ホクロ毛は大事にせんと

 ある日、鼻の下に出来たホクロに一本の毛が生えているのを見つけた。いつの間に生えていたのやら――ちろりと生えるホクロ毛はみっともなく、その場で引き抜こうとすると〝毛〟が訴えかけてきた。


「ちょっ、待ってぇな! そない乱暴に引き抜かれたら死んでまうがな」

「うおっ! 毛が喋った!?」

「兄ちゃん。そこいらの無駄毛と一緒にしちゃあきまへんで。ワイはホクロに生える宝毛、または福毛とも呼ばれてる有り難い毛なんやで。福の神ならぬ福の毛やぞ」

「……どのみち無駄毛だろ?」

「ちゃうわ! もう説明も面倒やから簡潔に言うけどな、ようはワイが生えとるだけで、兄ちゃんに降りかかる不幸は全て幸運に変わるっちゅうわけや」


 そういえば、脈なしだと思っていた女のコと先日付き合うことができたし、暇つぶしに入ったパチンコ店でまさかの大当たりが連発したし、靴ひもが切れたことで事故に遭わずにすんだりと立て続けに幸運が続いていた。


「そやそや。全部ワイのおかげや。せやから引っこ抜かんと、大事に大事にしとくのがええで。むしろ抜いてまうと」

「はーやっぱ安物の薬は駄目だな」


 最近外国人から安値で購入した〝薬〟の副作用か――妙な幻聴が聴こえるので無視して引き抜くと、断末魔とともにポケットでスマホが震えた。取り出すと出来たばかりの彼女から〝やっぱ別れよ〟と短いメッセージが届いていた。一体何故?



 状況を理解できないでいると、玄関を荒々しく叩く音が部屋中に響く。こんな時に誰だと苛つきながら玄関を開けると、物々しい雰囲気の男たちが警察手帳を掲げて立っていた。


「えっと、何のようですか?」

「◯◯君だね。キミにはパチンコ台を不正操作した容疑がかけられている。署で話を聞かせていただこうか」

「は? いやいや何かの勘違いですって。何もしてないですよ」


 わけもわからないままパトカーに乗せられそうになり、パニックになって警官を振り切ると死に物狂いで駆け出した。不正操作なんて身に覚えもないが、それより薬物の使用がバレるほうがよっぽどヤバイ――。


 背後から迫りくる追手を振り切ろうと、赤信号を無視して横断歩道をわたると、クラクションが鳴ったと同時に俺の身体は中を舞った。


「あ〜あ。だから引き抜くな言うたのに」


 嘲り笑うような声が、何処かから聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毛物語 きょんきょん @kyosuke11920212

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画