第5話

 金曜日の午後、今日中に仕上げろと言われて任せられていた仕事が終わり、課長の席へ報告に向かう。


「課長、いただいていた得意先一覧の分類ですが、私の担当分が終わりました。先ほど共有フォルダにアップロードしておいたのでご確認をお願いいたします」


「うん、ありがと。チャットで送っておいてくれたらいいから」


 柔和な笑みを浮かべる課長が画面とにらめっこしながらそう言った。


「一時間ほど前にチャットでお送りしたのですが反応がないためこうして直接報告に出向いた次第です」


「あ、あはは……すまないねぇ」


「いえ。今日中とのことでしたので。ご確認をお願いします」


「はいはーい。あ、時間あるなら田辺たなべさんの分も手伝ってくれる? 今日中に終わらなさそうで」


 はい出た。早く終われば終わるほど損をする課長の社会主義的仕切り。


「課長、私と田辺さんは量が半分くらいになるようにタスクを按分しました。分割する際には一覧ベースで認識を合わせ、負荷が偏らないように考慮もしています。私は自分が特別仕事ができるとも早いとも思っていません。課長がすべきはまず現状の可視化、すなわち、田辺さんの取り組みに関する課題点の洗い出しではないでしょうか。でないと次回同様のタスクが発生した際もまた同じような事態になるかと」


「あー……う、うん。で、手伝ってはくれるの?」


「手伝わないとは言っていません。同量のタスクに対する取り組み過程についてきちんと振り返りを――」


「あ、うんうん。オッケー。田辺さーん! ちょっといいかなー!」


 課長が会話を遮って同僚の田辺を呼んだ。


「同僚と同量のタスク、ね」


「そのギャグ、何が面白いんですか?」


 課長は渾身のギャグだと言いたげに「ははっ」と笑う。


「あ、一応伝えておくと、真締君の仕事は早いし正確だよ? 僕は割と信頼してるんだけど、もう少し言葉が柔らかければ優秀な新人をつけて育ててもらいたいんだけどねえ……」


 小さい声で課長が言う。期待されているのかからかわれているのか。


「……新人育成係は承りますが、私は人に柔らかく接するのは苦手です」


「だよねぇ」


 課長は苦笑いをしながら、何もないところで躓いている田辺を見て更に苦笑いを強めた。


 ◆


「――ということがありまして。私もいい年です。いずれは後輩や部下がつく事を考えるとこのままではマズい、と考えています」


 金曜の夜のスーパー。店の入口で待ち受けていた杏と二人でカートを押しながら会社での出来事を報告していた。


「真締さんは今日も真面目だね。それで、高校生にそんな話をしてどんなアドバイスを求めてるの? それとも単なる愚痴?」


「いわゆる社会人の新人とは少し年齢が離れていますが、私から見て下の世代にあたる北沢さんのご意見を伺いたいです。私が上司だとどう思うのか。忌憚ないご意見をください」


「忌憚のない意見ねぇ……」


 杏は自分と話すようになったこの一週間くらいのことを思い出すように顎に手を当てて考え込む。


「ま、人を選ぶだろうね。言わなくていいことを言うし。デリカシーがないわけではないんだろうけどあるわけでもなくて……難しいなぁ。うん、難しいよ、真締さんは。私はいいけど、万人受けはしないだろうね」


「やっ、やはりそうですか……」


「あ、忌憚のない意見をくれって言ったのに落ち込んでる」


 杏がニヤっと笑った。


「おっ、落ち込んでなどいません!」


「落ち込んでるよ。ちょっと鼻の頭がひくひくしてるし」


 杏が笑いながら鼻を指さしてきた。慌てて鼻を触ると、脈打っているのかと思うくらいに鼻がひくひくしていた。


「言葉はきついし基本真顔で何考えてるかわかんないけど、ちゃんと気を使った親切な言葉をかけてくれたりケーキを一緒に食べてくれたりするし、忌憚のないご意見をもらって狼狽えたりするし。案外人間味もある。真面目に生きてるよね、真締さんは」


「そっ、そうですか……」


「照れてるし」


 杏が指摘するようにこちらを指差してまたにやりと笑う。


 その時、ふと和菓子コーナーの団子3本セットが目についた。みたらし、黒ごま、あんこの3種類が1本ずつ入っているちょっとお得なセット。


「団子ですか……」


「わ、いきなり話題を逸らすから割り勘しづらそうな物にいっちゃった」


「3種類の団子で1本に3個の団子。確かにこれは難しいですね」


「ドラフトで第一希望を取り合って、余った1本を半分こする?」


「絶対に黒ご――」


 黒ごまが余るに決まってる。そう言おうとした瞬間、杏が手を伸ばして制してきた。


「イートインコーナーにて待つ」


 杏はそう言って一人でテクテクと自分の買い物の為に棚の陰へと消えていった。


 ◆


 最早恒例となりつつある、閉店前のスーパーのイートインコーナーでの杏との割り勘でのおやつタイム。


 今日は3種類の団子と緑茶。お茶代も二人で割れば40円かそこらで、団子を合わせても二人で100円ちょっとの支出となった。


 案の定、ドラフトにかけられて不人気だった黒ごま味の団子が寂しそうにテーブルの間に鎮座している。


「ね、真締さん」


 みたらし団子を一気に食べ尽くした杏が声をかけてきた。


「何でしょうか」


「真締さんって土日休み?」


「北沢さんにお伝えする必要がありますか?」


「こらこら、私は新入社員だと思って接しないと。そんな言葉にとげがあると辞めちゃうよ?」


 ニヤリと笑いながら杏が指摘してくる。これも練習、これも練習と自分に言い聞かせる。


「……土日休みです」


「そっか。じゃ、明日どこか行こうよ。二人で」 


「こればっかりは全く理解ができませんね。週末に会社の人と出かけることがないように、北沢さんと出かける理由もありません」


「暇なんだよね。週末。ずーっと一人だからさ」


「友人がいるでしょう?」


「それ、お伝えする必要ある?」


「あ、ぼっちでしたか。すみません」


「うっ……退職届書き始めそう……」


 図星を突かれた杏が苦笑いをしながら黒ごまの団子の串を手にする。


「はい、あーん」


 こちらに団子の先端を向けてくる。まさか杏が自分に食べさせようとしているのか。


「けっ……結構です」


「こういうの、好きじゃない?」


「好きではないです」 


「だよね。真締さんが彼女にデレデレしてあーんって食べさせてもらってるところは想像つかないもん。っていうか何も想像つかないね。手を繋いでるとか、ハグしてるとか、アトラクションを楽しんでるとか」


「ひっ、人を想像の中で弄ばないでいただきたいですね……」


「や、それだけ私は真締さんの事が知りたいんだよ。この人はこういう時にどんな顔をするんだろう? って考えちゃってるってことだから」


 頬杖をついた杏がニコっと笑う。


 私がどんな人か? 


 外面は取り繕ってはいるが中身は普通の男。だから可愛い笑顔を見ればドキドキはする。


 だが、相手は高校生。色々な気持ちに蓋をして、鼻がひくひくと痙攣するのを感じながらも「興味ありまへんね」と噛みながら答える。


 それを見た杏は笑いながら「明日、お昼にこのフードコート集合ね」と言ってお茶をズズッと飲んだ。

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スーパーで自分と割り勘するためにダウナー系美少女JKが待ち受けている 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai

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