XX years ago【2】


「おやおや。純粋すぎて心配になる子だこと。まぁ、でも…………うん。そうだねぇ。『見たものを見たまんま信じられるって能力』ってのも、あと少~し成長すれば失われるか……」


 大きすぎる独り言を発しながら、少女は少年の周りをぐるぐる回る。ふかふかの砂には小さな足跡が刻まれていった。

 

「?」


 少年は両手をぎゅっと握ったまま、彼女の不可解な行動を眺めている。


「あたしの名前はシンフォニー。この『愚者の町』で『レヴィアタン』って名前の酒場を経営してる。人呼んで、『』さ」


 やがて、少年の真正面にきた少女はワンピースの裾を持ち上げ、優雅にお辞儀をしてみせた。


「しん…………ふぉにー?」


 少年は告げられたばかりの彼女の名を復唱する。


「ああ。交響曲シンフォニー。いい名前だろう? ……おんなじ名前のカクテルもあるが、酒なんて坊やには十年早いだろうねぇ」


 少女はカクテルを傾けるような仕草を見せたが、果たしてそれは少年に正しく伝わっていただろうか。


「きみだって、『おさけ』はまだのめないでしょ」


 少年は、むっとして言い返した。なかなか負けん気の強い性格らしい。


「……おっと、そうだったそうだった」


「だから、『さかば』を『けいえい』してるのも『うそ』だし、『みなとまちのまじょ』なんてよばれてるのも、ぜんぶ『もうそう』でしょ。『ゆめ』と『げんじつ』のくべつがついてないんだ、きみは」


 舌鋒鋭く切り込んでいくさまは、大人顔負けといってもいい。

 

「…………いいかい、坊や。素直さは美徳さ。馬鹿を見ることもあるだろうが、最後に勝つのは、どんな時代だって正直に真っ直ぐに生きた奴だ。ちょうど――坊や。お前さんのような」


 ――――しかし。少女はというと、涙を浮かべるどころか、見識の浅い少年を諭し始めた。


「だけどねぇ、『』んだ。たとえば、こんなふうに――」

 

 少女がその場で一回転すると、砂埃ではない紫の煙が立ちのぼった。


「!」


 少年は身を守るように腕を前に出したが、目を閉じることはなかった。無論、まばたきはしていた――が、そのことを加味しても、彼は信じられない光景を目の当たりにすることになる。


「え…………」

 

 紫の煙がほとんど消えたあと、彼の真正面に陣取っていたのは、同じくらいの背丈の少女ではなく、長身の美女であった。

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アブダクション・アディクション!? 片喰 一歌 @p-ch

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