第4話 そして彼女は伝説になった
「おい! まさかあの障壁はお前が出しているのか!?」
叫ぶレイナにモナは何も答えない。
それはスキルを展開して余裕がないからではなく、知らない人とは話さないという信念が故にである。
ただ実は、押しに弱いモナはもう一声すれば話し始めるのだが、この時のレイナは彼女の邪魔をしてはいけないという心理が働いていた。
二人の上空には障壁に覆われたドラゴン。
高い知能を持つドラゴンであれば、障壁がブレスを防いでしまうことを学び、即座に接近戦に切り替えただろう。
しかしこのドラゴンは、一時的な精神操作によりその聡明さを失っており、再度障壁にブレスを吐く。
「し、信じられん……大型ドラゴンのブレスを完璧に防ぐなど……」
レイナの賞賛がモナに届き、彼女の中二病心を満たす。
「あなたは……大魔導士か!?」
「大魔導士……」
モナは攻撃に有効な魔法やスキルを持ち合わせていない。
彼女が使えるのは生活魔法と、防御にしか使えない絶対領域のスキルだけである。
なので、冒険者登録時、職業欄に魔法使いと書いてしまったことにモナは違和感があった。
そこにきて、このレイナが発した大魔導士と言う言葉はモナの心をくすぐる。
「我……魔道を極めし者……」
極めていない。よってこれは彼女の戯言である。
「そうだ! あなたは大魔導士だ! 私は何をすればいい!? 攻撃か!? それともマナポーションを持ってくるか!?」
この時モナが余計な口上をしなければ、レイナは即座にドラゴンへの攻撃に思考を切り替えていた。
「ドラゴンを倒す者……」
「わかった! それなら私は周辺にいる人の避難救護にあたる! 頼む! あいつを倒してくれ!」
「え!? えっ……」
レイナが素早い動きで消える。
先ほども言ったが、モナはドラゴンを倒す攻撃手段を持ち合わせていない。
一人になったモナは空を見た。
そこには結界にイラついて暴れているドラゴンがいて……
モナに照準を定めたところだった。
轟音が響き、大量の砂煙が舞う。
結界は小さな一人の少女のせいだと気付いたドラゴンは、彼女目掛けて大きな巨体で突進。
衝突時、地面には大穴ができ、そこに穴に落ちた少女を目掛けてドラゴンの鋭い爪が何度も降り注ぐ。
爆音、轟音、咆哮、辺り一面を覆う砂煙が舞う。
その様子を、近くまで駆け付けていた冒険者らが見た時には……。
ドラゴンが勝利の咆哮をあげた時だった。
「くそっ! 私のミスだ……」
レイナは地上に降り立ったドラゴンを、数十名の冒険者たちと取り囲む。
ドラゴンにまとわりついていた結界はすでに消えており、地面に空いた大穴を見て、あそこに少女が落ちていると確信する。
ドラゴンの直接攻撃を何度も受けもはや生きていない、体は原形を留めていないはず。
だけど、回収しなければいけない。
彼女は私たちを、街を一人で守っていた。
その事実を知らない人たちに伝え、弔ってあげなければいけない。
「皆! 耐えろ! 小型のドラゴンはすでに討伐されている! あと少しすれば…!?」
レイナの目に、大穴をよじ登ってくる一人の少女が映った。
それと同時にドラゴンの爪が少女に襲い掛かるが、直後、周辺一帯を例の結界が覆い尽くす。
これに驚いたのはドラゴン、レイナだけなく、周りにいた大勢の冒険者たちもだ。
さらに結界はものすごい速度で街全体に広がっていく。
それは冒険者ギルドにいた者たちにも届き。
王宮にいた者たちにも届き。
やがてその結界は、広大な面積を誇る王都全体を覆い尽くした。
何が起こっているのか誰にもわからなかった。
ただ一人の少女を除いて……。
パーフェクトオールレンジ絶対領域
驚愕したのは人だけではない。
再度結界を張られ、焦ったドラゴンは即座に少女めがけて爪を振り下ろすが、もはやその攻撃は少女には届かない。
街を壊そうと巨大な尻尾を振り暴れるが、もう何も壊すことが出来ない。
やがてドラゴンの動きが止まる。
レイナや冒険者の動きも止まる。
そしてこの時、モナは思っていた。
『早くドラゴン倒してよ!!!!!!!』
「あ、あと……一分しか……」
モナは震えていた。
目の前にいるドラゴンが怖いからではない。
魔力が底を付き始め、ぶっ倒れる寸前だからだ。
彼女は無限にちかい魔力を持っているが、それは無限にちかいというだけであり、実際持ち得ている魔力は有限。
無限に見えるのはその回復量もあってのことだが、パーフェクトオールレンジで王都全体を包むとなると、使用魔力が回復量を大幅に上回ってしまう。
現に一時は王都全体を包んでいた結界は徐々にその領域を狭め、今は半分に、後少しすればドラゴンのいる周辺だけになるだろう。
そしてその後、彼女は魔力切れでぶっ倒れる。
ドラゴンと対峙しているレイナを含めた冒険者は、そのことに気付いていない。
目の前で起こっていることに驚嘆し、モナがドラゴンを倒すと思っている。
「も、もう……10、9……」
モナがカウントダウンを始める。
結界が切れればモナはドラゴンに攻撃をされて死ぬ。
本人もそれをわかっているが、このカウントダウンだけはやるとモナは決めている。
「8,7,6……」
死へのカウントダウン……彼女はこの言葉に憧れていた。
「5、4,3……」
でも本当に死が迫っていると気付くと少し怖くなった。
カウントを止めれば死ななくていいんじゃね? と一瞬思ったが、魔力が切れるカウントダウンということをすぐに思い出す。
自身でやり始めたカウントに絶望するモナ。
「3、2……た、たすけて……」
カウントを最後まで続けていたら、モナは本当に死んでいた。
でも最後、助けてと言ったその呟きを、読唇術で見ていた者がいた。
レイナがモナに飛びつく。
次の瞬間結界が弾けるように消え、二人にドラゴンの爪が振り下ろされる。
その様子を見て、一斉に動く冒険者たち。
結界は消えたが、冒険者たちは勝利を確信していた。
彼らには見えたのだ。
S級冒険者賢人の理、元S級冒険者現ギルド長アインドレッグ、騎士団長、王国騎士団、冒険者数十名。
「トドメ刺した奴がドラゴンスレイヤーな」
ギルド長の言葉を受け、一斉攻撃が始まった。
◇◇◇◇◇◇
時は戻り、冒険者集まるギルド内。
モナが王宮魔術師数人が魔力を込めても壊れなかった魔力測定水晶に、全力で魔力を注ぎこんでいる。
「ぶっ壊れろ!! パーフェクトオールレンジ絶対領域!!!!!!」
正確には魔力を注ぎ込むと同時に、何故かスキルを発動させている。
瞬時に王都全体に広がる障壁。
冒険者たちは知っている。
この障壁がなければ死んでいたことを。
街の人たちは知っている。
一人の少女がこの障壁を使い、ドラゴンのブレスを防いだことを。
子どもも、大人も、貴族も、王族も、この国にいる者全員がそれを知っている。
だから彼女は生きながら伝説となった。
パリン!!
水晶が割れた。
大歓声が起こると予想していたモナ、しかし歓声どころか誰も何も言わない。
あれ? なんで?
モナは混乱した。
周りを見ると泣いている人がいる。
胸に手を当て、目を瞑っている人がいる。
彼らは皆、先ほどの障壁を見て感動しているのだ。
この障壁で救われた自身の命、家族の命、守られた故郷、愛する人。
伝説が目の前にいる、命の恩人が目の前にいる、全てを守った障壁に包まれている。
でもモナはそんな彼らの想いには気付かず、何かいけないことをしてしまったと思い始める。
「や、やれって言われたからやっただけだし……」
言い訳のようなことを口にし、チラッと横にいるサラ受付嬢を見る。
この人がやれと言った、モナはそう言いたかった。
「モナちゃん、不味いことが起こったわ。いつからいたかわからないから、まだなんとかなるかもしれないけど……」
「え? なんのことですか」
サラは入口付近を指さす。
そこにはギルド長アインドレッグが腕を組み立っていて、その横にバツの悪そうなレイナが立っていた。
「その魔力測定器、10億以上の価値があるんだが……」
ギルド長の言葉を聞いて、壊した本人モナは倒れた。
魔力切れて倒れちゃいました、後は知りません作戦……開始!!
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