んでいく。

 時々、見たこともない実がなっている木や、謎のキノコなどもあったが、そういったモノに対してはそう知識がない徹はそれらを避けていった。

 長年ペットショップを営んでいたことから、ある程度の生物の知識はある。が、別段大学で専攻していたわけでもなく、たまに興味を持ったものは調べたり、知人に教えを乞うくらいのものだったので、自然物に強みがあるわけではなかった。


 そうしてまたしばらく歩いていると、今度は急にぽっかりと背の高い草がなくなり、広場の様な場所にでくわした。

 広場の様な場所の中央にはなにやら巨大なモコモコとした茶色い塊があり、よく見てみればそれが一定の速さで微かに動いているのが判る。


「まるで息をしているようじゃが......あんな大きな生き物がおるのか」


 遠くからなので正確には判らないが、ぱっと見でも170cmの身長をもつ徹より少し大きそうだ。

 もし、あの塊が生き物であったら。もしそれが、肉食性もしくは雑食性の動物であったら。

 襲われてしまえばひとたまりもない。


「あれには、近づかない方がいいのかもしれんのう......ん?」


 じっと茶色い塊を見つめる徹。この後、どうすればいいものかと考えあぐねていた徹の視界に、スッとなにやら半透明のウインドウがポップした。

 そして、そこに書かれていた文字に、徹は目を見開く。


「あ、あの茶色い塊が......エメ?」


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