⭐︎1の方が幸せだった〈完全版〉


「……マジか」

「しかし、我らは上級鬼。閻魔大王さまの思いつきには人間どものように『よろこんで!』と対応するしかないぞ」

「次に生まれ変わるのなら、せめて天界の社畜に生まれたい。あちらは残業代がしっかりと振り込まれると聞くからな」

「「我も‼︎」」

 上司たちの机の上には、閻魔大王様が考えた地獄の一覧の束が積まれている。

 まず、『字が汚くて読む気にならぬ』と等活地獄の鬼が嫌そうに文句を言い、『困ったわねぇ』と衆合地獄の鬼が真っ赤な唇を愉快そうにつりあげた。

 赤い顔をしているのに真っ青な上級鬼の上司たちに、鬼こ◯しの純米酒を無事、無事、注ぎおえた私は上司たちに八つ当たりをされないように壁と同化した。

 前回のように、等活地獄の上司に頭から酒をかけてしまい、詫びとして一升瓶いっしょうびんを瓶ごと飲まされないだけ、私も進歩をしたものだと心の中でうんうん、と頷く。

 上司たちの閻魔大王様への不満を聞くたびに、やはり一番、楽なのは下っ端だなと私はしみじみと感じる。

 私の職場の地獄では、新たな取り組みとして優良店なのに低評価の星をつけ、店を倒産へと追いこんだ亡者たちを《レビュー地獄》へ堕とす試みを始めた。

 なんて素晴らしいアイデアだと、自画自賛していた閻魔大王様に勇気あるひとりの上級鬼がツッコ……いや、意見を出した。

『閻魔大王様。レビュー地獄とは?』

『最近、人間界ではレビューと評して食レポ、医院にと自分のストレス解消とばかりの毒ある意見ばかりを述べてる人間が多い。しかし、実際には流行っている店や善良な者たちを陥れる輩の方が多いと聞く。現世で奴らはレビューをしたことで相手を負かしたと思うだろうが、地獄では我らが奴らを評価してやるのだ‼︎』

 顎を尺に当てながら『あとは任せた』とガハハと豪快に笑いつつ、閻魔大王様は、日常いつも通り、定時退社をしてしまった。

 最近は地獄保育園に通う孫の送り迎えを娘から任されているとのことだ。

 閻魔大王様は良いアイデアだと思いつかれるのは良いのだが、こういう地獄を作るぞ! と決めたあとは我々、鬼任せにするのはやめてもらいたい。

 上級鬼たちは新たな地獄が出来るたび、運用と方針に、うんうんと残業をしてまでうねり、我ら、下級鬼が八つ当たりの対象となっている。

 さて、私はそんな下級鬼なのだが、『歩く狂鬼きょうき』と言われている。なぜか、と聞かれたら、自分のうっかりで亡者を必要以上にいたぶってしまうからだ。

 地獄の竈で亡者を必要以上の温度で、ぐつぐつと煮込んでしまい、あとで掃除が大変だったと、かま掃除担当の鬼に文句を言われたり、人間からみたら鬼に金棒と言われるとげがついている棒で、規定回数以上に叩くことからだ。

 これに関しては『もっと叩いてくれ!』と言ってくる亡者がいて、鬼の私でもドン引きしてしまった。

 これは亡者からのセクハラではあるまいか、と考えた私は亡者の誘惑を専門としている美男美女しか勤められない衆合地獄の同期に相談をしてみたところ、『えっ? お望み通りに叩いてやればよかったのに。あっ、でも、ご褒美になっちゃうか!』と酒を飲みつつも、同期は笑い上戸のこともあり、おかしそうにケラケラ笑う。

 同期の恐ろしさに私はちょぴり涙した、まさに鬼の目にも涙というやつだ。

 そんなドジッに当てられた私の今回の仕事が、新しく開設されたレビュー地獄だった。

 まず、鬼たちはそれぞれに星を持っている。

 亡者は星の数に合わせた温度の地獄の業火に焼かれ、骨になったとしても、なんども復活するという日々を送る地獄だ。

 人間界でいう我ら、鬼たちがレビュワーとなり、亡者を採点する。判断としては前世では低評価レビューをした亡者が、自分はこんなにいい行いをしてきたんだ! という話を聞いて、我ら、鬼たちが評価を下す。

 五人の鬼たちがひとりずつ、一点を持ち、星が満点の星五つ貯まれば、輪廻転生が出来るかもしれないチャンスを亡者は得る。蜘蛛の糸を掴まずとも、地獄から抜け出せるチャンスを得られるという素晴らしい仕組みだ。

 しかし、星が零になってしまえば、今よりもさらに拷問が過酷な地獄へと堕ちることになる。

「おい、狂鬼。明日はかまの洗浄はしなくていいぞ」

「先輩、私の名前は『狂鬼』じゃないんですが」

「じゃあ、ドジっ鬼。お前、肉が食べたくないか? もちろん、優しい俺のおごりだ!」

「えっ! 普段はどケチで有名な先輩がどうしたんですか⁉︎ 明日は酸性雨が降るんじゃ」

「……おごらんぞ」

「うそです! うそです‼︎ わーい、先輩。ごちになります‼︎」

 好きな物を頼めとメニューを見せられた私は、遠慮なく、注文をしていく。生でも気にせず、肉を美味しそうに食べる私に、食欲をなくしたのか先輩はちびちび酒を呑みつつ、本題を口にした。

「お前にレビュー地獄の亡者をひとり、頼みたいんだ」

「また先輩が奢ってくれたら、喜んで担当しますよ?」

「……お前も鬼、だな」

「『地獄の沙汰も金次第』って言うじゃないですか。でも、下級鬼の私が担当して、あとから上に文句言われません?」

 本来、開設したばっかりの地獄は、上級鬼たちの担当だ。私にまで声がかかるなんて、よほど、地獄は鬼不足なのだろう。

「憧れの君にようやくデートを承諾してもらえたんだ! 有給をとれたのはいいが、俺の担当日だったことをすっかり忘れていてな」

 有給を承認をした課長も疲れていたのだろうと、先輩は遠い目をする。先輩は私に代打としてレビュー地獄の亡者のひとりを担当して欲しいとのことだった。

「それにしても、お前、よく食べるな」

「なけなしのお金が入った財布を溶岩の中に落としちゃいまして、友達に恵んで貰った米とご近所から貰った地獄鶏の卵で最近は食いつないでるんです」

「相変わらずだな。食べろ、食べろ。野菜も食えよ?」

「でも、先輩。私なんかが担当でいいんですか?」

 ホルモンをほふほふ食べながら言う私に、先輩はため息をつきながら頷く。

「焼肉くらいで買収できる鬼が、お前くらいしか思いつかなかったんだ」

 そういう経緯があり、普段は関わることのない地獄の階層で、私が亡者の評価をすることになってしまったのだ。



 私はレビュー地獄の一室に入る。

 星四の亡者なので、私が点数を入れたら、亡者は晴れて、輪廻転生の輪に入れるチャンスを得られるかもしれない。

 亡者との部屋は、人間界でいう刑務所のようにガラスで仕切りがされている。ガラス越しにみえる亡者の足元の床は開いており、赤いまぐまが煮えたぎるなか、亡者は足を入れていた。

「鬼様! 私をどうか、星零にしてください‼︎」

 自分からもっと過酷な地獄へ向かいたいとは、立派な精神だが、私が星をなくしても、星三になるだけで変わりないだろう。

「えっと。――さんでしたっけ」

 私は前の星担当の鬼から貰った引き継ぎ書を読む。

 この男は過去、自分が馬鹿にしていた兄がラーメン屋を開き、その店が繁盛したことが気に食わなかった。

 そこで、レビューサイトに仲間たちにも声をかけ、ラーメンに髪の毛や蝿が浮かんでいたなどの嘘を書き連ねて、兄の店を閉店に追いこんだという地獄に堕ちてもおかしくない悪行をした。

 兄は店を開店させたときの資金が借金となってしまい、今も昼夜、休まずに働いて返しているらしい。

 その後、弟だった亡者は自分のあおり運転が災いし、こうして地獄で罪を償っている。

「……俺、兄さんには、本当に悪いことをしたと思っているんです」

 亡者は目に涙を浮かべつつ、兄との思い出話を話した。彼が口にする話に不覚ながら、鬼の私も感動してしまった。

「あなたがよく反省していることは分かりました! 私が評価すれば、あなたには輪廻転生の道が開かれます‼︎」

「あ、ありがとうございます!」

 私が評価ボタンを押したのをみると、急に亡者の顔色が変わる。

「馬鹿な鬼たちだ! あんな兄貴に俺が謝りたいと思うわけないだろ……」

 亡者が全てを言い終える前に、足元までだったマグマが彼がいる部屋全体を真っ赤に覆いつくす。

「あっ、すいません! うっかり、操作ミスをして、星零にしてしまいました。まぁ、亡者さんも望んでいたことですし。今回は私のうっかりミスじゃないですよね」

 茹で上がった亡者はまた、生き返り、星が零になったことで、より酷な地獄に堕とされるだろう。



「……お前はまた、うっかりしたらしいな」

 翌日、出勤してきた先輩は私をみると呆れた顔で呟いた。

「先輩も怒られちゃいましたか?」

 私は今回は亡者が望んだのです! と言ったのに、『馬鹿ものめ! でもよくやった‼︎』と上司にげんこつをくらってしまった。

「いや、さすがだと褒められた。どちらにしろ、あの亡者はもう一つ階層の地獄に墜とす予定だったが、奴は口がうまい亡者だったからなぁ」

 この顛末てんまつを聞いたレビュー地獄の亡者たちは、星一の拷問の方が幸せだったと、必死に一からは堕ちないように、頑張ってもがいているらしい。

 レビュー地獄にいる先輩に用があるため、顔出したところ、何故か亡者たちには怯えられてしまった。

 今まで自分たちも低評価ばかりをつけてきたが、私より酷い評価をつけたことがないとのことだ。ひどい話である。

 このレビュー地獄も、先輩曰く、亡者の話を聞くのが面倒でかなわないということで、早々に廃案となることだろう。



 私はいつものように、釜の温度を必要以上にあげ、亡者を打つ回数を間違える。

 そんな地獄での日々を淡々と過ごしている。

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⭐︎1の方が幸せだった 桜雪 @sayuki_f

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