第2話 新人受付嬢は転生者である


-----数カ月前。


 カンカンカンカン。


 モナが冒険者になって数日経った朝方、街中に鐘の音が響き渡る。

 鳴り止むことなき鐘、それはモンスターの強襲を知らせる音だ。

 こうなれば冒険者であるものは一目散にギルドに向かわなければならない。

 それはモナのような最低ランクの冒険者であっても同じである。


「ん……うるさい……」


 あと数時間早く鐘の音が鳴っていれば、起きていた彼女は飛び出て、その力を発揮したことだろう。

 しかし彼女は低血圧、夜更かし、誰かに起こされるのを心底嫌っていた。

 故に30分以上鳴るその鐘を無視し続け、しまいには土魔法で耳栓をするという荒業を披露。

 ほか響き渡る悲鳴と怒号は子守歌にしかならなかったのだ。


◇◇◇◇◇◇


「B級冒険者以上の奴は王宮向かって走れ! 全ての力を出し切りドラゴンを討伐せよ! なあにドラゴンなど大したことはない。俺は現役時代3匹以上刈っている」


 ギルド長が自慢を含めて冒険者たちを鼓舞する。

 この自慢話は効果てきめんだったようで、怯えていた冒険者たちもこれを聞いて安心し、全体の士気は最高潮に達した。


「俺に続け! 小物サイズのドラゴンだ! 一撃で葬ってやる!!」


 王宮上空に突如現れたドラゴン。

 初手、強力なブレスで城を半壊させるに至ったが、その後は魔法使いと弓部隊を主力とした騎士団により、上空を逃げ回るように動いている。

 先発冒険者たちが出て行ったギルド内、興奮冷めやらぬ職員たちは遅れて来た冒険者たちの対応をしている。

 そこに、新人なのに動かない受付嬢がいた。


「ちょっとサラ! 動きなさいよ! まだまだ冒険者来るから!」


 先輩の注意を無視し、窓からドラゴンの様子を伺うサラ。

 彼女は初めてドラゴンという存在を見る。

 だから王宮上空を飛び回っているドラゴンが普通サイズより小さいのかはわらからない。

 でも先ほどギルド長は『小さいドラゴン』と言っていた。


「先輩、聞きたいことがあります」


「だから今はそれどころじゃ……」


「命がかかってんだよ! 黙って答えろ!!」


 元々サラは数日前にギルド受付嬢として働いてからも態度はでかかった。

 でも先輩に口ごたえすることはなかったし、周りの職員たちともそれなりに上手くやっていた。

 そんなサラが口悪く怒鳴る。


「ドラゴンが急に王宮上空に現れるっておかしくありませんか? あきらかに人為的なものを感じます。それに小さいドラゴン、子どものドラゴンなら親いますよね?」


 最初の一喝で静まり返っていたギルド内に、サラの冷静な声はその場にいる者全員に届いた。

 その言葉を受け、まだ残っていた数名のベテラン冒険が一斉にドラゴンを見る。


「確かにありゃ小せぇな。親がいるはずだ」


 誰なのかわからないけど、今話した人貫禄がある。

 そう思ったサラは、先ほどギルド長が乗っていた台座に上がる。


「聞きましたか皆さん! ベテラン冒険者っぽい人もそのように言っています! よって現在ギルド内にいる人は……どこに向かわせればいいでしょうか? 先輩」


「え……私に聞かれても……」


 サラはすぐに先ほど親がいると話した冒険者を見るが、その冒険者も首を横に振る。

 人為的に起こされたドラゴンの強襲だとすれば……。

 サラの頭はフル回転していた。

 こんな異世界で死んでたまるか。

 てかまだ結婚してないんだが?

 イケメン数人しか見てないんだが?


「王宮と反対側に全冒険者は向かいなさい!!」


「おい嬢ちゃん。おたく新人さんだろ。それはギルドとしての命令なのかい?」


 新人受付嬢の言葉では、いや、女受付嬢の言葉では冒険者は動かない。


「ギルド命令です」


「ちょ! サラ! それ責任問題に……」


 先輩職員、冒険者、その場にいる者全てがサラに注目している。


「ギルド命令なので、命令を聞かなかったら処罰します。私、記憶力いいので気を付けてくださいね」


 その言葉を聞き、残りの冒険者は王宮には向かわず、反対側の街入口付近へと向かった。



「あ、あの……サラ、サラさん。わ、私たちは何をすればいいでしょうか……」


 先輩受付嬢がサラに声をかける。

 先ほどの一見で立場が逆転……とまではいかないが、今のサラの状態を見てほとんどの者はこいつただ者じゃないと感じていた。

 サラの前には、ギルド登録冒険者のことが書かれている本が10冊ほど広げて置かれている。

 それを彼女は恐ろしい速度で読み、何かをしているのだ。

 この速度で読んで書かれている内容がわかるはずがない。

 冒険者のことが書かれている本を今見てどうするつもりなんだ。

 数人の職員たちのサラに対する感情は様々なものであったが、鬼気迫るサラはそれをものともしない。

 そして最後の一冊を読み終えたサラは顔をあげる。


「今向かった冒険者でドラゴン一匹なら倒せる」


「な、なにを根拠に……」


「全冒険者のスキル・魔法、討伐実績を頭に入れました。後はドラゴンの強さがわかればより正確にわかります」


 自信満々にそう告げると、サラは今いる数人の職員の誕生日、身長、体重、スキル、経歴を全て言い当てていく。

 そのほかにも冒険者などのスキル、実績なども完璧に答える。

 彼女の言ったことが疑いようのない事実として、そして彼女は本当に全ての知識を頭の中に残しているのだ。


 これが彼女が異世界に転生した時に神から授かったスキル『瞬間絶対記憶』

 前世の記憶を引き継ぐことはもちろん、見たことを瞬間で記憶し忘れない。

 

「並列思考もほしかった……まあいいけど。とりあえずはこれで。後はギルド長が戻ってきたら……」


 カンカンカンカン!


 一度鳴り止んでいた、鐘の音が再度街中に響く。

 サラの言ったことが当たった。

 誰もがそう思い外に出ると、一人の衛兵が必死の形相で職員たちに駆け寄る。


「ド、ドラゴンが! 二匹! 現れました!!」

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