第3話 2024年 錐子の日本が始まる
聖五月甍の海に鶯の鳴けばドイツの森ぞ思はる
20240602
2024年 令和6年 5月28日火曜日 帰国4日目
面白いことにドッキリばかりを体験させてもらう。
それに思い出の熊本城のメダルが 今になって鍵束から落ちてしまった
こんな現象も与えられる。
疲れ果て、夜早くから横たわっていると浮かんだ、
植物と同様人間も自然であること。
ただ意識が拡大したのみなので、意識が作り上げた結果も合わせ
結局は自然の中に入る、それ以外にはないので。
と言う間に
6月1日土曜日
相も変わらぬ記憶の海の荒波に乗り出していく。
6年ぶりに聴く 電気釜が白米を炊く呟き(中古)
蓋を開けた時、どんな気持ちになるだろうと思う。
先週の土曜日8時に羽田に降り立った。また土曜日、
たまたま、新しい月が始まった。
茶碗ひとつ持たない托鉢僧か、自分、と驚いてみる。
その代わりをするのはコーヒーの缶と松乃家のテイクアウト容器、
小さな包丁とまな板、深いフライパン、薄口醤油は購入した、
急坂の下にあるドラッグストアで。ポイントカードも誂えた。
3ヶ月後に船便で他の荷物がやっと届く。
ビッグカメラで、とりあえず冷蔵庫と洗濯機決める、中国製だけど洒落ている。
一段半ベッドは20日先に届けられる。
テーブル代わりにダンボールとスーツケースを重ねる。
片や、ゴミ分別に追われながら。
おおむね老人で満員の小さな乗合バスで、区役所へおおむね日参。
たくさん女性が働いている。その様子は、
見惚れるほどに清楚で真面目、丁寧である。
すでに日本の天使たちに続々と出会った。
それを期待していたわけでは全くなかったけれど。その記録。
日独の時間差7時間が相殺され、24日夜離陸したのに
着陸は25日土曜日夕刻であった。
すぐにデニー・ゆうくん父子が明らかにあたしの守護天使として登場。
翌々日の区役所参り第一日、
顔写真と住所と電話番号なしでは立ち行かぬ社会なのに、
それらが三すくみみたいに、絡み合っている。何と表現したらいいのかわからない。
免許証がない。
保険証がない。
マイナカードがない。
パスポートでは住所が不定。
しかしまず、息子の電話番号で許してもらえたので、
そこから住民票獲得が成った。
いや、世にたんとある不如意を書き連ねるつもりはありません、
そこも天使に出会う場所であること、
天使と認定する喜びを抱く者であることのためですよ、
そうでしょ錐子さん?(自分に確認)
翌日も区役所へ、国民健康保険課で
麗しい若い女性、ひたすら優しい、あたしの年金を計算してくれる、
仮保険証出してくれる。大好き。
ついでに3F区民広場を見ると、野菜果物の出店がある。苺がある。
腰の曲がったお爺さんが、値段を安くしながら売ってくれる。
それだけで十分天使さんです、優しさが伝わります。
午後息子とAUという電話会社?へ行くと、
またもや有能な若い女性がにこやかに対応してくれた。
新しい携帯電話番号ゲット! 名前は天使エリカさんだ、命名する。
その翌日5月29日、
届け物がどっとくる。家電、椅子、国民健康保険証、特に後ろの二人の若者が
揃いも揃ってハンサムでにっこりしてくれるので、天使認定。
この日は住居の不具合が見つかるも管理人、管理会社、大家さんの
誰とも連絡取れず困っていたのだけれど、あたしによくある如く、
ドッキリとニッコリの組み合わせを意識することで、
何となく活動気分にもなっていた。
久しぶりにみそひともじ
「聖五月いらかの海にうぐいすの鳴けばドイツの森ぞ思はる」
その翌日30日、ついに管理人加藤さん出現。あたしの肩口くらいのおじさん、
丁寧にあれこれ教えてくれて天使に認定。
その翌日31日、廊下でタバコを吸っていた30代の男性、向いの住人。
話しかけると意外なほど話しやすい、
これは儲けものかも、と妙な理由で天使認定。
雨模様、ゆうくんが、どこかで傘が見つからず、残っていた古い傘を持ち帰っていたのをあたしが借りて、杖代わりにまたもやバスに乗る。
M銀行とU銀行、いずれも住所電話番号変更仕事、
いずれにもいい眼と笑顔の女性行員がいてくれた、
それは訓練され習得された振る舞いというより、人への優しさとレスペクトが
体現体得されていると感じられるもので、もちろんあたしの天使たちなのだ。
ただ、ゆうくんの傘、どこかに置き忘れてしまったあたし。
そして6月1日、ついに大家さんがこちらの連絡を受けて、訪ねてきた。
中国名だったのであたしはやや不安を抱いていたのだけれど、
40代の女性、丸顔であたしと同じく笑うと鼻に皺がよる、
何となく親しくなりたいと感じたので、天使認定。
その後エリカさんより電話があり、
ちょうど困っていたデジタル問題を相談することができた。
さらなるドッキリは消えない、どうしてか不明だけれど。
その1、すぐに提出すべき入居届が見つからない、
手元には個人情報云々の紙のみがあった。泡食って息子に電話すると、
その写メを送ってと。すると「その裏を見て」と返ってきた。
何と、その裏がそれであった。信じられない!
その2、壁の角に毛虫、トイレに羽蟻、布団にハエトリ蜘蛛、カーテンの後ろに大蜘蛛、流しの前に赤いゴキ、これらが毎日発見される。すでに死んでいたり殺生したり逃すのに成功したり。少ないのでまだ助かる。
その3、夜、こむら返りが起こったがすぐに消えた、そんな夢を見た、と思ったが朝、筋肉痛が残っているので起こったのは事実だとわかる。事実は「痛みがあるのに寝入ってしまった」のだろうか? 珍事続きである。
その3、息子のデニーが言う。「僕らは計画的に食事を準備しているので、
あなたは何も手を出さないでいい、家事も二人で協力していて、問題ない状態、
なので例外的に僕が夜外出するときだけ、息子と居てくれない?
もちろん一緒に食事や買い物は一般的に大丈夫だよ。」
前半を聞いて、ドッキリした。
しかし半年の間にもうそこまで進化したか、と思い直し、
さらにそれはあたしにとっても理想的な条件だと思う、老体的にも。
むしろあたしがすでにお世話されている。
母が譫言のようにありがとうを繰り返していた、その気持ちがわかる。
その4、とは言え、環境の大変化の余波か、
2時間ずつの睡眠しか取れない日々となった時、頭痛が起こる。
これに対し、コーヒーや瞑想を用いたり、
自室の周囲のみが豊かな緑に囲まれて、鶯が毎日鳴いてくれ、
お箸もないようなミニマリスト生活も楽しんでいるのに、
突然ドッキリの考えが浮かんだ。
「この床に塗ってあるオレンジ色の塗料、これは何だ!! ひょっとしてこのせいで頭痛が起こる? 病院を探そう!」
しかしながら、翌日区役所のコミュニティー広場では
医療スタッフを配置して血管、肺機能検査キャンペーンが開かれていたのである。
そして肺機能に至っては18歳未満の状態、などとバカな結果で笑ってしまった。
中程度の総合病院が見つかった。相談に乗ってくれた医師は天使の候補である。
その5、携帯電話番号変更に加え、古すぎる携帯そのものを買い替えたので
一層ややこしくなったデジタル環境、これが、老婆のあたしを悩ませる。
けれど基本的には、助けも十分ある。
全てが自然(=摂理)であるのなら、その仕組みの反映であるこの意識体も
自然であろう。
その製作したいわゆる人工物も自然であろう。
ドッキリの自然的役割はまだわからない。死ですら問題でなく、
ドッキリしてもすぐに回収されるのだから、
見てる分にはちょっと面白いのかもしれない、誰が見ている?
日本でもこれまでと同じような課題が、自分に課されるとは(自分に課す)
予想していなかった錐子です。
数日、憧れていることがあります。カラオケで昔の唱歌を歌いたいなー
「汽笛一声新橋をはや我が汽車は離れゆく
愛宕の山に暮れ残る月を旅路の友として」
ここは横浜です。
何故に錐子 同じミスを2回も犯す
20240620
まずはこの一瞬、得難い安堵と喜び、感謝
何故ならば、昨日のブログ途絶を ただいま、すり抜けたから!!!
全てにありがとうと叫びたい。
おまけに昨日は、得難い情報に、もちろん 偶然に接した
「何故にネガティヴ経験あるんすか???」
「それはね、本源エネルギー(仮称)が低いことの表れに過ぎないんだよ」(ありがとうございました、気の達人さん)
「そうか、それだけのことですね、無理に意味付けすることないっすよね、我らのお得意の意識さん、空無となって、肩をすくめて!」
一口コンロで大根を煮ている、帰国後25日かな。
令和6年6月20日木曜日ーー昨日うまうまと退院した。
その前六日間の極楽体験させてもらった。その前は何と
ヘマをやって胃の差し込みとなり、去年の12月と全く同じ成り行き!!
やっと外に出て、通行人に救急車を頼んでから、道端でもどした。厚顔無恥。
(前回は昨年末、日本からドイツへ戻ったのが真夜中、食べるものがなく、非常に睡眠不足、どうしても眠ろうと睡眠薬、
今回は、ロレツが回らず、やっと脳外科を見つけて初診を受けるという朝、よく眠ってうまくやろうと、前夜睡眠薬をすきっ腹に飲んだ、すると、早朝痛み出したのであった。
この同じミスが繰り返されるには、何か共通の意味があるはず、と形而上学的に考えてみた。普段飲まない薬を飲んででもうまく事態を克服しようという、自力の意識があった。
そうか、人間意識の中に囚われていた、もっと神さんを信頼してお任せします宜しく、という考えは一寸たりともなかった。これに気づかせるための繰り返しだった、ということにしよう。この定義はよろしい、そう決めることができた自分に満足した)
消化器センターに拾われたが、あたしの呂律の回らなさに驚かれた。
それで当然脳神経外科コンサル案件となり
MRI検査を受けることに、うまうまと!!
すぐさま結果が出る、脳梗塞の心配なし!!
「神経変性病患は外科ではないので、神経内科に行ってください」
「何ですか、変性なんとか?」「・・・・(理解不能)」
仕方ない、ググり癖のついていないあたしだけどそうしてみた。ドッキリ!!
脳神経の一部が消滅することによる病患・・アルツハイマー パーキンソン、ALS、多発性硬化症、等々、病理のわからない難病が並んでいる。
それでまっすぐ歩けないのか、運動機能障害ということか???
しかしながら、
(大根の煮えるいい匂いが)
入院の初日、不意に気づいたのだ、
「いやはや、もうすぐ、いつここを去ってもいいんだ、あたし!!!」
と実に嬉しく思ったのだった!!!
病院は古びた建物だった、しかし設備は最新で看護師その他の主に女性たちが
誠心誠意、自分の職務を果たして、
職場を盛り上げていこうという意気に満ちていた。
ボタンを押せば、即看護師がやってくる、
心理学的訓練を受け、それに善意を乗せた声音、終われば
また呼んでくださいね、遠慮せずに、と言ってくれるので安心する。
ベッドは上等、布団もタオルもまるでホテル(後でわかったがアメニティと称したサーヴィスで後で請求書が来る)仕様であった。
あたしは事務まで行って、枕とタオル、買うことできますか?と尋ねさえした。
そしたら事務室、廊下のみんなが笑った。30人くらいに笑われて、自分の失敗が嬉しかった。
離陸前の空港で、あたしの失った時計を見つけた警備のトルコ人?がやんやの喝采を浴びたのと、同じほとんどヒーロー気分で面映かったが。買えなかった。
今日は、ベッドがニトリから届いた。
区役所に電話して、マイナンバーカードの受け取り予約した。情報が懇切丁寧である、ドイツとは大違い、満足!!!
水道栓が古くて、水が出るまで5回も回すという劣悪、これは我慢できないので、
電話した。さっさと人間が出てくる。確認の電話が折り返し来る。
保護されている感じが暖かい。仕事の仕方が温かい。
彼女ら彼らがどうか、今少し幸せな日々でありますように!!!
日本の雰囲気が悪化したような印象を受けていたが、さにあらず、
労働環境が悪くてもこの人間的態度で生きている同胞たち、
ヤンが、早く日本で暮らしたいと切望するのもよくわかる。恐らく
日本人自身は、気付きにくいかもしれない、どれほど高貴な民族であるか。
不満や困難はあるだろう、しかし根底にこの振る舞いがある。
同調圧力、洗脳と断じることも可能だろう、にも関わらず、
お互いにそして自ら温かく振る舞うことの影響はより強いはずだ。
なんて論じてしまったが、あ、大根、、、
そこへ水道屋さん、
大家さんが嫌がるわけわかった、これで普通だと主張するのも、
水道のつまみを回しても反応しないのを治すには根本的な解体工事が必要だと。
世の中、あたしが知らない仕組みで動いているのだなあ。様子見ですね、神さん。
世の中の仕組みは、日本でも追いかけてくる。
ドイツへと変更した全てを逆行させる。
まず自分証明があたしの場合人よりやや難しい。
それでも徐々に解決してゆきつつある。
ただ、例によりデジタル社会化にますます不可能感を覚えるようになった。
スマホはもちろん、テレビの使い方もわからない、パスワードは相変わらず不思議な振る舞いをする。確かに自分の頭の働きがおかしい。見事にAとBを混同する。忘れるより恐ろしい。まだ根本的には狂ってはいないと思うけれども。
いつもその時々の体調に流されて、全体を見ていなかったので、
自分の体の図を描いた。「病身図解」
故障箇所、痛みや不快感は数知れず!!! ひどくはないが多いような気がする。苦笑してしまうよね。10年ものばかりで。
その中で目下困っていること:舌のもつれ、嚥下問題、フラフラ歩き、あるいは左足の痺れ痛、どこでも無視される喉の違和感、食道の詰り感、副鼻腔炎?
そうそう、血液検査で腎臓のみならず、肝臓の値がすごく悪かった。これは追加だ。
それでも、実相完全円満 久遠金剛心身と言い聞かすと、その良い影響は感じるので頼り甲斐があるのはわかっておりますよ、神さん。
救急車で運ばれる前日は、快晴だったので初めて洗濯機を回した、それまで手洗いばかり。いつも洗濯物を干すと達成感を感じて、おかしい。自分が誇らしいのだ。
そして想像するだけで喜ばしい、
せめて字を書くときは、丁寧に美しく書こう、(その割には乱筆甚だしいわね!)
事物を扱う時もその存在を大切に恭しく!と。
そうそう、三十数年ぶりにディズニーリゾートに連れて行ってもらった。
すぐに、大きな白い花を見つけた、顔ほどもあるので自分の顔を埋めて匂いを嗅ぐ、幸せの匂いがする。
近くにいた妙齢の女子が「いい匂いですか?」
「ええ、まさに幸せの匂いですよ」
「まあ、教えてくださってありがとう、造花かなと思っていたのです」
あたしは名前を言おうと思ったが出て来なかった。後に名前を思い出した。
千葉県に住んでいた6年前、10階建てのビルの窓、目の下に白い花が咲いていた、非常に大きな樹に咲く花、天をむいて咲いている、あれじゃ匂いを嗅ぐこと無理ねと思った。
それを今やたっぷり嗅ぐことができた、それほど目の前の高さに咲いていたのだ、
タイザンボク。
世界中のすべてのランドにあるテーマ館「小さな地球」?に、何気なく入館して
巡っているうちに感動してしまった。まさに洗脳されてしまった、
世界は一つ、私たちの小さな地球、
そのメロディがこの瞬間も流れてきて、涙となる。
ドイツからも親しい頼りが来る。
ここの病院の働く天使たち、みんなみんな愛しているよ、
何が隔てようとも、必ず再見!
窓の外で命が揺れている、囀っている。
あたしの小さな部屋と大きな空、黒い実をついばむカケスの同胞(はらから)、
鶯の緑色、紫陽花と八手と椿の見事な照り葉
ありがとう、神さん、笑ってるのがわかりますよ。
日本の夏の暑さ ちょっと水分補給してから断章形式で
20240704
今日の幸運、もうもらいました。
神さんはじめ、みんなみんな全ての光にありがとう。
錐子オババ、ラッキーガールです!
とまず、一声発して:
2024年7月3日
*断章 「母の誕生日に」
生きていたら何歳?と計算するのも恐ろしい
歴史の人になってしまったね、お母さん
最後に猫のようにおでこをくっつけて別れた、生きていて温かだった
ダイソーで買ったストレチアという初めての観葉植物
茎がなく、葉と次の葉の間から3つ目の葉がその身を伸ばしてくる
3代を繋ぐ子育て
娘が子を産むと 母親も共に子育てに加担する それを思い出させる
突然介入してご免だけど。
過去から見つけた。
*断章 「5月9日木 朝まだきのアイデア」
全てがそこに含まれている謎の真正の真理の・「実在」システムの・
存在するありようは
実相界(オリジナル物質界)でこともなく見事に具現された(想像もできないが)。
それを宇宙の歴史として・我々ヒトが・時間的に段階的に再構成し
その末端に生じたものであることを自覚した・現生人類に至り、
システムの・さらなる体系の段階的詳細を・思考と手を使い機械を使って・
追求探索すると言う・具体的な課題遂行の仕事を
時間をかけ諦めずに協力し続けてきたことは確かだ(悪行は別として)
このような 努力して協働する・そんな行動をするための・ご苦労さまな・
幻像的意識的世界に我々は生きる
問題は このシステム具体化の理解を・自らの努力で具現・発見していく我々
・という意識体存在(=非存在)が(できる限りの理解であろうと)
やはり摂理の一部・ないしは意味の一つであるかどうかということだ、
しかし意味はあるはずだ、
だってね、ただ理屈として・物事の結果として現れてる・
なんてそんなめちゃくちゃジャン
無責任すぎるよ、神さん、
あ、失礼、あたしの神さんて究極のストーカー、逃げる術はない。
小さな窓から見る大きな空が晴れてきた 棒術したくなる、頭がフラフラだけど。
*断章 「このフラフラ頭ともつれる舌」
ーー取り違え集:思いつくままに、笑うためにーー
引っ越してすぐ、台所の蛍光灯の小さなスイッチが効かない、とわかった
壊れてる、いかにも古い、と確信して、苦労して替えを買うことができた。
新しいのをはめてもしかし、点かない。なんたることだ。
手元にIHFの近くに 古臭いスイッチが2つ、とコンセントが1つあって、
コンセントは働いている
そこから先の記憶が定かでないが、スイッチの一つを押した、のだろうか
いきなり爆音、古い換気扇が!
ついでに隣も押して、蛍光灯のスイッチを右に動かしたら
買ったばかりの蛍光灯がヨッコラショという感じで点いた
古いのはその朝、捨ててしまっていたので
自分のヘマを実感する(蛍光灯は壊れていなかったかも)手間が省けた。
敬老パスというバス券サーヴィスがある、というので手続きして料金を支払った
1万2千円、むしろ高いなと記憶した。
しかし偶然に出てきた領収書には 1,060円とあった。
ドイツのH銀行からの送金のために新しい電話番号を必死で連絡していた、
ところが書類をよく見るとそれを書く欄はなかった。
ベッドの頭に備え付けの台があり、見たところコンセントらしい穴がある。台の裏にはソケット付きのコードがつながっている。
小さなランプをやっと買えたので、さあ!とばかりにそのソケットを差し込もうとすると何と穴の深さは1ミリしかない! 騙された感じ。ベッドの説明書にも全く触れてないので。
どうもありえない感じがして、もう一度見詰めた、ふと何故か思いついて、
表面のコンセントの穴を横に動かそうとする。
動く! より深い穴に繋がるのだ、
ソケットを差すと一応差し込むことができた。
しかしまだランプは使えない、壁のコンセントが塞がっている。
それらを外して二股ソケットにつけ替える勇気がない、
何故ならそれでテレビやネットの回線が断ち切られるかもしれないから。
ドイツで捨てたものを一つ一つここで買い直す。
壁掛け時計も。
例により設定で苦戦、説明書は? ない。あるはずなのに。
ランプの下に置いてあるのはランプ用だし。その後何とかうまく時計は動かせた。
ランプの空き箱を再利用しようと考えてそれを手に取ると、説明書が入っていた。
とするとランプの下に置いてあるのは??
もちろんそれが時計に属するものだった。
この一つ一つのヘマと混同を覚えているのをよしとしようではないか、錐子さん!
*断章 「ついに室温31度となった!」
窓からは30件以上の家の窓が見下ろせる、あるいは見下ろされている。
南側いっぱいに窓をとったものの、それが今では仇となり、
雨戸を締め切ったままという形が多い。
時々洗濯物を干すためにベランダに老女の姿が現れる。
明らかに一人分の洗濯物を。大きな家に。
そしてどのベランダにも植物はない、これには驚く。もちろん庭付きの一戸建てなので当たり前か。
錐子宅の北東ベランダでは、
もうサツマイモ(鹿児島では唐芋と呼ばれる、熊本では肥後スミレが朝鮮スミレと呼ばれるように)の切れ端が水に浸けられている。
夕顔のツルが結えられている。折り鶴ランがぶら下がっている。
7月3日の14時に、北西の窓にダイアモンドが煌めき始めた。
小さな原生林の端っこの、椿の葉のごとき厚葉に斜光が差して
あたしに向けて照り返していた、光の滝のように。
そして今日の正午には、南からこの窓ギリギリまで、隣家との隙間を縫って、
たくさんの日光が、核融合ののちの数千年?を経て
やっと8秒前に太陽表面を出発した光の束が、八つ手と紫陽花の葉を喜ばせていた、その葉たちはバカでかい。
これが2024年夏至すぎの天と地の現象学。
それにしても、暑い。首に汗疹ができて痛くかゆい。クーラーはあるのだけれど使うのが惜しい、何が惜しいのか不明。ハンカチを濡らして巻いておこう、ひまわり模様のハンカチ。7年ぶりの暑さだ。
*断章 「そうそう、テーマ:怒涛の病院決定行動」
帰国後すぐに、5月最後の週に、役所仕事の端緒をつけ、6月1週目には生活の基盤を整える契約関係を結ぶ
第2週にはデジタル世界を日本にうつし始めるが、第3週にかけて入院となるもベッドが手に入る。電化製品は揃ったので
第4週にかけて、生活用品を求めてあちこち歩き、年金関係の変更を済ませることができる、もデジタル世界への不安残る。
入院ついでに、同病院で可能な限りの診察予約をもらっていく(神経外科、神経内科、循環器科、胃腸センター、整形外科、眼科、さらに泌尿器科、婦人科も視野に)。
フラフラと舌のもつれの診断は大学病院での検査待ちとなり、
おそらく全てにわたり、老化現象だろうけどさ。
評判は悪いけどマイナカードで一元化する。
これが7月第1週の只今。
何月が来ようとも、もはや恐るるなし、安んじて旅立つも可なり、
亡き我が子は電子工学を学んだ
電子と光子である光が 想像を絶する速度で走り回って 世界を構築している
その様は、神さんの世界か、この幻像界の幻像たるデジタル世界か、
思えば余りにも相似している?!
あたくし想像するに!
摂理のシステムのあまりに完璧であり全統一的に粛々と進むも良けれど
我がパワーの細分化、個性化も面白からんと、神さんは思ったのか?
法則情報の具現化を起こした、としよう?!
すると案の定、
完璧なままで個性的でかつ調和的な、いわば菩薩たちの極楽が実在化した
菩薩たちは実在するのみならず、
彼らの想像の無限パワーがオリジナル意識による全宇宙の
齟齬なき具現化を描き出した
これですでに完璧の創造であったが、さらに発展していく
オリジナル実在界の影の世界が追加された そこは全てが完全実相の劣化版ではあり
意識のみが認識する幻像界ではあるが
その意識体の真理追求の強さにおいて、真偽混同の世界での悪戦苦闘において、しかし次第に進化する動きにおいて
摂理のパワーの驚嘆すべき働きと言わざるをえない。(と錐子オババ、申すものであります、最近)
*断章 「おもちゃ追加」
小さな森の妖精の人形、千葉の花屋さんで見つけて、施設の母に届けた。
そこで数年座っていたが、母も旅立ち、そのうちドイツに運ばれてドレスデンの学友の元で座っていた
彼女が旅立ったので、また錐子オババが故国に連れ戻した
しかし、あっという間に落とされてしまい、首がもげた。
昔からあたしの好きなものってすぐに壊れる。
何とか可愛い顔をくっつけたので、とりあえずテレビの横に座っている。
リスとどんぐりを両手にニンマリ。
何はともあれ暑い、白湯を飲む。横浜の水、美味しいと感じる。
「見ざる聞かざる言わざる 思わ猿 でござる」
20400719
「断章 令和6年7月5日金曜日に、日本の夏に襲われた」
耐え難い熱気の中を、歩いて、というかふらついて移動していたら、
比較的看板のない区画に、和食か何かの看板が見えた。
途端に思ったこと「あ、日本語の看板、珍しい!」だって。
当たり前でしょ、ここは横浜、ドイツじゃない。
ドイツの感覚になっていた。
目覚めて目を開くとき、どちらの室内を予想しているか、
ドイツのあの家を部屋を当然予定していることが多いような気がする。
同様に、メールを書きながら
地球の裏側にいる日本の友人宛、という感覚があるのに気づき、
違う、同じ時間帯に生きているんだ、と訂正すること多々ある。
「断章 土から緑色が現れる」
暑さと湿気の中、葉を食いしばるように歩いて、
夕顔と観葉植物とさつま芋にプラス、オリズルランとクチナシの鉢を追加した。
もっと買いたい植物はあるがまず、土がない。
原生林も草のなだりもあるが、そこへ至る方法がない。
きちきちに密集した都会だ。
緑色の生命の現れはこちらの生命力も上げてくれる。
恐竜時代が終わってのちの被子植物の進化の賜物であり、
ヒトの種々の欲のなせる改造の結果として。
「断章 神さん、ダーマさんと改名してみますよ」
昨日の夜のこと、どうやらテレビの扱いがわかってきて、
宇宙と量子シリーズ「ダークマター」の録画ができたので、
クーラーの除湿を切って、ベッドに寝転がった。
6年間こんなシリーズも観る機会が少なくなっていた、特に最後の数年は。
驚かされた。顔を知っている学者が老けてもいないので、新しいヴィデオでもないらしいのに、
ダークマターについての情報が詳しくなっている。
原初の極微の存在がお互いにぶつかると対消滅してエネルギーを残す、
というのは聞いていたが、それがダークマターだったとは。
しかも重力があるので物質粒子(一切をすり抜けて行くけれども)から成ると見なされる、このうちのごく一部が次第に凝集し始め
さあ銀河を作るように! と、
宇宙にフィラメント構造を予め準備したのもダークマター!
あたしに言わせればこれぞ神さんであり、その法則システムである。
勿論ヒトの観察行為は万全ではない、
この世は、何しろ影の世界なので光がややおぼろであるから。
我田引水してしまったけれど、むしろ数歩譲って、
「神さん」をやめてこれから「ダーマさん」と呼んでもいいくらいではないか?
脱線ついでに、さらに考察。
ダーマさんは上述の如く 観ること不可、
また実在であるオリジナル物質界も、全く見えないのは当然だ、
何故ならそれらは光そのものなので、眩しすぎてチラとも観ることができない。
↑これはあたしのアイデア
(注:現在、般若心経にも物理学にもこの世が非実在であることは前提かつ結論である、ようだが、肝心の源たる「情報の場所」はブラックホールの事象の平面?云々という 推測的表現でしかないようだけれども)
それに対し、この世について般若心経ではこう説かれているらしい。
とある現代語訳:
「苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。 この世は空しいモンだ、痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。この世は変わり行くモンだ。
苦を楽に変える事だって出来る。汚れることもありゃ背負い込む事だってある。 だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。
この世がどれだけいい加減か分ったか?
苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。
見えてるものにこだわるな。
聞こえるものにしがみつくな。
味や香りなんて人それぞれだろ?何のアテにもなりやしない。 揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。『無』ってやつダァな。」
それができりゃ、苦労はしないわよ、って言う声が聞こえる。確かに。
「断章 三猿ならぬ四猿」
実は7月14日の朝、面白い考えが浮かんだのよ。
「あたしゃまるで日光東照宮の3匹の猿じゃない、いえそれどころか四猿だわさ」
何故ならば、目がドライアイでかすみ、おまけに緑内障まで発覚、耳は聞こえない、舌が思うように動かない、さらに次々と忘れるので考えることもできないじゃない。見えざる聞かざる言わざる、思わざるでござる。
笑っちゃった。錐子バアさん、面白いこと思いつくねって。
この状態こそ、意識が生成されない、意識が何も製作できない、空無である。
すると体も消える。世界も消える。
強制的にこうならされるらしい。便利な仕組み、老化。
「断章 それにしても、完全無意味な幻だなんてヒドいよね」
まあ仰せの通り、我々ヒトその他は 存在しなくて結構、
完全無欠 至高至福のダーマさん界隈で十分なので、当たり前よねー、
でも、思いついた、というか教えてくれてありがとう、ダーマさん!
そうなのよね、
一つ完璧じゃないところがある。ダーマさんができないことが。
それを我々やってみせてる?
そちらには絶対無い、ある必要がないからだけど、素晴らしいこと。
各自の立脚点において、それぞれが
決して諦めず、努力、協働、もしくは殺戮、
手段を選ばず真理の秘密を知ろうとする(必ずしも意識してやってるわけじゃないけど)。時間をかけた生命の進化もそうとも言える。どうしてもダーマさんを知りたい。
そこが我々のこの世の意味であり、それがダーマさんの大好きな空無生命体
の個性的特色である。
これは完璧のオリジナル実在体には必要ない、見事に真理を体現してわかっているので。
ダーマさんはそんな我々をこの上もなく愛してくれる、可愛くてたまらない。
地球上に矛盾、不条理あろうけれど、このことをしっかり押さえておくこと大事じゃない? いずれにしろ地球存在の意味が、これなら可能な気がする。
我々、影だけど不要じゃなく、ストーカーダーマさんの愛しい影絵たち。
このこと、これまでひとかけらも考え付かなかった。まだまだ何か隠れているのかも。
「断章 余生の面白さを」
他に面白いことと言えば、この不如意な生活での工夫や冒険がある。
最近工作した:ベッドの足元に背もたれを取り付けた、
ガラス細工の手鎖がバラバラになったのを、
針もないのに針通しで工夫して再生させた、
普通のカレンダーを長〜いカレンダーに変身させた、
クタクタのバッグにダンボールの仕切りを取り付けた、
流石に無謀だったけど図書館でPythonというプログラミングの本を借りた、
市営地下鉄で港の近くまで行った。カラオケにも行くかも。
とは言え、母が「目が乏しい」と表現していたっけ、世界がぼんやり見える、忘れた言葉があちこちに白紙として散らばっている。ものを正く飲み込めず、胃酸も上がるようになり、体重は減少している。自律神経を整えるくらいしか手立てはないのだろう。
「断章 逆に面白くないことは」
明らかにデジタル社会があたしに要請することの
便利を求めての、理解不能、不気味なほどの不便さ。
理屈と合理性なくしてはあり得ないこのシステムに、あたしの能力が足りないのは仕方ないとしても、乗り遅れた存在にももう少し親切な作りになってくれないか。パスワードとかが必須の鍵なのに、それがいつも、と言っていいくらい当てはまらないのはどういうわけか、あたしの間も無く79歳の思考パターンと体力では並走すること不可能なのだろうか。ぐちぐち。
しかしだからこそ、一つでもクリアできると、数日間いい気分だ、最もそれも稀になりすぎ。ぐちぐち。
でも、それでも、その他は明るい、大丈夫。面白いことが多い。不機嫌な人を見ても笑える。素敵なものに出会うと泣く。その感動が脳にはストレスなので涙で発散する、というわけらしいよ、錐子さん!
何これ? 昨日の返事なのですか?
20240720
令和6年7月20日土曜日
原生林に繁茂する名も知らぬ葉の隙間に
特に紫味の強い青空が見える、タンザニアの色、そんな完璧な・涼風の吹く朝
*ブランチは テレビでも見ながらリラックスしていただこう。
「懐かしい昔の唱歌が聴きたい」というタイトルの
番組がまさに現在進行中ではないか!
カラオケでこれらを歌うという夢がある。早速ローレライ、浜辺の歌、箱根の山と、あたしの好みを知っているかのように送られてきた!!
ちょっと歌おうとすると、声が! まるでついて行けない!
そうか、恥をかく練習、なんて思って笑っていたのだが、それどころではない!
まあともかく感謝!
*次に、天気を見るついでにSNSを覗くや否や、あたしが引用したばかりの般若心経現代訳について、さらなる批判的訳出のポストがあった! 昔、初めてあたしが触れた訳は柳沢桂子という学者のものだった。
さらに、宇宙もののvideoも見るとまさに教えてくれた、
「物質に光が当たると独自の色吸収が起こる、するとその補色が反射してくる」
それで物質を色と表現してあるのは的を射ているわけだと確認できた。
*その間にテレビでは、徹子の部屋になっていて、宮本孝治?さんが「はしかべ体操」なるものを教えていた。舌の筋肉を鍛えて発音を正すという意図である。これを聞いてもちろん、考え直した。自分の発音不明瞭の原因を・むやみと脳神経の病的変性に理由を求めているが、単に老化なので「特にベロを前に出し、左右に動かす」なんてのはいい運動であるかもしれない。
あたしは日本の医療費の無駄遣いをしてるかもしれない。
*子供の頃京都府下に数年暮らしていた。突然、その辺りの見どころを案内してくれるという番組になっていた。近くにいる友人とそんなところを訪ねて回る、なんて夢もある。暑い上に二人とも足元がおぼつかない。しかしまだ動ける。実現するまでダーマさんが手助けしてくれるのだろうか。
*まだテレビを点けている、できればクラシック音楽をBGMとして聞きたいと願っていた。未だ叶わないが、偶然にL'Arc〜en〜Cielのコンサートを聴いている。10年ほど前、いい声だなと思ったことがあった、何を歌っているのかわからないが今も音楽的に感じは良い。
こうして書き留める必要が、さてあるのか、自分でもそうはっきりしてはいない、
ただ忘れないうちにと思ったのだろう。そしてお世話になります、と呟いている。
帰国して2ヶ月79歳 意外な「新生活」?!
20240731
2024年7月30日火曜日
くどいようだけれど、錐子オババの新生活はすでに5月末の帰国時に始まった。
すぐさま住民票をもらい健康保険を手にいれ、
ネット、電話番号を契約して、それらを手に、年金関係の情報変更手続きに入り、
マイナンバーカードももらうとそれを手に、新しくクレジットカードを申請。
これらと並行して、6月半ば、いよいよ病院を見つけようと早起きした朝、
胃痛のために救急車で運ばれた、それが共立病院というところ。庶民的な感じの中規模の歴史ある病院といったところ。
しかしすでに救急隊員が錐子オババの発声のもつれに注目、
脳神経外科への路線が敷かれていったのである。
その結果、脳梗塞の疑いは晴れて、それでは、と市立大学医療センターの
脳神経内科へ遠出することとなったのが夏至すぎの7月8日であった。
だいぶ忘れていた猛烈な日本の暑さの中、これを敢行したのは良かったが
錐子オババの短期記憶欠落による頭の配線の見事な混線!
年金、銀行、クレジットカードという異なる範疇をまぜこぜに考えていた!
それにハッと気づいた時の恐怖と情け無さは! しかし結局は
気づいたことが有難いのであった。「あ~りが~たや、ありがたや~~」
幸いにも、こんなこともあろうかと産んでおいた、わけでないけれど
とりあえず、そうも言える息子の存在が助けにはなった。
ネット上のいくつかのサイト登録の名前、電話変更などは当然のことながら、
無謀にも銀行のウェブ登録、云々、、例の暗証番号の泥沼が
どんどん深くなるのを避けられない。この世界が恨めしい錐子オババであった。
紙にメモすればするほど、間違いが多くなる不可解な現象が依然として存在する。
左から右へと単純な写し取りすらおぼつかない、
これはこうなった者にしかわからないだろうとますます恨めしい。
さてそこで、
大学病院の脳神経内科、ドクター小林が次の予約日、7月23日に、
脳からの電気信号が 手足の先まで伝わっているかを検査した。問題なし。
なので、頭と体のフラフラ感は、脚の筋肉の不均衡な動きからくるものではない
とわかった。
そこで前回の血液検査を一緒に見ることになった。
大体において問題は少なく、肝臓腎臓やや高い、甲状腺もやや高いがOKと。
しかしその下の方に、真っ赤に彩られた部分があった。
そこについて彼は話そうとしていたのだ。
錐子オババの虚ろな目と乏しい認識力では把握できなかったその検査項目、
そこが正常の千倍も高かった。
甲状腺そのものはおよそ正常値、なのに誰かがそこを攻撃している。
大戦場、あるいは山火事である、とドクターは言った。
錐子オババの自衛軍が愚かにも守るべき同胞をやっつけようとしていたのである。
これはヒトが歴史上やってきたことではないだろうか。敵だと誤解したのだ。
ヒトも浅はかな考えからそう思ってしまっているのではないか。
肉体の中にこんな素因があるのなら世界に戦いが絶えないのもわかる。
橋本病脳症、というのだそうだ。
と聞いても、もう一つ訳がわからない、ということも当座は思いつかないまま、
錐子オババは流石に口をあんぐりしたのであった。
そう言えば彼女のお気に入りの叔父が同じ病気だった、そう聞いていた。
さらに意外だったのは、これは難病指定されていなくて、
治療法は確立していて、なんとステロイドの短期大量投与、だという。
それでたちまち、8月1日が入院と決まった。
7月31日から錐子オババが長年服用中の抗血液凝固剤リクシアーナを止めて、
すぐに腰椎穿刺をする。山火事の火を消すのだと。
最悪の最期は廃人らしい。脳が空っぽになるのだろう。
意識がなくなるのは幸い、と錐子オババは呑気に考えている。
(いやはや、義晴おじさんと同じ病気だとは、こんな計画をしてたんですか?
つい尋ねてしまったわ。そうじゃない。どんな偶然のどんな絡まれた結果が現れ出てこようとも、その現象に取り込まれない、幻であり、夢である意味のない偶然であると思うこと。ないしは、要するに、それら清濁をひょいと、気にせずに乗り越えてダーマさんの真正の慈愛を信じてみよう。その心根に至ることがその真実にたどり着くことが、自分をそのようにコントロールすることこそが、ダーマさんにとってヤッホーやったぜ君たち、と言う完成形であるはずでね。
なんてあたしが思うその背景:
この清濁混合世界において、幾重にも反射された光の醸し出す事象は種々様々であり、偶然あるいは必然であるかはわからないが、いずれにしろ起こる事は最高のことであり、愛であり恵みであり、安寧と平和調和喜びであるようにシステム化されている。
そこには時間というものが介在してるように見えているが、しかしそんな次元はなくて、ただにあるのは、完璧な喜びというお互いの慈愛のシステムのみだ。つまり、この混合世界の低い周波数の幻の現象がまさに空無であること。この事実は、ヒトにはとても真に受けられるものではない。
さらに補足:0725木曜日 79歳の世界観
我々の視覚にとっては、まぶしすぎて捉えることのできない至高の動きと情報がある。そのごく一部は我々の視覚にとっては美しすぎる五色の光を放っている。その2つの部分は一体でありながら、その一部で無限の有無の情報の個性化を体現している。(ここは空想。物理科学の不足を補うつもり)
その五色部分からの光の反射と、直射光とから、自ずと生じる影が合い絡まって
五色の極彩色の世界を薄めた形、似て非なる部分が
存在しないながらに反応している。
その空夢なる部分に幻の意識が、あたかも劣化した鏡に映るかのように、働き始め、空無の視覚が似て非在なる幻の存在を感得していると思いなして 幻像を 実在と思う。ただ、考えることすら難しいのだが、そこにはいくばくかの元始の光も射している。
ダークマターとダークエナジー、と学者が呼ぶものに相当するような本体 しか、実在しない、なので我々の信じる眼前の宇宙すら、影絵のようなものであるが、その本源の本体部分にしか場所がない。
いかにヒトが、空無の存在の空無の意識の描き出す無限の幻を、存在と誤解しつつ、拡大を止めないとしても。
善悪と真偽と悲喜こもごもの混雑した地球を空想して、断続しつつも継続する生命体を夢想し続ける。
空無の意識体たちは、彼らの体験する空無の世界の意味を探り続ける。
しかしそんなその真理追求悲願の強さを持つ我々こそ、実は宇宙の喜びと愛と強さがそこへ向けて発現する真なる対象であり、そもそものもといであり目的であったはずである。
それなら何とか「神さん」を受け入れ一緒にやっていけるよね。)
とは言え、
この世での困ったことあり。とりあえず:
1やっとドイツから荷物が間も無く届くだろうということだが、待ちかねていた人が入院してしまう。
2郵貯のクレジットカードをやっと作ったのだが、錐子オババには案の定その暗証番号が不確かとなった。そこで、ネットからその照会を申請、郵便で届く、というのだが入院して留守にしていることになる。
電話して尋ねると、配達できなくて1週間経つと差出人に戻す。それをしかし差し止めすることもできるが、そのためには誰かに頼んで郵便受けの連絡票を郵便局に示さなければならない。さて誰がポストから取り出してくれるかと言うと。。。
ダーマさん、かどなたか、よろしくお願いしておきますので〜〜!
野分前:極楽浄土に天使軍団付き、刻みご飯付き
20240815
終戦記念日。昨日退院のこと。
錐子オババ独白:
朝6時のカーテンを開けると、広角60度ほどの段々畑ならぬ段々住宅があった。
昨日までの、はるか、横浜みなとみらいが望める11階からの180度の
段々建物ではない。
8月14日、亡夫の誕生日に新生錐子退院。
あたしの小さな変化、実生活でも「あたし」と言うようになった、
そんな気取ったような飾らないような、もはや文体的な理由とは
関係がなくなってしまい、
単純に「わ、た、」とうっかり発音すると唾が飛び散るし、
「あ」なら簡単に出てくると言う理由である。
構音リハビリでも「た行で、舌先が歯から少しいつも出てるよう」と指摘され、
おーそうだったかと唾飛ばしの辻褄が合った。
もう一つ、新生錐子のポイントが生じた。
亡夫JBがなんだ一体あれは、と常々批判していたので深入りしたことなかった
「現象学」フッサールという概念が、
あたしのフラフラ脳内にいきなり湧いてきたのだ、それが8月11日らしい。
ーー引用
*現象学的方法とは,先入観を排して内観に現われる現象を直接調べて考察することであり,もともと哲学の方法論としてフッサールが確立したものである。 彼は哲学的本質に到達するために,外界の実在性について判断を停止(エポケー)し,後に残る純粋な意識(内観現象)を記述考察した。
現象学では、あらゆる認識行為は「主体による生活世界の“主観的な確信”である」と考えます。 その生活世界が自分に立ち現われてくるその「確信の成立の条件と構造」を問うて明らかにする行為を現象学的還元と呼びます。
*現象学は、人間の経験の内側に立って普遍的な学知の基盤を問う。
他方、解釈学は、そうした経験が歴史的であることから視野を歴史性へと広げ、その個別性を示すが、そこには知の「相対化」の傾向が伴う。この二つの哲学が出会ったとき、何が起きたか。現象学は、「地平」の概念によって解釈学と連携しつつ、知の「絶対化」の不可能を見出すが、しかし、その後、そこからいわば垂直に自己深化していくことになる。
ーー持論、我田引水
これはまさに、あたしの重要な意識問題への興味にまっぽしの
「還元論的、自然科学的、記号論的、ストップザ人間意識」を実行した後の、
手探り深海探索を企図した学問である。
従来の文系の学問では、多かれ少なかれ意識の背後をうがって分析しようと
するわけで、現象学はそれを網羅的に本格的に実行しようとしたものというべきだろうか、
実はあたし一度も読んだことないのよね、図々しいにも程がある。
今では読む先から忘れていくのでAIに下調べをさせられるようになると、
仕事の効率が上がるだろうけどね。そこにもあたしの壁は立ちはだかるけども。
そんな頭でちょっと考えてみると、
(あつっ、原生林から涼風が入るとはいえ、30度超えた部屋)
科学史の発展は、当然目に見える同等の大きさの物質を相手に始まり、
実験を証明を重ねて、次第に小さい世界へその探究を続けた、
近代には器具を用いてよりその範囲を大小の方向へますます拡大して、
一歩一歩実証を重ねてきた。それは帰納法的というのだろう。
そしてしかし、極微(量子)と極大(暗黒物質)へ視界が届こうとした時、
そちらの側から牙を剥いてくるもの、演繹的知識が要求されてきた。
区別のない原子から生じる無限の種類の存在はいかに連携して可能だったのか。
ここも解きたい。ここが解ければ自然哲学への波及が可能になる、
そもそも訳わからない「??」の秘密の構造とシステムのみならず、
このヒトらの悪戦苦闘の意味すら、解き明かせるのではないか。
あたしとしてはとりあえず、自然哲学と言ってみた。
ヒトの普通の言葉を使って、
現象に潜む自然的、とはつまり科学的意味を知ろうとする派閥、かな?
だからヒトの心理と意識と文化の思い込みはしばしば非常に邪魔をする。
そうじゃなくて!! 錐子ったら、もっと楽しいことが起こったんでしょ!!
うん、本当に楽しかった。嵩張らないように断章形式でいきましょう。
「断章 症状と仮の治療」
1年足らず前、呂律の怪しさと、頭・体の揺れが感じられ始めた
甲状腺が自己免疫で攻撃される手前の、小脳での異変を「橋本脳症」と呼ぶらしい
脳神経内科ではすでに対抗治療が確立しているので、
早速ステロイド大量三日間投与が2回行われた
その際に、脳髄液の脊椎穿刺が行われ、それを見せてもらった。
なんとまあ、澄み切った真水であったことか、こんな美しい水があたしの神経を抱いているのか、とんでもない感動だった。
しかし、ステロイド、効果なし、依然として呂律、ふらつき。
ということは別の範疇である、脊椎性神経変性症。何らかの細胞変化だ。
リハビリでも効果促進が図られ、あたしの歯軋り?のせいで起こる歯痛が考慮されて、みじん切り料理をもらう。飲み込みもおかしいので助かった。
若手のドクターグループ、
ここでも清々しい看護グループ、連携はスムーズでナースコールと押すと反応あり。
声高に言いたい、あたしは。
日本って素晴らしい国になったのではないか、留守の6年の間に。
人間が変化したと思われる
都市の人々は、みてもみても中高の、あたしの如き平べったい顔をしていない。
色白で淡白な服装、静かに勤しんでいる。
あたしは次第にリラックスして、空を見上げては、感謝感涙した。
ここは安心安全、優しさと思いやりの浄土であり、彼らはその天使軍団だと認定した、そして本当にみんなにそう告げたのだった。
(ここでただ一人の例外があった、半痴呆の同年女性が隣にいた。
熱中症で瀕死で運ばれたらしい。口はあたしよりきけて、何かにつけ、
「嫌だねー昔がよかったねー」と繰り返し、周りを責めてばかり、
珍しくあたしの神経に触ってピンチになっていたら、丸い体の年配の看護師がこっそり部屋を変えてくれた。
のちにかの老女の名札には、真っ赤に茹で上がった海老の姿が貼り付けられてあった。看護師は決して暴言に対抗するのではなく、優しく切り返して老女を納得させるのだが、後でそれすらも恨みの原因になってしまう。
しかし彼女、時には上手にお礼を言えるのでもあった。難しい症例だ)
「断章 薬が必要となると即、もらえる、全ての記録がつけられる」
この女王様状態から、この完全冷房から地上の熱気に放り出されることになった
2週間後の
次の検査はアイソトープ??だとか
レンタルパジャマなど支払う。入院費3万円をカードで、と試したところ
案の定(なぜいつも!)ペケである(うわーん)
現金あってよかった
脚力のさらなる低下に気をつけ、タクシーで最寄り駅まで、地下鉄に乗る。
最も危なかったのは地下鉄を降りる時、
立ち上がった時に、電車がプレーキをかけたので、ちょうど空間にいたあたしは、
そばの棒を掴もうとした、すると指先が滑って何も掴めなかった、
危うく立ち直ったものの、ここで尻餅でもついたら危なかった。
さっきのカード問題を解決しようとM銀行へ。別に問題ない、というので振り込みを試してみた。これもダメだったがあたしの勘違いが原因で番号の入れ方が悪かった。次男に50歳の誕生日祝い。
と思ったら、次のスシローでまたもや ペケ、何故なの、(いやねー昔がよかったねー)
「断章 さらにデジタル悪夢 これを克服したい、ダーマさん!」
実はゆうちょのカードも暗証番号があやふやになっていたので、郵便送付してもらうよううまいこと手配したのに、
急の入院で受け取る人がいなくて、郵便物は帰ってしまったようだ、
それすらあやふやなので、この舌で電話してみる。すると意外にも、
はい、もう一度送りましょう、という。ほっ!
次は、引越し荷物の関税通過のために、
帰国した時空港で半ば手続きした続きを要求されていて、その半切れの紙がうまく見つかった。ほっ!
電話、またベチャベチャばーさん喋り、結構相手してくれる、そしてただ待っててくださいと。ホッ!
あたしは満足だ、幸せだ、おおよそ、全て好きだ、楽しくて嬉しくてありがたい、美しい、自分のすることも好きだ、成っていくことも好きだ、人間が好きだ、猫が好きだ、全てが愛しい。このまま楽しい時が過ぎていくのだろうか?
もちろん、自然科学的に思い返すと、ステロイドの影響かもしれない。それでもこの感じを忘れたくないなー
「断章 ヒトは石工である 原石から輝石を掘り出す」
ちょっと、場違いだけど、あたしの頭にまた降ってきた流星?
原石の磨き方を巡る、現象学的還元思索のための、人の記すべきテーマとタイトルの回収をあたしの今後の仕事としよう。
詳細記述はできるわけもないが、テーマだけは集めることができる
せっかく
ヒトは条件のもとに生き、コントロールしたりされたりしながら、
力の限り心を尽くして 原石に秘められたそのものである自分を理解しようとし、
磨き、本然の輝石を掘り出す。
彼の生きる意味は、幻像の中であると言う好前提のもと、時をかけて、
目的達成(大なる神との一体化つまりは小なる真の吾との一体化)すること
これを諦めることなし、けっして!
そのような空無なりの強い意志、切なる求めが常に報酬されている。それがある。
つまり脳内快楽である。
ヒトは、その時誰かが自分を切に愛しんでいるのを知る、それはまさに神秘の結びつきである。
演繹法的拡大化と帰納法的収斂とが 幻の未来において遭遇する時、人はどのような姿へと進化しているだろうか
あたしの体に仮に起こっている、脳内の異常と連経変性を改善するのには、
ヒト界では体と言う現象を肉感して修正するのが良いのだろう。
そのためのこの空無の体とそれを生み出す神経と意識構造体が出現した。
それらはヒトらの個性を輝かせる、一体化の海で!
自律神経系、つまり交感副交感神経系の緩和が人にとってシステム構造的に重要である
ーー以下、あたしの独語
自然哲学と言う言い方、宗教でもオカルトでもない。
カーテンに宇宙と自然と文化を表す飾りをつけたい。象徴的に後で思ったが、いくつかの風鈴を下げればいいかも。それと染料で染めてもらう。
母私の事は何一つ心配するなし。ここが既に極楽浄土であり、君たちは皆天使、この後もっと至福至高の世界が永遠に実在するのみです。形容し難きもののシステムに則り一体となって。
ヒトの今の苦悩の中から脱する方法を、諦めずに求めて行こう、
この空無の幻のヒトらで!! すでに救われている。
「断章 あまりに色々あるので失念した、右目をレーザー手術することになった」
実は入院以来、右目がますます霞んできた。時には二重に見えたり、文字が勝手に動いたりした。飛蚊症も強い。ドクターが手紙を書いてくれたのを持って、すぐにいつもの眼科に寄り道。てっきり加齢性黄斑症であろうと思っていたところ、緑内障でもなく、
なんと白内障手術の後遺症であった。
人工のレンズは入っても、残っている元々の組織が修復しようとして細胞増殖するのである。それは1週間後。
自分の体の不調と付き合っていくのも、なかなか面白い。fun
「断章 思いもかけぬプレゼント」
ドイツ歌曲も好きだけれど、日本の民謡や昭和の唱歌はやはり身に沁むと、
それを歌う機会を窺っていたら、この今日8月15日に
その手のコンサートが五百円で見つかっていたのである。
案の定白髪頭の人々が汗を拭きふき集まってきた、
ピアニストの女性、ちょっとキーを下げて弾く。歌の経験のある数人が舞台で歌い、みんな好き好きに口ずさむという形で。
曲目はランダム、アロハオエ、東京音頭、五木の子守歌、少年時代、下町のギター、山男の歌、夕焼けこやけなど。
あたしがまともに歌えたのはかもめの水兵さんくらいだった、
あとはちょっとした言葉で泣けてしまう。ひどい状態であった。
どうしたのだろう? そんなに懐かしがっていた、というわけでもない、
ドイツの童謡でもあたしは感涙する。あたしの一般的な性状なのだろう、
しかしこれでは歌っておられません。
最後のおおシャンゼリゼ、はまあよかったかしらん。
とりあえず、口腔の構音訓練にはもってこいだなと密かにほくそ笑んだ。
顔の筋肉が弱っている。
また来月も参加してとんでもない声音で高唱しよう。
地震が来そうになり、台風が来る、涼しい夜になりそうだ。
世界よ、ヒトよ、ダーマさんよ、全て冗談ですよね!!!😅
木原東子の思惑残生 巻1 錐子オババ西から東へ @touten
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