三話 二
電車が急減速し始める。
そして、甲高いブレーキの音が響いた。
「な、何が起きたんだ?」
流石にマズいと思いつつ、サッと立ち上がる。
「うわぁ!」「おい! 早く逃げろ!」「危ない!」
踏切のすぐそばで緊急停止したものの、車内からだと、一体何が何だか掴めない。
俺がいる二両目に、一両目から人が流れてくる。
十人程度が流入し、そのまま三両目に行ってしまった。
「……一両目か?」
「影宮さん、行きましょう」
俺よりも数段早い初動で、月雪澪が一両目に行く。
「マジかよ――」
俺もそれに付いていき、一両目に侵入した。
一両目、そしてその前には車掌室がある。
しかし――ガラスの向こうに見える車掌室には、車掌はいない。既に逃げたようだ。
代わりに、モンスターがいた。
そのモンスターの強さは、最上級に分類されている。
地下に広がる草原、その空を駆け、火を吐いて地上の存在を狩る竜……
ワイバーン。
茶色い体毛、その内側にある体は硬い。二つの角はきらりと光っている。
大きな二枚の羽が特徴的だ。
しかし今は、その羽で羽ばたく事ができない。
線路上に落ちて、もがき苦しんでいた。
何とかそれに対抗しようと火を吐いているが、周囲の建物を破壊するだけで、衝動は収まらない。
「……相性不利だけど、やるしかない……」
月雪澪は一人、呟く。
瞬時、ワイバーンの周囲とワイバーン本体が凍結した。
ワイバーンを中心に、三百六十度、一面に氷柱が並べられていく。
星のような数の氷柱が、モンスターを包囲する。
それは。
地球上で彼女だけが使える、絶技。
「『
大小様々な氷塊の弾幕が、一箇所に集まる。
原子運動を止め、それから氷柱や霰によって攻撃する技だ。
しかし。
じゅわっ、と音が鳴ると、パキリと氷は砕けた。
そうして炎が、ワイバーンの口元から広がる。
氷柱の大半は燃え尽き、威力を失ってしまう。
マズい。このままじゃ、民間に被害が出る。
――そうだ。
「月雪さん、刀は?」
「無いです。ゴーレムの攻撃を受けた時に欠けて、捨てました」
「……くっ」
どう考えても素手じゃ無理だ。倒し切る前に、被害が拡大する。
……
「……大丈夫です」
月雪澪が、声を掛けてくる。
優しい、声音だった。
「責任は取ります」
「……」
それが。
使う理由になった。
スキルを発動する。
ワイバーンの魔力の操作力は、人間より数段強い。
だから、一度弱らせる必要があった。
「第二車両に行ってください」
「――後は、任せました」
月雪澪が第二車両に行った途端、俺は、それを発動した。
炎で溶けた第一車両を、重力で俺と共に持ち上げる。
そして、第一車両と第二車両以降を無理矢理離す。
垂直に持ち上がる車体は、さっきまで機能していた車両同士の連結部の方を見ると、丁度、二両目の電車の天井があった。
重力による光の操作で顔を隠しつつ、その上に退避した。
そして、俺のいなくなった一両をさらに持ち上げる。
上からもう一度ワイバーンを見た。
吐かれた炎は、月雪澪がなんとか氷で防いでいる。
ただ、被害拡大を大幅に抑えているだけで、根本的な解決ではないが。
今更素材なんて、回収しないだろう。
死体なんて丸ごと潰していいはずだ。
モンスター。その存在に、容赦はしない。
「――」
闇という仮面。疑いようがなく、人工知能の域を超えた使用。
もうこれで、言い逃れは出来ない。
入学式の時と違い、必要性の極端に少ない場面における人工知能の使用は出来ない。
つまりあの時のように、人工知能によって作ったスキルという言い訳は使えない。
そうして。
ワイバーンは、一両の電車に潰される。
血をぶち撒けるのは可哀想なので、重力で光ごとシャットアウトした。
ギャラリーによる撮影が凄まじい。上空にはいつの間にかヘリも飛んでいた。
生中継でもされているのだろう。
全国にいる子供達に、この凄惨な光景を見せないように配慮したのだった……
……
すぐに二両目の中に戻ると、同じ電車に乗っていた客がカメラを向けているのが見えた。
制服のまま魔力を受け、配信者モードになった月雪澪と、謎の存在である俺。
ああ。
絶対、叔父にバレた。
俺は重力という仮面の中で、苦虫と豆鉄砲を同時に食らったような顔をしてしまった。
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パトカーが来ると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
許可なく撮影する行為は犯罪だと理解しているのだろう。皆でやれば怖くない、という精神ではあるが、皆でやっても怖いものは怖いのだ。
警察が俺と月雪澪のことを見つける前に、俺達は逃げた。
事情の説明はテレビの生中継、ネットニュース、一般人の撮ったものに任せることにしたのだ。
こういう事件では、説明責任なんて何一つなかったりする。
ダンジョン関連の事件はどう対処するか一向に決まっておらず、場合によっては二年くらい警察と関わったりすることもある。
なので、警察側も、法律が決まるまでは逃げたほうがいいよ、というスタンスだ。事情聴取に二年掛かるとか、司法が遅れすぎているのにも程があるから、その反抗の意味もあるらしい。
とにかく。
今から、隣の駅まで歩きだ。
月雪澪の目撃情報なんて探せばすぐ見つかるのだが、こういう時に役に立つのが、変装セット。
制服のブレザーを脱いで、マスクと伊達眼鏡を付け、帽子を被ったのだ。
俺の場合、顔は見られてないので、どうにかなった。
ちなみに俺はスーツで来ている。一応、代行業の時に使うものだ。
スーツの人なんていっぱいいるので、避難している人の波に紛れたら一発で潜り抜けられた。
近くの駅まで、線路沿いを歩きながら、友達となった月雪澪……
いや。
月雪と会話をする。
「変装、なんで毎回しないんだ?」
「ストーカー被害にでも遭わない限り、非効率ですし……」
「でも、いつも持っているのか?」
「いいえ。いつか友達ができた時に変装したくて」
「心の中では、俺と友達になれないかなって思ってたのか?」
「……そうです」
「一緒に二郎系行かないか?
メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシっの、美味しいらしいぞ」
「あの、もしかしてラーメンとか牛丼とか、そういう目当てで友達になりたいと思ったのかなって思ってます?」
「まあ、そうだな」と返すと、いつまでも変わらないと思っていた無表情に、ほんの少し変化があった。
「あのですね」
そうして顔を少し逸らす。
耳や頬は、ほんのりと赤くなっていた。
「ハンカチ、届けてくれるって。その時から、私……
友達になりたいなって、思ったんですよ?」
「……おう」
性格を認められて、俺は少し、嬉しくなってしまった。
線路沿いを歩く、電車に乗っていた人達の最後列。
スマホを開くと、午後二十時を回っていた。
通知にあるネットニュースの見出しには、またもや魔物化、とある。どうやら今回の事件は、一般人が魔物化して起きたらしい。
見る気はないので、すぐにスワイプした。
結局。
迷宮都市に行く前に、家に帰ることになってしまったが。
まあ。取り敢えず、友達が出来たんだし、いいだろ、と。
前向きに捉えることにした……
「そうだ。俺の妹と一緒にご飯でも食べたくないか?」
「え、いいんですか?」
「おすすめの二郎系ならあるぞ」
「あ……その。
二郎系なら、結構です……」
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ダンジョン探索者代行、世界ランカーの同じクラスのダンジョン配信者を助ける。 佐藤圭 @volans
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