わたしの夏の花
坂本悠
空いっぱいの
西田美咲は、空いている手で浴衣のしわを伸ばしながら夜空を仰ぐ。
星の名まえなんて知らないけれど、星座が気になっているわけでもない。
となりでは、幼なじみの向山北斗が、ポーカーフェイスで缶コーヒーを飲んでいる。
しかもブラック。大人じゃん――。
二人は高校三年で、出逢いは小学三年生――北斗が同じ学区に越してきた。
北斗は寡黙で温厚だったから、美咲がランドセルを蹴っても動じず、無茶な命令にも無言で従った。
だから、中学に入るまでは、家族ぐるみでよく公園で遊び、夏休みはほぼ一緒に過ごした。
それから疎遠になったけれど、高校二年の冬に事件が起きる。
寝坊の常連だった美咲は、あと一度の遅刻で内申がチェックメイト――そんな朝、自転車のチェーンが絡まってスリップして転び、骨折はしなかったけれど、痛みとやるせなさで涙目になって路上に坐りこんでいた。
するとそこに、北斗が現れ、美咲にハンカチを差しだし、立たせてくれて、なにもできない美咲をよそに、チェーンを手や制服を汚しながら直してくれたのだ。
結果、二人とも遅刻したけど、北斗は言い訳をしなかった。
そのときから、美咲は北斗に惹かれだした。春の体育祭で、北斗が他の運動神経抜群系女子と話しているだけで唇が尖るぐらいに。
受験勉強も捗らず、尖らせたえんぴつの芯が丸くなるまで、美咲はノートに新種の図形を編みだしつづけた。
恋は量子力学よりも難解で、どんな天才でも頭を悩ませる問題なのだ。
頬が染まるような回答は、屋根裏部屋に放りなげた。
そして夏休み終盤、煮つまった美咲は、神社の夏祭りに一人で出かけた。
親の反対をふりきって浴衣も着てみた。
お参りをして、受験成就のおふだをもらうと、人ごみのなかに、ふと――北斗をみつけた。
普段着で、一人だった。
呆然とする美咲に、北斗が微笑する。
「りんご飴の屋台、あったよ」
美咲がりんご飴を好きだったことを憶えていたのだ。
美咲のなかで、なにかが盛りあがる。
「一緒に食べてあげてもいいよ」
北斗は無言でついてきた。甘味は固辞したけれど。
高台にて、美咲はりんご飴、北斗は缶コーヒー片手に時を待つ。
すると、上空で大輪の花火があがり、北斗の横顔が明るく照らされる。
ふと目が合うと、微笑した。
美咲はちょっと瞳をそらす。
空いっぱい広がる私のひまわりの、ぎっしり詰まったピカピカの種で、世界中の森のリスたちが幸せそうに頬を膨らませたらいいのに――。
わたしの夏の花 坂本悠 @yousaka036
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます