第2話:ゴースト・フロム・ザ・ヘル

 黒い和服を赤い帯で締め、謎に黒いジャケットを羽織った男・高井戸レイジは悪夢を見ていた。毎夜見る悪夢だ。


 以前、レイジには妻子がいた。心霊スポット巡りが趣味のレイジと妻は、子どもが友人宅に泊まっている日や行事で外泊する日などには決まって、夜中に心霊スポットに赴いていたのだ。まるで子どもが玩具屋にでも行くかのように、心を踊らせていた。


 その日も、二人は当たり前のように心霊スポットに向かった。京都にある、地獄につながるという井戸である。通称冥土通いの井戸という地獄への入口と、黄泉がえりの井戸という地獄からの出口。元々、地獄の入口とされる井戸だけがあったが、2011年に地獄の出口も発見された。


 二人が黄泉がえりの井戸を覗き込もうとしたとき、地獄から這い上がる一つの霊魂があった。

 名を南高原みなみたかばらケンジという。ケンジは生前、無差別殺人を行った生粋の犯罪者であった。彼は無差別に十人を殺害した後、自身の両親と恋人を惨殺し、その肉を食らった。

 そうして絞首刑になったが、問題はその後だった。


 ケンジには、特段悲しい過去はなかった。恨みを抱くどころか、なぜ自分が殺しを行ってしまうのかすらもわからぬ、ただ純粋な衝動のみで突き動く子どものような人物だったのだ。


 しかし、彼の魂は死後、成仏することなく彷徨った。そうして浮遊霊を喰らい力を付け続け、ついには生者を殺害できるほどまで強大な悪霊となった。まるで、彼自身の殺意衝動が呪いであるかのように。

 一時は霊能力者により捕縛され地獄送りとなったが、黄泉がえりの井戸から現世に這い出てきていたのだ。


 その悪霊が、あろうことかレイジに取り憑いた。


 レイジに取り憑いた悪霊は、彼の身体を操ることもせず、彼の家族を皆殺しにしてしまった。


 そしてレイジは、祠の破壊者となったのだ。人を殺し魂をも食らう悪鬼羅刹が、神として祀られることを彼は決して許しはしない。


 今も、彼の眼の前にはバラバラに砕けた祠がある。


「なんと恐ろしいことを! お主、あの祠を壊してしまいおったのか!」


 名も知らぬ老婆が、鬼の形相でレジに詰め寄った。至極もっともな反応に、レイジは冷笑で返す。この男には最早、人並みの常識や礼節、信心といったものは存在しなかった。

 あるのはただ、悪霊への恨みのみ。


 出てきた少年の姿をした悪霊を、物言う暇もなくバットで殴る。少年の悪霊は何もすることができず、御神酒と塩が塗りたくられ御経の貼られた異様なバットを前に、成仏するしかなかった。


「雑魚で助かった」


 否、決して雑魚などではない。弱い悪霊ならば、神として祀られようとはされず、ただ祓われて終わりである。祠に祀られているからには、相応の力を持った悪霊に違いなかった。

 強くなっていたのだ、レイジ自身が。悪霊を成仏させるごとに、レイジ自身の霊能力者としての能力が強まっているのだ。


 しかし、その事に気づかず、彼は帰路につく。今日も一人、悪霊を地獄へと送ることができた。その実感と充実感を抱えながら、また悪夢を見るために床につく。

 全ては愛する者を失った無念のため。


「悪夢を見ることは悪いことではない。俺自身に目的を思い出させることができる」


 誰にでもなく呟き、レイジは眠る。明日もまた、悪神悪霊を屠るために。

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