第5話 電気羊の夢
宇宙海賊との戦いを切り抜けてから数十分後。
宙域にやってきたレールロード公社の救助隊に発見されたスフィンクスは、救助船の移動式ワームホール発生器に便乗して当初の目的地であったハール星系第二惑星、エレクシプ近隣宙域へとやってきた。
オレンジの陽光を背後に浮かぶ灰色の球体。
その灰色は地表を開拓しつくした舗装や建造物の色であり、そこへ眠らない都市の明かりが夜の地表で模様を浮かび上がらせている。
ここはシュターデと違って都会惑星だ。
かの企業連における筆頭の一つ、ユニバーサルアーマメンツ社の本拠地であり、その発展度合と成長速度はほかの都会惑星とは頭一つ抜けている。
人の多い場所は宇宙でも騒がしい。
周りにはエレクシプに向かう、あるいは出ていく宇宙船がひっきりなしに往来していて都心行きの宇宙港には渋滞もできている。
そんな宇宙船の列を見てミコノが呆れるように言った。
「宇宙でも渋滞が起きるのね......」
「好き勝手に出入りしたら衝突事故が起きかねないからね」
重力子制御技術が発達した昨今、大気圏へも低速かつ安全に突入できるようになった。
だが一から百まで安全運転では時間がかかりすぎるということで結局、今でも断熱圧縮熱に身を包みながら降下している。
レールロード公社の基地に戻って行く救助隊に感謝を述べつつ見送った一行は朝食を取りながら渋滞が前進するのを待った。
「じゃあ僕はビーム兵器の封印作業をしてくる。多分検問で引っかかるだろうからさ」
「あんなに強かったのに封印してしまうの?」
「ビーム兵器に区分される武器は全部、着弾の時に大量の放射線を放つんだ。だから地上で使っちゃいけないんだよ」
深刻さがはっきり理解できなかったミコノだったが、ノエルについていき作業の様子を見守った。
それから約一時間後───。
検問のスキャンを受けたスフィンクスは自動航行システムに身を任せてエレクシプの大気へ潜っていく。
断熱圧縮とは気体を圧縮した際にその温度が上昇していく現象である。
大気圏突入のような状況において降下する宇宙船は非常に高速だ。
そすうると船前方の空気が自然に圧縮されるまでになり、それが突入時の熱として船体を包む。
ひと昔前は、この熱が大気との摩擦による熱だという誤解も多かったらしい。
しかし安全な宇宙航海のためにあらゆるバリア技術が発展した昨今、大層な耐熱シールドなどを船底に装備していなくともバリアを展開していれば安全に減速していける。
火の尾を引く様は流れ星。
その光は、誰かの願いを乗せるだろうか?
エネルギー偏向器に守られながら、スフィンクスは大気の海に飛び込んでゆく───。
プロフェシア星団歴2199年。
母なる星を飛び出した人類が、遥か彼方の銀河系に繫栄して数十世紀。
ヘルネハイム王国滅亡から、二十四年───。
個人、企業、あるいは亡霊たち。
そこではあらゆる我欲の陰謀が坩堝となって渦巻いていた。
* * *
スフィンクスが惑星エレクシプに降下してから少しして。
エレクシプの中心部である大都市ロザルス、その郊外にある宇宙港に白亜の船体が停まっていた。
この円形発着場に限ってはグレイ家が占有契約している場所であり、隣接するそのほかは公共交通機関の乗り降り場だったり月極発着場だったりと様々だ。
そんな中、発着場とセットでついている広々とした格納庫でノエルと整備士がボロボロになったブラックアウトを見上げていた。
「なかなか傷が入ってますね。戦闘か何かが?」
「まあちょっと色々ね......」
準備を整えて船から降りてきたミコノもそこへやってくると、一緒になって傷だらけの機体を見上げた。
記憶違いでなければ、最後にグレイ邸の格納庫で見たときよりもかなり錆び付いて見える。
ここへ来るまでに様々あったが、錆び付くまでの時間は経っていないはずだ。
「ねえノエル、ブラックアウトってこんなに錆びてたかしら?」
その問いに対し、ノエルが答えるより先に整備士が口早に説明を始めた。
「この錆びに見えるのはラスティ・ブラッドというブラックアウトの機体内を循環している装甲補修ペーストです。通常は液体として血管ユニット内を循環していて、機体が傷つくとそこからラスティ・ブラッドが噴出するんです。液体内部にはナノマシンも含まれていて機外に飛び出すと信号や環境変化を感知して硬化します」
「へ、へぇ......」
やや引き気味のミコノを見かねてノエルが要約する。
「つまり人間の血液とかさぶたみたいなものだね。自然治癒しないからその場しのぎだけれど消火剤も兼ねてるから鎮火もできる優れものさ」
外界と隔絶されていたヘルネハイム王国は独自の技術体系を先鋭化させていった。
ブラックアウトにもその傾向は存在し、特にこの血液システムに代表される。
「それじゃ、脚部は丸ごと
「わかりました。サービスで駆動系の柔軟もしておきます」
「いつもすまないな」
「いつもご贔屓にしてもらってますから。作業は明日の夜ぐらいには完了すると思います」
「じゃあ頼む」
外は快晴───といってもソレス環境下なので晴れが続くのだが、星団標準時とロザルスの時差が殆どないことは都合がよかった。
何分、移動中に寝て渋滞時間に朝食を取ったのだ。もうすぐ昼時である。
「どうする?一度しっかり休憩してもいいけど」
「私は大丈夫よ。ノエルこそ戦ったあとで疲れてるんじゃない?」
「あれぐらいなら平気さ。だいぶ予定が遅れたし、これ以上待たせるのもね」
それに、ミコノにはシュターデで急ごしらえした味気ない服を着せている。
本来ならばメイドたちの服を着せてやりたかったが、問題は彼女たちがレプリカントであることだった。
レプリカント用の衣服は様々な部分で人間が着用することを想定していない。
例えば大量生産用の素材選定や本体との連動機能を搭載したものなど。
特にレプリカントの肌は頑丈に作られていて、故に彼らの服は重くてゴワゴワしている。
そんなものをミコノに着せるわけにはいかないだろう。
エレクシプに寄ったのは純粋に服を買うためだけだ。
当然ながら部屋着とおしゃれ着は違う。シュターデで買えるのはせいぜい散歩用ぐらいが関の山だ。
準備をしたら、いざ都心へ。
メイドたちにはそれまでの休暇を与え、ノエルはミコノと共に車庫に入れていた車に乗り込んだ。
ソレスからの電力供給とは別に、ロザルスの道路には通電ユニットが埋め込まれている。
そこからのエネルギー供給を受けて自動車が息切れを知らないところはソレス環境下と同様であるが、問題はコンデンサの配給許容量にある。
エレクシプのソレスは相当に強力な性能をしているが、それでも住人や街が欲する電力を一挙に配ることは不可能であった。
車を走らせている最中、街はずれの一角に巨大な塔が六つ立っているところを見る。
この塔の群れは大規模な核融合炉の寄り合いであり、エレクシプにおけるソレスは純粋な環境維持装置として機能している。
そもそもソレスの給電機能は余剰エネルギーの活用に過ぎないのだ。
長く直線が続く道路の左右を囲うのは田園風景に例えられるエレクシプのビル建造基部だ。
将来の人口増加に備えて設けられたビル畑にまだ種は蒔かれていない。
しかし森はすぐ目の前に迫っていた。
「あ、あの巨大な建物にも人が出入りしているの?」
真正面に見えるロザルスの中心にあるのは、他のビルを圧倒する超巨大な建造物。
その他ビルも相当に巨大なはずなのに、この中心でそびえたつ一本のためにすべてが小さく見える。
「アーマメンツ・ボックスだね。ユニバーサルアーマメンツの本社ビルだよ」
本社ビルとしつつそれは実際に要塞である。
屋上には専用の宇宙港を持ち、無数のトレーサーからなる私兵部隊が駐留している事だろう。
その本社ビルを取り囲む四つの衛星塔は大量のミサイルや砲弾が格納されている。
いくらマシーネ・ヘッドアリーナのトップランカーでもこんなところを襲撃するなど甚だ自殺行為だ。
その意味でテロ被害の無い安全な街であるとして有名なのだ。
座席に収まる二人に影が横切り始めると、気が付けばあたりにはほかの車や背の低い建物が現れ始めた。
宇宙にいた時間が長く感じると、他人の存在を感じられる場所にいるだけで一息つける。
これだけ科学技術が進歩しても、やはり宇宙は人の活動に適していないのだ。
そして、戦場にも向いていない。
二人を乗せた車がいよいよビルの森に入る。
鉄骨を繋ぎ合わせたような武骨な摩天楼が立ち並び、その壁面や空中をホログラムの映像広告が彩る。
昼夜を問わず車の騒音に満たされている街の中。
人工のオゾン臭と機械油の匂いが混ざり合い充満している歩道を足早に過ぎ去っていく人の群れは実に様々な出で立ちだった。
スーツを着た男と言っても一貫性はなく、くたびれたサラリーマンから裏社会のフィクサー然とした者まで。
だがそんな人々の洪水は、傍から見れば型にはまった属性の坩堝にしか見えなかった。
しかし二人を乗せた車が光にあふれる円形の中央区から離れようとしたところだった。
交差点に進入しようとしたところで、目の前に巨大な鋼の脚が降り立ったのである。
「な、なにっ!?」
突然巨大な影が視界を占有したことで狼狽するミコノ。
四角い手足を備えた姿は見るからに堅牢で、鉛色の青みがかった装甲色が見てくれの情報にさらなる重厚を付加する。
その頭部は分厚い胸板に隠れて見えない。
鈍重な外観な反して、肩部に背負うのは空中戦用のフライトブースターである。
「すごい、ホプリテスMk-5だ。ユニバーサルアーマメンツの制式機かな?」
現れたマシーネ・ヘッドに目を輝かせ舐めまわすように全容を眺めるノエルに「こいつもか......」と言わんばかりの視線を向けるミコノ。
その視線を感じて我に返ったノエルが取り繕うように表情を引き締める。
冷静になって思えばマシーネ・ヘッドがなぜこんな車道の真ん中に?そう思った手前、右手側から物騒な装甲車に囲まれたリムジンが走り去っていく。
そこで改めて護衛機として現れたマシーネ・ヘッドを見回すと、右肩に描かれた大盾のエンブレムに目が留まった。
「
その過剰な護衛を見てはっとする。
そういえば今日は本社ビルでの会議があるらしいという話だ。
ブースターの爆音に引き寄せられて空を見ると、そこにはレッドスクトゥム隊の
よく知らないが、会議のたびにここまで気合を入れているのだろうか。
そうだとすれば企業専属ヘッド・ライナーもご苦労なことだ。
大通りに面した建物に様々な衣料品店が看板を揃える。
高級ブランド店が並ぶ区画はさっき過ぎ去った。このストリートには主にセレクトショップが立ち並んでいる。
服のセンスには自信がないというミコノをいきなり高級店に連れ込んでしまうのは酷だろう。
車を適当な駐車場に置いたノエルは浮き立つミコノを連れて、都心ほど人通りはない歩道を歩く。
「お金は僕が出すから、気に入ったものがあったら好きに選んでいいよ」
「さすがにそれは悪いわ......」
中央区から聞こえてくる広告の音声が遠く聞こえてくる中、ミコノは問うた。
「でも、ノエルは何か働いたりしているの? けっこうお金持ってるみたいだけど」
「グレイ家はいくつか資源惑星───素材を採掘するための惑星とか採掘事業をしてる会社の権利を持ってるんだ。と言っても爺さんが手に入れて親父が維持してきた遺産なんだけど。うちの収入はそこから来てるよ」
それでもノエルが都会のセレブのような生活をしていないのは、シュターデのソレス維持費をグレイ家が一手に担っているからだ。
ブラックアウトの装備がコスパ重視であることの理由でもある。
しかしそんな懐事情は明かさず、ミコノには思う存分に服を選ばせた。
いろいろな店を見て回ったが彼女の琴線に触れる服とは出会えず、この一帯の服屋では最後に店にやってきた。
中央区に程近い交差点、歩道橋を登った先にあるモノレール駅前の店だ。以前個人的にエレクシプへ寄ったときにこの店で買い物をした記憶がある。
その時の店員がなかなか鋭いセンスを持っていて、彼女のコーディネートを一式買ったのだ。
ガラス張りショーウィンドウの内側に掛けられたネオン管風味のライトが「OPEN」の文字を深い青色の光で主張し、そこに展示されているマネキンの服を見てミコノが立ち止まった。
真っ黒な一式のストリートファッション。
厚底のスニーカー、三十デニールほどのタイツが攻めたホットパンツから露出する脚を覆う。
スポーツブラめいたトップスを大きめのパーカーがシルエットを補正していて、何より頭のキャップにはノエルも目が留まった。
キャップは有角人種の着用を想定してつばに切り欠きが入ったもので、実際にマネキンの額からは角が飛び出していた。
「ノエル、この店も見ていいかしら?」
そういって振り返ったミコノの目は輝いているように見えた。
思えばこれまで見てきた店に有角人種向けのアクセサリはほとんど置いてなかった。
その意味で、このキャップは密林の奥地で見つけた秘宝のようなものだ。
「いらっしゃっせー」
店の扉を開けてレジから出迎えたのは青い肌をした有角人種の店員。
彼女が以前の訪問で服をコーディネートしてくれたという店員だ。
「おっ、この前のおにーさんじゃないっすかー。今日は彼女さんと一緒なんっすね」
「かっ......!」
そういわれて顔を赤くしたミコノ。
しかし満面の笑みで見守る店員に訂正して水を差すのも後味が悪い。
気恥ずかしさを飲み込んで彼女にショーウィンドウのコーデについて訊いた。
「あのマネキンの服なんだけど......」
「お、お目が高いっすね。あのコーデ、あーしが組み合わせたやつなんすよ。彼女さん、顔の輪郭がキリっとしてるんで絶対に合うと思うんすよねー」
足早にマネキンの服を持ってくる様子は待ってましたと言わんばかり。店員から一式を受け取ったミコノは、恥ずかしさで上がり始めた体温を誤魔化すように試着室へ駆け込んだ。
服を脱ぎ着するスルリという音のあと、開かれたカーテンの奥からはマネキンの一式を身にまとったミコノの姿が現れる。
シャツとジーンズの味気ない姿から一転、灰色の髪が黒いシルエットと相乗しクールな印象を放つ。
そこにマネキンにはなかったミコノの鋭い輪郭が嵌ることで、初めてこのコーデが完成したように感じられた。
その出で立ちは似合っていると一言に表すには軽薄すぎる。
完全体という表現も過言ではないだろう。それほどの一体感があった。
それに───口に出すことはあまりに憚られたが、インフォーリング機関の手で切り取られた左の角によってアシンメトリーが機能し、その欠けたシルエットが服装の完成度に拍車を掛けていた......。
「ど、どう? 似合ってるかしら......」
少し恥ずかしそうにしながら恐る恐る尋ねたミコノ。
ノエルは店員と一緒に首がもげるほど頷いた。
なんやかんやあってノエルも服を買った後、それぞれ店の試着室を借りて新たな服に着替えると、そろそろ昼飯時ということもあって二人は飲食店が並ぶ区域へと足を運んだ。
二人そろって厚底のスニーカーをあの店で買ったのだが、これは流行りのファッションであることを否定しないが明確な目的があって選んだものだ。
厚底の靴は運動に際して慣れが必要だったが、飲食店のある場所まで歩くことが丁度よい慣らしになった。
ゆったりとしたズボンやジャンパーは、これまで着ていたシャツやスキニーよか動きやすい。
ここまで動きやすさを重視したのは、さっきから誰かが後を付けてきているような気がしたからだ。
ノエルとミコノが適当なバーガーショップに入ると、そこには見知った顔が二人───それと大柄な女性が一人。
あの赤髪と坊主頭はそう、列車でブラックアウトを積載していた車両の門番をしていた二人である。
ノエルが気付いて挨拶する前に、赤髪の男が声を掛けてきた。
「よぉ!ノエルの坊ちゃん! 嬢ちゃんも元気そうで何よりだ」
「ジェフ、どうしてここに───」
こちらに歩み寄ってきた赤髪の男───ジェフに投げかけた疑問だったが、彼を押しのけて背後から現れた大柄な女性がノエルの問いを踏み潰すようにして遮った。
一九〇センチの鍛え抜かれた重厚な身体から沸き立つ殺気が、観光客気分だったノエルを締め上げる。
「これはこれは、面倒を起こしておいて挨拶に来ないと思えばこんなところでデートとは、伯爵様はいいご身分ですなぁ?」
茶髪のロングヘアには上品な深みがあり、しかし相反するように左頬の傷が雄々しく主張する。そんな彼女の表情には青筋が立っていた。
何とか言い訳をひねり出そうとしたノエルだったが、数秒もしないうちに観念した。
「いや、あの、本当にすみませんでした」
「えっと、その......」
状況が分からなかったミコノが恐る恐る口を開くと、巨女は一転して和やかな表情で挨拶をする。
「おっと自己紹介が遅れましたな。私はミラベル・スフォルツァ、警備会社をやっている者です」
流れるような所作でミコノに差し出された名刺には『スフォルツァ・セキュリティ・コンサルティング』の代表取締役として彼女の名がある。
「そこの二人は社員のジェフとダン。列車の件では二人が役に立ったようで何よりです」
で、とノエルの方へ振り返ったミラベル。
彼女から列車のことでとことん詰められることになり、全員分の昼飯をノエルが奢ることになった。
「ノエルっていつもそんな感じなんですか?」
「まあそうだね。こいつに戦闘技術を叩きこんでやったのは私だけど、そのせいで厄介事に首を突っ込める性能を付加してしまったんだ」
ノエルが黒服相手に戦えたのは、もともと彼がミラベルの警備会社で軍事訓練を受けてたことに起因するらしい。
後で聞かされたことだが、スフォルツァ社の所在はシュターデにあるという。
そしてミラベルの家系もまた亡国ヘルネハイムに関連する。
最初は何事かと思ったミコノだったが蓋を開けてみればなんてことはない、姉と弟のような関係を二人から見出したのだった。
「では、我々はこれにて失礼するよ。これからマシーネ・ヘッド納入の件で商談があるのでね」
「列車の件は本当にすまない。近々詫びの品を持っていくよ......」
「フフフ、期待して待ってるよノエル坊ちゃん」
不敵な笑みを残して去って行った一行を見送り、ミコノとノエルは昼食を平らげる。
その後、せっかくのエレクシプということでロザルスの街を一通り見て回った二人は、足取りを事前に予約していたホテルへと向ける。
夕日も落ちて薄暗くなり始めた時間。
相変わらず車の騒も道行く人の量も変わらぬままのロザルスで、ミコノはノエルが傍に居てくれることの安心感に身をゆだねていた。
巡り合ったのが彼でよかった。でなければ、今日こんなにも楽しい時間は───。
楽しい、その言葉が脳裏に浮かんだとき、ミコノは現実に引き戻された。
自分は囚われた同族の助けを求めるために研究所から逃げ出してきたのだ。
それなのに、今まさに皆が苦しんでいるかもしれないときに、ここで呑気に遊んでいていい訳がない。
ふと、人の流れの中で立ち止まったミコノ。
それに気が付いたノエルが彼女の方を振り返ると、その沈んだ表情を見て心中を察する。
「ミコノ......」
「ごめんなさい。せっかく連れてきてくれたのに......」
「あんまり思い詰めちゃだめだ。相手は組織構造だ。僕らもそうすぐには動けないよ」
「あなたは、先祖の偉業を汚さないような生き方をしなきゃいけないって言ったわよね。私は仲間たちの期待を背負って逃げ出してきたのよ。だから───」
ミコノが言いかけたとき、ノエルの背後に立っていた人物に息を呑む。
ノエルも背後に立たれた気配を察知して、すぐにミコノの傍へと体を動かした。
装甲服のような装備を身にまとった白い髪の男。
病的にまで蒼白な肌とは裏腹に筋骨隆々な肉体は、しかし一目で造り物だとわかるほど角ばっている。
今、人混みの中ではっきりとそのシルエットが浮き上がった。
そして男が口を開く。
「そう思うのであれば、今からでも機関に戻ってはいかがかな?」
その声、聞き覚えがあるのは気のせいではない。
男の姿にハッキリと銀甲冑の姿が重なる。
「お前、シュレディンガーか......!?」
「ノエル・グレイ、貴様があの黒い機のヘッド・ライナーか。あの時はよくも邪魔をしてくれたな」
「なに......」
ノエルを知っているような口ぶり、しかし当のノエルにシュレディンガーのような知り合いは居ない。
認知が一方通行だということをノエルの表情から察してか、シュレディンガーの眼差しが殺気を帯びて鋭くなり、その直後ノエルは数名に囲まれていることを覚る。
「まあいい。女は頂いていくが、貴様はここで死ね......!」
───
おまけ
世界観小話
『ブラックアウトが左背部に装備している兵装』
セムテクス・インターナショナル製ミサイルランチャー『MTX-6』を水平に二つずつ、計六つを束ねたものに同社製マイクロミサイル『FUNI-9X』を装填したもの。
ミサイルランチャー『MTX-6』は最新の製造ロットでブロック30となり、シリーズ自体はマシーネ・ヘッド登場以前の特攻兵器戦役から流通している超ロングランベストセラー。
単純故に応用が効きやすく、それ自体がとても安価なこともあってあらゆるアセンブルの選択肢に登場する。
ホットローンチ発射方式を採用し、発射筒単体での装弾数は18発。
ブラックアウトがMTX-6に装填しているマイクロミサイル『FUNI-9X』は光ニューロ・ブレインの開発データを流用して開発された次世代画像認識誘導システムを採用しており、地形を認識して旋回したり(シールドを構えるとそれも認識して回り込む)、ECMやフレアなどで欺瞞されることがない。
特筆すべきはその威力で、反物質を炸薬に搭載したことで単発でも主力級戦車を破壊できるほどの高威力を持ちながらマイクロミサイル特有の群れでの攻撃を行う。
その威力はマシーネ・ヘッドのバリアシステムですら一度の斉射でダウンさせるほどで、現在のヘッド・ライナーアリーナで猛威を振るっている。
ミサイル異常性愛者とも称される同社は爆発威力と設計精密性を両立するインテリ脳筋である。
マシーネ・ヘッド 天龍びし @tenryu_bishi
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