祠の中には生贄一人

海野しぃる

あなたの壊した大事な祠

 か ぁ ん


 僕の投げた石は吸い込まれるように瓦葺きの屋根に直撃し、屋根瓦が一つ崩れ落ちたのをきっかけにして、そのまま祠の屋根は全部崩れ去った。

 とんでもないことになってしまった。けど、度胸試しに成功した証拠に、屋根の瓦を一枚持ち去ろうとして――


「えぇ~? あの祠壊しちゃったのぉ?」


 大人の声が聞こえた。僕の心臓はギュッと握りつぶされたみたいに縮み上がった。

 声の方向には無精髭のおじさんが立っていて、煙草を吸いながらニタニタ笑ってた。


「ち、違います! 僕が壊したんじゃないんです! ちょっと石を投げただけで……崩れ……ちゃって……」

「じゃあ仕方ないねえ」

「そうなんです! 事故で……」

「お終いだねぇ」

「学校に言わないでください! 直しますから!」


 おじさんはそれを聞くとケラケラ笑った。


「そうだねえ、事故みたいなもんだよ。君が石を投げただけで瓦でできていた屋根の部分がガラガラと崩れたからねえ」

「見てたんですか!?」

「見てたよ、最初から最後まで。君がクラスメイトと度胸試しでここまで登ってくるところも、クラスメイトが途中で君を置いて逃げ出したところも、君たち、近くの神山小学校の子だろ? 先生に見つかったら偉いことだぞ」

「やめて! やめてください! 先生に言わないで!」

「いいよ」


 思わずほっと息が漏れた。

 良かった、怒られずに済む。


「どうせ皆死ぬからねえ」

「死ぬ!?」

「死ぬよぉ、君も、隣の席のカスミちゃんも、ゲームで一緒に遊んだケンジ君も。ああそうそう、君のご両親もたいそう嘆き悲しむし、きっと呪いで死んでしまうだろうねえ」

「嘘だ!」

「二人共仕事をやめてこんな山奥に引っ越してきたのがそもそもの間違いだったんだけど……しあえが様に呼ばれたのかねえ」

「嘘! 嘘だ!」


 きっと、変質者だ。こいつは僕をからかって喜んでいるろくでもない大人なんだ。

 こんなやつとは話さない方が良い。逃げよう、早く、早く。

 背中を向けて走り出す。山を降りて、家に帰って、警察呼んでもらおう。

 そうしよう、急いで、早く。

 早――――


「あーあ、今回も失敗か?」


     ***


 か ぁ ん


 僕の投げた石は吸い込まれるように瓦葺きの屋根に直撃し、屋根瓦が一つ崩れ落ちたのをきっかけにして、そのまま祠の屋根は全部崩れ去った。


「あ、あ、あ……!?」


 どうして? さっき僕は山を降りようとした。


「君はねえ、死ねないんだよ。祠壊したでしょ? 祠を壊したらね、呪われるんだよ。呪われたら死なないの、だからお終い。ぜーんぶお終い、君はお終い、君のお友達もお終い」

「やめてよ! 嘘だ!」

「もう一回死んでみるか? ん?」


 今僕は祠に向けて石を投げてしまって、祠は壊れてしまって、おじさんはまだ目の前に居る。


「…………」

「よし、良い子だ。状況は理解できたみたいだな」

「……はい」

「君は今、俺から逃げようとして走って転んで死んだ。だから祠を壊したところからもう一回だ」

「どうやったら……お家に帰れますか?」


 おじさんは山道を指差す。


「その道をまっすぐ降りて帰ると良い。ここからは俺が引き受けるよ」

「え? おじさん、なんで……?」

「それ、話す必要あるかな?」

「でも、僕が祠を壊しちゃったんですよね?」

「そうだね、君が祠を壊した。だから呪われた。でも君は生きていて良いんだ。呪いなんかで死んじゃ駄目だ。こんなかび臭い村の古臭い神様の呪いで死ぬことはない」

「おじさん、僕のせいで……」


 おじさんはヘラヘラと笑って僕に御札をくれた。


「ここの祠の神様はな、死逢蛾しあえがさまって言うんだ。この名前だけ覚えておけ。何かが来たら『しあえがさま、ふるいかみめしませ』って唱えろ。それで大人しくなる筈だ。ほら、やってみろ」

「しあえがさま、ふるいかみめしませ」


 そう唱えると、先ほどまでの山の暗くてじっとりした嫌な空気は消えて、いつもの村の静かな夜に戻ってこられたような、そんな気がした。


「よし、問題ないな……ところで少年、少し髪の毛もらっていいか?」

「なんで?」

「身代わりだよ、あいつを少しでもここに引き付ける為に便利なんだ。お前さんが山を降りるまでの時間稼ぎさ」

「……分かった。いいよ」


 おじさんは手際よく僕の髪をハサミで切り落とすと、それを紙袋の中に入れた。


「よし、準備はでいた。もう行け、俺のことは気にするな。長生きしろよ」

「おじさん……本当に良いの?」

「仕事なんだわ、気にすんな」


 おじさんがニッコリと笑った、その時だ。


『オウイ、ヒロアキ、オウイ』


 ひろあき、僕の名前だ。

 祠の中から聞こえる。

 父さんと母さんの声だ。

 でも、似てるけど、どこか違う。


『カエッテコイ、ヒロアキ、オウイ』

「行け」

「……」

「行け、少年」

『ヒロアキ、ドコダ、ヒロアキ』


 僕はおじさんに背を向けて走り出す。


「しあえがさま、ふるいかみめしませ。しあえがさま、ふるいかみめしませ。しあえがさま、ふるいかみめしまえ」

「ヒロアキはここだ」


 しばらく歩いて遠くまで来た時、祠の方からおじさんの声が聞こえた。


「ヒロアキはここだぞ!」


 か ぁ ん

 か ぁ ん か ぁ ん 

 か ぁ ん か ぁ ん か ぁ ん 

 か ぁ ん か ぁ ん か ぁ ん か ぁ ん 

 か ぁ ん か ぁ ん か ぁ ん か ぁ ん か ぁ ん


 何度も、何度も、何度も聞こえる祠の崩れる音。僕は誰かの呼び声に背を向けて、山の麓の両親の居る家まで早足で歩き出した。


     ***


 か ぁ ん


 目が覚めると僕は家で眠っていた。枕元には見知らぬおじさん。いや、この、無造作な髪と無精髭、僕はこの人を知っている。


「おはよう、少年。今度は上手くいったみたいだな」

「おじさん!」

「こらっ! 知らない人におじさんじゃないだろヒロアキ!」

「そうよ、命の恩人なのよ!」


 パパとママも心配そうな顔で僕を見ていた。


「待ってよパパママ! 僕この人知ってる! 夢で会ったもん!」


 それを聞くとパパもママもぎょっとした表情で互いに見つめ合う。


「お二人共、少しこの子と二人で話がしたい。夢のことはご両親に話しづらいこともあるだろうからね。良いですか?」


 良いですか、というと質問のようだったが、実際には出るように命令しているような雰囲気だった。

 パパもママも、なぜかすごすごと部屋を出ていってしまって、部屋には僕たち二人だけだ。


「しあえが様は、祠の中に封じられている怪異だ。目覚めようとするそのたびに災害を起こして、他の神の怒りを買って、眠りにつく。そういう迷惑なサイクルを何度も何度も繰り返しているはた迷惑な神様なんだ」

「夢で言ってた死逢蛾様のこと?」

「ああ、そうだ。日本では蛾の神様ってことになったがな、まあ、似た神様は世界のあちこちで祀られている」

「日本の神様じゃないの?」

「さあな、そんなのは知らなくて良い。ただ、しあえが様は祀られなくちゃいけないんだ。そうじゃないと、いきなり飛び出して、何が起きるか分からない。お前たちガキンチョが壊したのはそういうやつの祠で、この村はそういうやつを祀っている村だったってことだけ覚えてろ。大人になったらとっとと村を出るんだな」

「うん、大学に行って、いっぱい勉強して、お医者さんになるんだ」

「そいつは良い。そいつは良いんだが、一つ気をつけてほしいことがある」

「なに?」

「この村の祠に、お前さんの身代わり人形を入れてある。お前さんから貰った髪を入れている。しあえが様は罰当たりなお前が生贄に捧げられたと思って大喜びだ」

「うへえ……身代わりがあってよかった」


 おじさんは首を左右に振る。


「安心はできない。お前はとにかく村を離れて、二度と戻ってくるな。、お前は間違いなくおしまいだ。この後、お前は転校することになると思う。親に逆らわず素直に行け、それで安心させてやれ」

「……うん」

、お前は死ぬ。今度こそ死ぬ。忘れるなよ、なんだ」

「わ、分かった。ここから離れて、祠にも近づかないで……あっ、あのさ、でもさ、他の皆は?」

「会わないほうが良い。今のところは無事だ」

「……じゃあ良かった」

「クソガキだろ、お前一人に厄介事を押し付けたクソみたいな連中だ」

「でも、友達だからさ」

「ああ……そうかい」


 おじさんは気だるげに煙草に火をつけた。


「あっ、子供部屋は禁煙だよ」

「おう、悪かったな。ヤニ足りねえから外で吸ってくらぁ。お父さんお母さんと仲良くな」


 おじさんとはそれ以来会ってない。

 僕が大人になっても、おじさんになっても、おじいさんになっても、ずっと。

 きっと、死ぬまで――


     ***







 か ぁ ん

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