一角獣の呪縛
ぼんびゅくすもりー
その獣のアイデンティティ
そのうるわしくも艶やかな〝あばずれ魔女〟は、ぼくにいう。
――わたしの森を出てはいけないよ。
遠くに行ってはいけない……
ろくなことにならないからね――
だけどぼくは、その無垢なけはいを無視できないんだ。
それと嗅ぎつければ、誘いだされてしまう。
どうしても。
なつかしさをおぼえて
だいじょうぶさ。ぼくは強い。
いつもそのへんについてくる奴らがいるけど、また、この
ぱかぱか進んでゆくと、むさくて
そのけはいがする時のお決まりだ。
やつらはいつも、ぼくを誘いだして捕まえようとする。
ぼくは、おまえらなんて、お呼びじゃないんだけどな。
「いたぞ!」
「出たか…」
「よし! 連れてこい」
「どうか後生ですから…」
「早くいけ! こいつが出てしまったからには、あの子が
「ほんとうに、
「いいんだ。死にたくはないだろう」
「えぇ、誰も……死んでほしくありません!」
ふん。五人だな。ひとり逃げたみたいだが…。
むだむだ。むだだ。
そんな武器、効かないよ。
ぼくが自慢の角をふりあおぐと、やつらが突きだした先端にU字のホークがついた長い棒のようなものは折れ、かざされた刃もくだけた。
ほらね。
動きもにぶい。
よわいよわい。
やつらは、ぼくの
楽勝だね。
ぼくは、強いんだ。
んン?
あぁ……このけはいは…っ!
汚らわしい退廃的な物体にかかえられた、純白の真綿のようなきよらかさ……。
人間の
〝ぴゅあぴゅあ〟だ。
あぁ、なんてすばらしいんだろう。
「きれいなきれいなお馬さん。わたしと仲良くしてくれる?」
その子を
いや、あんたはおよびじゃない。
自己修養と欲得と打算にひたされた生活臭がぷんぷんする。
ぼくが無性に惹かれるのは、その腕のなかにある
ぼくが角をふりやると、その女が〝ぴゅあぴゅあ〟を
「きゃっ」
そこにあがった小さな悲鳴。
いけない。
〝ぴゅあぴゅあ〟が、連れ去られてしまう!
不本意だが、おとなしくしよう。
そっと、その汚物の腕の中にある〝ぴゅあぴゅあ〟を視界の横にみる。
気をつけないと、その女が逃げだしてしまう…――
その女がいくのはいっこうにかまわない。
でも、その腕の中にいる〝ぴゅあぴゅあ〟が連れていかれるのはいただけない。
それに、ぼくが暴れるとその子をこの角で傷つけてしまうかもしれないからな。
注意しよう。
…――少し……いや。
かなり幼いが……生後一年くらいだろうか?
それでも〝ぴゅあぴゅあ〟には違いない。
若すぎて、ぼくの理想から、かなりはずれているが、そんなのは問題にならない。
〝ぴゅあぴゅあ〟であれば、それでいいんだ――…
ぼくは前脚を折りたたみ、地面に身をゆだねた。
とにもかくにも。ぼくは、それによわいんだ。
どうしようもなく惹きつけられる。
自然な無垢さ・新鮮なけはいには
ぼくは、それにひたることで、このうえもなく深く心地よい眠りを得られるんだ。
嗚呼……好きだなぁ……――すてきだ。
この
「よしっ! でかした」
「捕獲するぞ」
うとうとする中に聞こえてくる雑音――
頭になにか
うぅん……。ざらざらの布地が見える。
目が
そこに閃光が走り、なじみのけはいを感じた。
「うぎゃっぅっ」
「のわっ」
「ひえ……!」
「ふぎゃ」
「――っ! な、なん、だっ!?」
ん? ぼくに
「うわ、出たっ! 出やがった」
「魔女だ……」
「…――命が惜しかったら、わたしの前から消えなさい…」
🪄🪄🦄🦄🦄🪄🪄
「まったく! いないと思ったら……。これで一九九九回目だよ? どうしてあんたは
まどろみから醒めると、近くになじみの魔女がいた……というか、
顔になにか被せられたままなので、ちゃんと見えているわけではないけれど、彼女の声とけはいを、このぼくが間違えるわけがない。
ぼくに背中をむけ、仁王立ちしてる? …たぶん、だけど(声の出どころがそんな感じ)。
魔女が、こちらを見おろしていい
「そのうち薬にされて、食べられちゃうよ? 不死身じゃないんだから……」
…
だからだよ。
彼女が彼女だからぼくは……やるせなくなる。
比類なき
ゆたかさと柔軟さ。
誰よりもあたたかな心を
あの男と出会わなければよかったのに。
こんなにも好きなのに。
どんなに
ぼくが安らげる寝床になることはない…――
だから、ため息をこぼさずにはいられないんだ。
一角獣の呪縛 ぼんびゅくすもりー @Bom_mori
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