第31話 小さな幻獣フェンリル

 レネから子犬に神力があるとの発言があった。神力がある生物は、精霊と神獣に幻獣と聞いた覚えがある。それ以外にもいるかもしれないが、少なくとも神力は神様にとって重要だから、神力を感じる生物は貴重なはずだ。


「子犬を助けよう」

 相手が魔物だからかも知れないが、子犬を見捨てることはできなかった。

「分かりましたわ」

 レネも同意してくれたので、槍を構えて動き出す。


 急に飛び出した俺たちに魔物も子犬もおどろいていたが、5匹いるオオカミの魔物のうち2匹が俺たちへ向かってくる。

 俺とレネがそれぞれ1匹ずつ倒して、そのまま残りの3匹へ向かう。魔物に攻撃の隙を与えずに、俺が1匹とレネが2匹を簡単に倒した。

 レネの短剣さばきは舞をみているように、なめらかな動きだった。


 槍を収めて子犬に向かってゆっくりと歩いて行くが、子犬は俺たちを警戒して低くうなりながらこちらをみている。怪我がひどいのか体が上下に動いており、呼吸が荒いのが俺にも分かった。


 どうしようかと困っていると、横にいるレネが声をかけてきた。

「私に任せてください。きっとこちらの誠意が伝わりますわ」

「俺だと逃げそうな雰囲気だから、ここはネレにお願いしたい」

「この位置で待っていてください」

 言われたとおりにその場で足を止めて、レネと子犬を見守った。


 レネが子犬に近づいていくと、子犬は警戒しているようだが、うなり声が小さくなっていく。さらにレネが手の届く距離まで近づくと子犬のうなり声がなくなった。レネは遅い動作で手を伸ばして子犬を撫で始めた。

 一瞬、子犬が動いたようにみえたが、レネに身を任せるように動かなくなった。


「この子はもう大丈夫ですわ。ただ怪我をしているので、体力回復ポーションと怪我回復ポーションを飲ませてください」

「中級あたりで大丈夫そうか」

「そこまで瀕死ではありませんから、中級で平気と思いますわ」

 アイテムバッグからポーションを2本取り出して、子犬に近づいていく。


 子犬は俺に視線を向けるが、威嚇のようなするどい表情はみせていなかった。ポーションの蓋を開けて、子犬の口にゆっくりと液体を流し込んだ。もし中級ポーションで回復しなければ、上級ポーションを使ってみよう。


 怪我回復ポーション、体力回復ポーションの順番に子犬へ飲ませると、不思議なことに子犬の体から傷跡がうすくなって最後には消えた。初めてポーションの効果をみたが、魔法も同じような効果なのかあとで確認してみたい。

 徐々に子犬の表情も柔らかくなって、呼吸も穏やかになっていく。


「ポーションの効果はすごいですわ。怪我は治ったように見えますが、このままここへ放置はできません。この子を拠点へ連れて行ってもよいかしら」

 俺の言葉を待たずに、レネは子犬を抱きかかえた。子犬も暴れたりはせずに、レネの腕の中で目を閉じている。


「たしかにここに置いていけば、また魔物に襲われる。神力をもっているのも気になるから、拠点へ連れて行こう」

「助かりますわ。私がこのまま抱きかかえて、この子を連れて行きます」

「ウォーン」


 レネの言葉を理解できたのか、うれしそうな声で子犬が鳴いた。レネが子犬を抱きかかえて、俺が周囲を警戒しながら拠点へと戻った。途中で魔物に遭遇したが、俺ひとりで問題なく対処できた。


 拠点に戻ってきて休憩しながらレネと相談した結果、子犬の正体を知るためにエクレスクの元へ行くと決めた。昔から住みついている神獣ドラゴンだから、この周辺にも詳しくて、神力についても話せるのが決め手となった。


 拠点からエクレスクがいるバルカノ山へ向かう。レネが子犬を抱きかかえているが子犬は大人しくしていて、魔物が近寄ってきても怯える素振りはなかった。


 山の中腹にある大きな洞窟に入り、エクレスクの元へ到着した。

「神力の気配がしたと思っていたがキュウヤとレネだったか。今日はどのような用事だ。手合わせがしたいのならいつでも受けて立つ」

 巨大なドラゴンの姿から、ヒューマン族の姿に変化しながら話しかけてきた。


「今日はこの子について知りたくて来ましたわ。わずかに神力を感じる動物で、フォリンタ森の中で魔物に襲われていました。どのような動物か分かるかしら」

 レネが腕の中にいる子犬をみせながら説明した。


「幻獣フェンリルの子供で間違いないが、本当に魔物に襲われていたのか」

 やはり普通の動物ではなくて幻獣だったのか。それにしてもエクレスクは、フェンリルが襲われた事実に驚いているようだ。


「オオカミの魔物5匹に囲まれていて、怪我までしていましたわ。幻獣が魔物に襲われるのはめずらしいのかしら」

「子供の幻獣や神獣なら魔物に襲われる可能性はあるが、成獣になれば魔物のほうから避けていく。このフェンリルの子供は、フォリンタ森にいる成獣になったフェンリルの子供だから、普通の状態では魔物が近寄ってこないはずだ」


「そうすると、このフェンリルは迷子になっていたのか」

 エクレスクの話しから、親の近くにいれば魔物に襲われないはずだから、親から離れたと考えるのが妥当だと思う。


「わしもキュウヤの考えと同じだが、迷子だとすれば早めに森へ戻す必要がある。親のフェンリルが森を飛び出すと、周囲の魔物が逃げ出して、いささか面倒になる」

 成獣のフェンリルが移動すれば、それにともなって魔物も避けていくから、森や荒野の生態系が崩れる可能性があるようだ。


「この子をフォリンタ森へ連れていけば、よろしいのかしら」

「その通りだが、キュウヤとレネが行くと、子供を連れ去ったと親のフェンリルが勘違いするかもしれない。代わりにわしがフォリンタ森へ行ってくるが、その間はフェンリルの子供を預かっていてくれ」


 いなくなった子供を連れて行くと、エクレスクでも親のフェンリルから誤解を受ける可能性があるらしい。神獣と幻獣が争えば、この一体がたいへんになるので、子供のいない状態で行きたいようだ。


「それは助かりますわ。この子は私が保護しておきます」

「対価ではないが、わしと手合わせをしてくれ。キュウヤとレネが来たのにこのまま別れるのは残念だ」


「分かりましたわ。今日は私が相手をしましょう」

 レネから子供のフェンリルを預かった。俺が抱きかかえても、暴れる様子はなかったので、だいぶ落ち着いてきたようだ。


 レネとエクレスクの手合わせは5分ほどだったが、やはり俺よりも動きや切れ、戦い方の考えが数段高かった。この高みへ近づけるように、5分という短い時間をまばたきも忘れて脳裏に焼き付ける。


 手合わせが終わると、エクレスクはフォリンタ森へ向かうので、俺たちは拠点に戻って待つことにする。エクレスクと一緒に山の中腹へ出て拠点の場所を教えると、エクレスクは崖を駆け下りながら、フォリンタ森へ向かっていく。


 エクレスクを見送って、俺とレネはフェンリルの子供を連れて拠点へ戻った。次の日の朝にエクレスクが拠点に姿をみせた。拠点の入口は閉まっていたが、エクレスクにとって塀の高さは意味をなさなかったようだ。


 レネはフェンリルの子供を抱きかかえて、俺と一緒にエクレスクへ近づいた。

「親のフェンリルと話し合ってきた」

 エクレスクは無事に、フォリンタ森でフェンリルに会えたようだ。

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