【短編小説】影の舞踏会 〜記憶の迷宮で踊る真実〜(約3,100字)

藍埜佑(あいのたすく)

【短編小説】影の舞踏会 〜記憶の迷宮で踊る真実〜(約3,100字)


## 第一章:華やかな仮面


 華やかな衣装に身を包んだ男女が、優雅に舞い踊る。豪奢な宮殿のホールに、シャンデリアの光が煌めき、甘美な香りが漂う。仮面舞踏会の夜。


 その中心で踊る一組の男女に、人々の視線が集まっていた。


「まるで天使のようですね」


 女性の耳元で、相手の男性がささやく。


「あなたこそ、まるで王子様のよう」


 女性が返す。二人の動きは完璧に調和し、まるで一つの生き物のように華麗に舞う。


 ホールの片隅で、一人の男がその光景を見つめていた。彼の名はレイモンド・シャドウ。34歳、宮廷画家である。彼は舞踏会の様子をスケッチするよう、国王から命じられていた。しかし、彼の目は踊る人々ではなく、ある一点に釘付けになっていた。


 踊る女性の首筋に輝く、一粒のルビー。


「レイモンド、どうかしたのかい?」


 隣から声をかけられ、レイモンドは我に返る。声の主は、宮廷楽団の指揮者であるマーカス・メロディ。レイモンドの親友だ。


「いや、なんでもない」


 レイモンドは首を振り、再びスケッチに集中しようとする。しかし、彼の目は何度も踊る女性のルビーへと引き寄せられていった。


## 第二章:記憶の破片


 舞踏会から一週間後、レイモンドは自室でキャンバスに向かっていた。筆を走らせる手が、突然止まる。


「どうしても、あの光景が頭から離れない……」


 レイモンドは溜息をつき、椅子に深く腰掛けた。目を閉じると、舞踏会の夜の光景が鮮明によみがえる。華やかな衣装、軽やかな足取り、そして……あのルビー。


 不意に、頭の中に別の映像が浮かび上がった。


 薄暗い部屋。泣き叫ぶ少年。床に転がる一粒のルビー。


「ッ!」


 レイモンドは目を見開いた。冷や汗が額を伝う。


「あれは……私の記憶? でも、どうして……」


 混乱するレイモンドの元に、一通の手紙が届く。開封すると、中には一枚の招待状が入っていた。


「拝啓 レイモンド・シャドウ様

 貴方様を、来る7日後の夜に開催される秘密の舞踏会にご招待申し上げます。

 場所:旧市街 影の塔

 どうぞお越しくださいませ」


 署名はない。レイモンドは眉をひそめた。影の塔とは、かつて貴族の別荘として使われていた古い建物だ。今は廃墟同然で、立ち入り禁止になっているはずだった。


「おかしな話だ。でも……」


 レイモンドは招待状を胸ポケットにしまった。何か重要な秘密が、彼を待っているような気がしたのだ。


## 第三章:闇の誘い


 7日後の夜。レイモンドは影の塔へと足を踏み入れた。廃墟のはずの建物が、幻想的な光に包まれている。


「まさか……」


 中に入ると、そこには華やかな舞踏会の光景が広がっていた。しかし、どこか現実離れした雰囲気がある。踊る人々の動きは、やや不自然で機械的だ。


「レイモンド様、お待ちしておりました」


 優雅な声に振り返ると、一人の女性が立っていた。彼女は、宮殿での舞踏会で踊っていた女性だった。首にはあのルビーが輝いている。


「あなたは……」


「私の名前はシルヴィア。あなたを導くために来ました」


 シルヴィアは微笑み、レイモンドに手を差し出す。


「さあ、一緒に踊りましょう」


 レイモンドは戸惑いながらも、その手を取った。二人が踊り始めると、周囲の景色が歪み始める。他の踊り手たちが影のように溶け、消えていく。


「何が起きているんだ?」


「あなたの記憶が蘇ろうとしているのです」


 シルヴィアの声が、どこか悲しげに響く。


「私の……記憶?」


「ええ。あなたが封印した、あの夜の記憶を」


 レイモンドの頭に、断片的な映像が浮かび上がる。泣き叫ぶ少年。血に染まった手。そして、床に転がるルビー。


「いいえ! 思い出したくない!」


 レイモンドは叫び、シルヴィアの手を振り払った。その瞬間、世界が砕け散る。


## 第四章:記憶の迷宮


 気がつくと、レイモンドは暗い迷路の中にいた。壁には彼の絵が飾られている。幼少期の風景画から、最近の肖像画まで。まるで彼の人生を辿るように、絵が並んでいる。


「これは……私の記憶?」


 彼は迷路を進んでいく。行き止まりに突き当たるたび、新たな記憶の断片が蘇る。幸せだった幼少期。画家としての成功。そして……あの夜の出来事。


「違う! あれは事故だった! 私のせいじゃない!」


 レイモンドは叫びながら、迷路を駆け抜ける。しかし、どこへ行っても、あの夜の記憶から逃れられない。


 突然、彼の前にシルヴィアが現れた。


「逃げても無駄です、レイモンド。真実と向き合う時が来たのです」


「真実なんて知りたくない!」


「でも、あなたの心は知りたがっている。だからこそ、私たちはここにいるのです」


 シルヴィアはレイモンドの手を取り、迷路の中心へと導く。そこには一枚の絵が飾られていた。


 それは、血に染まったルビーを持つ少年の絵だった。


## 第五章:真実の鏡


 絵の前に立つレイモンド。その瞬間、封印された記憶が一気に蘇る。


 20年前。14歳だった彼は、父親の仕事の都合で、この国に来たばかりだった。ある日、彼は宮殿に招かれ、王女の肖像画を描くよう命じられる。そこで彼は、王女の首飾りのルビーに魅了された。


「あのルビーさえあれば、きっと素晴らしい絵が描ける」


 その夜、レイモンドは宮殿に忍び込んだ。王女の寝室で首飾りを手に取ったその時、王女が目を覚ました。


「泥棒!」


 驚いた王女が叫び、レイモンドも慌てて逃げようとする。そのもみ合いの中で、王女が倒れ、頭を打った。床には血が広がり、王女は動かなくなった。


「違う……事故だ……僕のせいじゃない」


 パニックに陥ったレイモンドは、ルビーを握りしめたまま逃げ出した。翌日、王女の死が発表される。犯人は見つからず、事件は迷宮入りした。


 レイモンドは罪の意識に押しつぶされそうになりながらも、画家としての才能を開花させていく。ルビーは彼の創作の源泉となり、彼は宮廷画家にまで上り詰めた。しかし、その成功の裏には、常に罪の影がつきまとっていた。


「私は……殺人者だったのか」


 レイモンドはその場に崩れ落ちる。シルヴィアが優しく彼を抱きしめる。


「違います、レイモンド。あなたは殺人者ではありません」


「え?」


「私が王女です。あの夜、確かに私は頭を打ちました。でも、死んではいません」


 シルヴィアの姿が変わり、王女の姿になる。


「私たちの国では、王女が14歳になると、"死の儀式"を行うのです。それは、王女が一度"死んだ"ことにして、新たな人生を歩み始めるための儀式なのです」


 王女は微笑んだ。


「あなたの"事件"は、その儀式の一部だったのです。ただ、あなたがあまりにも罪の意識に苛まれるので、記憶を封印することにしました」


## 終章:新たな夜明け


 真実を知ったレイモンドは、長年の重荷から解放された。彼の目には涙が溢れていた。


「でも、どうして今になって……」


「あなたの才能が、最高潮に達したからです」王女は答えた。「あなたの絵には、罪の意識が生み出す深い感情が込められています。それは素晴らしい芸術です。でも、もう十分です。これからは、罪悪感ではなく、希望を描いてほしいのです」


 王女はルビーをレイモンドに渡した。


「これからは、このルビーがあなたの希望の象徴となるでしょう」


 レイモンドは静かにうなずいた。彼の心に、新たな創作意欲が湧き上がる。


「ありがとうございます、王女様。私は……新しい物語を描き始めます」


 二人が手を取り合うと、周囲の景色が溶けていく。レイモンドは目を閉じ、深呼吸をした。


 目を開けると、そこは彼のアトリエだった。窓の外では、夜明けの光が輝いている。レイモンドは新しいキャンバスを用意し、筆を取った。


 彼の心に、新たな物語が芽生え始めていた。

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【短編小説】影の舞踏会 〜記憶の迷宮で踊る真実〜(約3,100字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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