第48話 決して、届いてくれるな(11/11)

 突然の質問で、だけどいつかは聞かれるだろうという問いで、用意してたはずの言葉が喉につっかえては、しばらく飲み込むしか無かった。


「禀から、聞いた、……まだ話す訳ない、か」


「うん。なんにも聞いてない……」


「じゃ、どうして……?」


「分かる、もん、分かっちゃう、もん、それぇ、ぐらい……」


 彼女は、エルフだ。少なくとも僕たち人間から見れば。だから何か感じれたのかも知れない。


 あるいは、ただ女の子だから、分かってしまったのかも。


 迷いは無い。いずれ話そうと思っていた事だ。深呼吸して、話そう。


「分かった、話すよ。禀とは幼馴染……って言うには、ちょっと遅いけど小学五年生からの、付き合いで……」


 彼女とはそれぐらいに、ちょっとしたことで大喧嘩して友人になって、中学2年の冬に、スキーのバイト先でトラブルに巻き込まれた時に、仲良くなって……。


 中学3年のなごり雪が残る帰り道。春先。僕から告白して、付き合い始めた。


 当初は女の子との付き合い方なんて分からなくて、戸惑ってたけど。


 みんなにずっと秘密……って言っても多分バレてたけど、一緒に桜を、海を、修学旅行で東京を、遊園地を、秋の山と空を見た。


 互いに恋してた、愛してた。間違いなく。


 僕の方は疑いようもなく、このまま結婚して、子供を産んで、一生添い遂げたいって、口に出しちゃうくらいには。


 あの冬山で、彼女の秘密が僕だけにバレて、別れようって、言われるまでは。


「秘密……?」


「詳細は本人に。おいそれと……っ、……他人、が、口に出せる内容じゃないから」


「う、うん……今でも……?」


「簡単に割り切れる物じゃ無いよ。きっと彼女もそうだ。真司には話してないけど、アイツ察しが良いからさ……」


「そっか……」


 襖を背にして、天井を見上げながら話した。


 彼女の秘密以外は、よくある話だ。心底よくあってたまるかって、こと以外は。


 気付けば身体は震えていた。すごく寒い。


 僕に母親は居ないけど、きっと母親に、自分の大切な女性に、取り返しのつかない事を話す時は、こんな寒い気持ちなのだと、思い知った。


「ふぁ……へっ、くっしょ〜いッッ!!!?」


「きゃあっ!?」


「フニャァア!?」


 くしゃみの反動で、襖を背中で叩いてしまった。

 中の猫も驚いてしまったらしい。


 自慢じゃないが、僕のくしゃみはすごいデカい。


 禀なんて必ず大声付きでするものだから、うるさいと言いつつ、いつも笑いものにしているくらいだった。


「あ! さ、寒いよね!? ご、ごめん! ……そうだ、これ!!」


 スーと襖の引き戸が少しだけ開いて、毛布がどんどん出てきた。


 寒かったので、頭から被る。わずかに彼女の体温と、鋭くなった鼻で匂いを感じる。


「アーリアは、大丈夫?」


「押入れにあるから、いいよ……」


 襖は、顔が見えない程度に空いてしまった。

 催促してるみたいに、中指が、ズクズク疼く。


 開けてしまおうか。ダメだろうか。


「あっ…………」


 手をかけると、上ずった彼女の声が聞こえた。

 怯えているような、期待してくれているような。

 

 予感がする。この戸を全部開けてしまえば、自分らしく居られない。

 彼女らしくも、無くなってしまう、ような……。


 全部をさらけ出す予感。胸が、締め付けられるみたいに、痛い……。


「カズマ…………くっ、んっ……」


「アー……リア」


 求めるように白い手が伸びてきた。なんとなく両手で握る。


 小さな手だ。細くて、白くて、温かい。


 とてもあんな強いなんて、これっぽっちも思えない。ただの女の子の、手。


 ドキドキしてる。ズクズクしてる。さっきの比じゃなく、胸がヤバい。

 

 彼女から奪え、さらえ、犯せと、僕の中で乱暴に、何かが首をもたげる。


 手首に、震える手先に、真っ白なアタマで、唇を近づけてしまう。


 ………………でも。


 きっと、彼女が望んでも、求めても、認めても、許しても、たとえ慰めになろうとも。今やるべき事なんかじゃない!


 傷ついた彼女から、さらに奪うなんて、ただの冒涜だ、蹂躙だ。唾棄すべき、恥ずべき事だ!


 欲望の押し付けなんて、あの怨嗟の声だけで十分な筈だ! だから……!!


 僕が彼女に出来ること。今すべき事は……!


「んっ……!?」


 力だ。いつも彼女が示してくれたように、彼女の手を精一杯強く握って、伝えるんだ。


 僕は神様なんて居るかどうか、考えたことなんて無い。でもこの瞬間だけ、居るって、どうか祈らせて欲しい。


 どうか、聞き届けて欲しい、この後悔も、憧れも、好意も、……欲望だって。


 どうか、欠片でも、届いてくれるな。


 彼女が生きる道に、その冒険譚に、今届くのは僕の勇気だけでいい、それだけで、いい。


 だから、どうか、……どうか……!


 決して、欠片でも、届いてくれるなッ!!


「カズマくん……伝わって、るよ」


「アーリア……」


 小さな手だ、あまりにも。でも、彼女は震える手で、確かに握り返してくれた。


「えへへっ、お陰で元気百倍! だよ、ふふっ」


「うん。……うん。……今日は、ここで寝て良い?」

 

「え、……寒いよ?」


「毛布、3枚重ねるよ。場所知ってるし……一緒に居たいんだ。……駄目?」


「良いよ。ごめ……、あっ」


「にゃ~ん、ナーァオゥ」


 襖の隙間から抜け出した真っ白い猫が、まるで褒めるみたいに、僕にまとわりついてきた。


 そのまま膝の上に座ってくる。ゴロゴロ喉を鳴らすので、軽く喉をかいてあげた。


「ありがとう、カズマくん……」


 雨は止まない。彼女と居る限り、止むことなんて、きっともう二度と無いかも知れない。


 


 この日から、彼女と共に雨に打たれ続けると、僕は絶対の決意を胸に誓った。

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アーリアさんは許さない? 〜最強エルフ先生って呼ばれてるけど、私がソシャゲキャラの元ネタってバレて無いの。じゃ、配信始めるよ〜 ヤナギメリア@アリ許🪶カクヨムコン参加中 @nyannko221221

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