木花霧雨の日記2

商和77年◯月✕日


嗚呼、生まれていままでで今日が一番素敵な日!


はしたない真似も、今日だけは許してくださいかみさま。


だって今日は結婚式だったのです。

彼とお見合いをしてから一年、折を見て会う日が待ち遠しくて半年、結婚を申し込まれてから半年!


日々を呆けていたわたくしとは思えないほどそわそわと早く一日が過ぎるよう願うようになってやっと、今日◯月✕日、念願の結婚式になったのです!



今日をもって木花の家を出て、思比良に嫁入りすることを思えば、少し寂しさもよぎります。

御父様、御母様、わたくし、霧雨を今日この日まで慈しんで育ててくださりまして、本当にありがとう御座います。

わたくしはいままで本当に幸せでした。

きっとこれからも木花の家で愛されて育った想いでを胸に、今度は彼と二人で幸せを紡いでいけるよう頑張りたいと思います。



一日も欠かさずに思いを込めて文をしたためてきたこの日記だけれど、今日はこれでおしまいです。


旦那さまがいま、隣の部屋でお待ちされているからです。


霧雨はいま、幸せです。

明日はもっと幸せになるでしょう。



追伸、時雨ちゃん、わたくしがいなくなったからといってお菓子を食べ過ぎたりしたら駄目よ、あなたの親愛なる姉より


商和78年◯月✕日


素晴らしい日々よ、こんにちは。


旦那さまと一緒に暮らすようになってはや一年、日が経つのはこんなにも早いものだったのかと驚かされさえします。


結婚式からすぐに思比良の屋敷に入るようになったわたくしですけれど、思えば事前の花嫁教育などなにもなく、足りないどころばかりなのに、思比良の家の人たちはみんな暖かく見守ってくださいました。


義父様も義母様も良くしてくれて、思比良の家事に疎いわたくしを見ても、優しく気にすることはないと言葉をかけてくださります。


しかしわたくしも木花から嫁入りした女!

このままではいられないと珍しく発奮します!


茶事の練習に花道のお稽古、家中の仕切り方にお客様のお迎え方、木花とはまた違うやり方に少し戸惑いはしますがわたくしはもう思比良の嫁、完璧にこなしてみせますわ!とはいきませんが恥ずかしくない程度には身につけないと!


そんな忙しい日々を送るわたくしですけれども、それを見て旦那さまはたびたび屋敷の庭園や、避暑地の別荘にお誘いくださってわたくしを和ませてくださります。

「僕が少し仕事で疲れてしまってね、霧雨と一緒に余暇を過ごして心を休ませたいんだ」と仰られますけれど、その微笑みの裏に隠された気遣う心はすぐに見通せます。

こんなにも優しい旦那さまを持てて、霧雨は幸せでたまらないです。



もうこんな時間になってしまいました、やはり日が過ぎるのが早く感じます。


今日はこんなところにしておいて、筆を置きましょう。


もう正午を示す、鐘が鳴りました、おやすみなさい。


商和82年◯月✕日


産まれてきてくれてありがとう、鐘雨。


嗚呼、まさか一番素敵な日が、変わる日が来ようとは、思ってもみませんでした。


思比良の家に嫁入りしてから五年、今年が始まってすぐに、待望の赤ちゃんを宿したことが屋敷で勤めている侍医から告げられました、旦那さまもお喜びになられ、わたくしは目の前に花が咲いたように全てが色づいていくのを感じました。


それから十月、予定日ちょうどの昼に陣痛が始まりました。

運が良かったのかこの娘のおかげか、聞いていたよりも酷くなく、わたくしはしゃっきりとお手伝いさんに命じ産婆さんを連れてきてもらいました。

その後もすこぶる順調に、万が一が起こることもなく、痛みもわたくしにとっては我慢できる程度で、産みの苦しみをそこまで味わうこともなく元気な女の子を授かることができました。

そして初披露。

その時の旦那さまのお顔といったらもう!

いままでになく眼を広げ口を開けっ放しにして、それから「霧雨、ありがとう、ありがとう」と一生懸命にわたくしを優しく抱きしめながらそう言ってくださりました。


残念ながら義父様と義母様に直接お伝えすることは叶いませんでしたが、壇前にて鍾雨を連れてご報告させていただきました。


そう、前年の秋、突然の事故によりお二人が一緒に現世を去られて以降、初めて旦那さまが仏間に足を踏み入れることが叶いました。


あのときの旦那さまはひどくおやつれになされて、いままでになく落ち込まれてしまいました。

お二人の突然の逝去に戸惑い、しかし成さねばならないことはひたすらに積み重なって、おそらくは旦那さまはお二人がお亡くなりになられたことを直視したくないがあまり、墓前にも仏間にも足を踏み入れることはありませんでした。


しかし今日、仏間にて旦那さまはこう仰られました。


「父さん、母さん、娘が出来たよ」

「僕ももう、下を向いて鬱々としてる場合じゃなさそうだ」

「いまさらだと怒られるかもしれないけど」

「もう、安心して、ゆっくり安んでください」

「これからは霧雨と二人、一緒になって鍾雨とこの家を守っていくよ」


嗚呼、産まれてきてくれて、ありがとう、鍾雨。


あなたが産まれてきてくれたおかげで、旦那さまの鬱気すら吹き飛ばしてしまったのよ!




またぼぉーん、と鐘が鳴ってるわ。


まるであなたの誕生日を祝ってくれているよう。


誕生日おめでとう、鍾雨、わたくしは今日この日をこの人生が終わるまでけして忘れないでしょう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 17:13 予定は変更される可能性があります

ダンジョン・ハックアンドクラック 凡人と金髪ロリと黒髪人形 @cloudpowder

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ