中二病ぼっち少女は今日も右眼が疼いている~絶対領域で全ての攻撃を防ぐ魔法使いは魔王を倒す旅に出る~

めい茶

第1話 最低ランク伝説の冒険者

 一人の少女がベッドの上で目を覚ます。


「ふっ、今日も平和だな……」


 日課である意味深な言葉を呟き、彼女の一日が始まる。

 洗面台に向かい、顔を洗い歯磨きをする。

 次に台所でパンを二枚焼き、片方にはいちごジャム、もう片方にはブルーベリージャム。

 彼女はそれを味わいながら食べ、両方のパンを最後の一口だけ残し重ね合わせる。


「交わることがなかった二人が出会う時、覚醒されし力が目覚めるであろう……」


 それは預言だった。

 しかしここで彼女は気付いてしまう。

 覚醒なのか目覚めるのかは定かではないが、その為にはあるものが足りない。

 口の中がぱさぱさになっている彼女は、目の前に置かれているカップに手をつける。

 これがキーアイテムだとは彼女以外に気付かなかったであろう。


「ミルク」


 美味しい……内心でそう思っていてもけしてその言葉を口に出すことはない。

 何かが壊れてしまうような気がしたから……。

 

 両手を添えてちびちびと飲んでいたミルクを飲み干すと、彼女はすぐに立ち上がり洗い物をする。

 

「ウォーター」


 魔法使いである彼女は、あらゆる初級生活魔法を使いこなす。

 洗い物は水魔法、掃除は風魔法、料理は火魔法、家庭菜園は土魔法。

 一人で住むには広すぎる家、それを魔法を使いなんとかこなしている。


 モナ・リグレット 元男爵家 15歳 性別:女性 趣味:読書 職業:大魔導士(自称)


 元は父、母、兄、モナの四人で暮らしていた家。

 しかしちょうど一年前、モナを除く三人は魔王調査任務のため遠征に赴いた。

 武功で平民から貴族まで成り上がった父、聖なる賢者と呼ばれる母、その二人の才能を受け継いだ兄。

 一ヵ月で帰って来ると言われていた。

 二か月、三か月、半年と過ぎていき、それでも三人は帰ってこなかった。

 そして一年が経とうとしていた頃、モナの下に三人遺品が届く。

 父の指輪、母のネックレス、兄の付けていたブレスレッド。

 全部モナが作った、プレゼントしたものだった。



 彼女は鏡の前で支度をする。

 家族が残した遺品をすべて身に着け、自分で裁縫した洋服を着る。

 この洋服は上着が学園で着ていた時のような紺色のブレザーで、その下に灰色のスカート。

 学園を卒業したモナにとって、学生と同じような格好をするのは少し恥ずかしい。

 でも母の教え『その格好が一番モテる(凄く見える)』を守っているのだ。

 最後に漆黒のローブを身に着けて片目には眼帯を装着し完成。


「いってきます」



 カラン。


 モナが冒険者ギルドの扉を開けると、いつもの喧騒が耳に入ってくる。

 リアナ王国王都冒険者ギルド本部。

 数百人の冒険者を抱え、S級からF級までの冒険者が在籍する世界でも有数のギルド。

 そんなところに若い女性の冒険者が入って来ても、普通なら誰も気に留めない。

 ましてやモナのランクはFで最低ランク、荷物持ちと言われる見習い中の見習い冒険者。


「うおっ……マジかよ」


 しかしモナを見た者は、驚嘆の声をあげその行動から目を離せなくなる。


「生ける伝説見ちゃった! 自慢しなきゃ!」


 彼女が一歩踏み出すたびに、一人また一人と彼女の方を見る。

 それはまるで伝染病のように、騒がしかったギルド内は徐々に静寂に包まれ、異様な雰囲気を醸し出す。

 モナは自分が注目されているのを知っているので、下を向きながらも、わざとゆっくりと足を進める。

 口元のニヤニヤが少しでも隠れるように、たまに意味もなく口に手をあて辺りを見渡す。


「なるほどな、そういうことか……」


 モナがボソッと発した言葉にはなんら意味はなく、言った本人は数秒後には何を呟いたのかさえ忘れている。

 だが、周りの冒険者はその言葉に反応し、ある者は手帳を出しメモまでする。

 そのような者たちが数十人になった頃、モナの様子が激変。

 突如オロオロし、肩をすくめる。


「あっ! モナちゃん、こっちこっち!」


 上級ギルド受付嬢サラが、オロオロし始めたモナを見つけ声をかける。

 彼女はこのギルドで唯一モナと話すことが許されている職員。

 正確にはモナがこの受付嬢としか話せない。


 二人の出会いは数カ月前。

 モナが冒険者登録をしに来た時、同じく新人として受付に立っていたのがサラだった。

 この時のモナは、まだ伝説となっていなかったので、ただの挙動不審な女の子。

 誰とも目を合わせず、ギルドの端で数時間立っていたところを、新人のサラが声をかけたことをきっかけで二人は話すようになった。

 サラは新人受付嬢としては年齢がいっており20代前半(自称)

 実際は26歳であり、何故この年齢で受付嬢になったかはギルドマスターですらわからない。

 ただ、恐ろしく優秀であり、僅か数か月で上級受付嬢まで上り詰め、冒険者からもほかの職員からの信頼も厚い。

 さらに『マヨネーズ』『ライター』なるものを自ら開発。

 街の人らにそれらを破格の値段で売っており、『美人受付嬢婚約者受付中』という冒険者でもないのに二つ名まであるのだ。

 街、ギルドにおいて注目される二人の会話、自然とギルド内が静まる。


「今日はモナちゃん特別実績自主報告の日です。モナちゃんはどれくらいモンスター倒したかな?」


「ス、スラ……」


 静まり返るギルド内に、モナの中二病効果が完全に切れた。

 モナは中二病ではあるものの、それはあくまで数人に対して出来る行為であり、いまギルド内にいる全員をカバー出来るほどのものは待ち合わせていない。

 あまりにも注目されると萎縮してしまうのだ。

 対するサラは静かになって話しやすいくらいにしか思っていない。


「本当はね自主報告なんて必要ないんだよ? モナちゃんがちゃんとモンスターを倒した証拠を持ってきてくれれば……」


「す、すみません……」


 スライムならその断片を、ゴブリンなら耳を、モンスターを倒した証拠を持ち帰り、それで報酬や実績を得るのが冒険者である。

 しかしモナは、モンスターを触りたくないという理由で、倒しても一切それらには手をつけない。

 さらに一人(ぼっち)で行動することが多いので、普段何を倒しているのか誰も把握出来ない。


「スライムかな? 何匹?」


「三匹です……」


 モナが一ヵ月の実績を報告すると、周りの冒険者からはどよめきが起こる。

 スライム、冒険者でなくても倒せるほど弱いザコ中のザコモンスター。

 しかし、周りの冒険者はモナがただのスライムと戦ったとは思っていない。

 

「シルバースライムか、それともゴールデンスライムか!?」


「最近出現したポイズンキングスライムかもしれないぜ!?」


 ボス級のスライムを言い始める冒険者たち。

 冷静に判断出来ていれば、そのような凶悪なスライムが討伐されたらすぐにギルドで速報が出る。

 出ていないので倒されていないというのがわかるはずなのだが、モナがスライムを倒したという言葉が冒険者たちの冷静さを奪う。


「うーん、先月のも合わせても10匹いかないね。一応レベル測定するけど、それで上がってないなら昇級は無理かな」


 サラは台座にレベルを測定する水晶を置く。

 そろりそろりとモナがそれに手を伸ばし、レベル測定が開始されるが、出た数字はレベル1。


 モナ・ルグレット Fランク新人冒険者、レベル1。


 ここまではギルド内にいる全員がわかっていること。

 でも誰も彼女をバカにしないし、ある者はレベル1であるという事実に驚愕する。


「それじゃあ……本当はギルド長に止められているんだけど、最新の魔力測定器もあるのでやっちゃいますか!」


 サラ受付嬢が指をパチンと鳴らすと、奥の部屋から大きめの水晶が運ばれてくる。

 

「この魔力測定水晶は王宮魔術師数人が魔力を込めても壊れなかった代物です。もう一度言います。王宮魔術師が数人でもです!!」


 サラは周りの冒険者に聞こえるようわざと声を張り、さらに大げさに水晶を指さす。

 誰もが水晶に注目し、そしてその前に立つ少女から目を離せなくなる。

 この状況に、モナの中二病が再発。


「くっくっくっ……壊してしまっていいのかな?」


「大丈夫です。私は上級受付嬢ですから後でなんとかします」


 モナの言動を察したサラは、それにあわせて丁寧に頭を下げる。

 中二病モナ、サラはこの事実を知っている。

 そしてその中二病が、実力を伴ったものであることもわかっている。


「我が魔力の一端を見せよう!! オールレンジ絶対障壁ぃぃぃ!!!!!!」


 両手を水晶にかざすモナの手から、白色の光が溢れ出る。

 やがてその光は急激な速度で水晶に吸い込まれていくが、光もまた急激にその大きさを増していく。

 

「ふははははは!! まだだ! まだまだ!!」


 狂ったように叫ぶモナ。

 例え彼女の実力が知らない者がいたとしても、この魔力量を見たら実力を認めざるを得ない。

 

 無限魔力。


 だがこれはモナの学園時代からわかっていたことである。

 彼女はこのスキルからあったからこそ、ほとんど学園に通わずとも卒業できたのだから。

 

 無限に魔力があっても、初級魔法しか使えない。


 才能の無駄、スキルの無駄、なんの役にも立たない魔力。


 一部の人は彼女をそう評していた。


 そう、街がドラゴンに強襲されたあの時までは……。


「ぶっ壊れろ!! パーフェクトオールレンジ!!!!!!」



 絶対領域。


 それは全ての攻撃を防ぐ障壁。


 それが彼女を伝説へと押し上げたのだ。

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