かんのうラーメン

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腹がへった

 ん? なんだこの店?


「かんのう……ラーメン?」


 ラーメン屋……だよな?

 変わった名前の店だ。

 かんのう……

 ひらがなで書いてあるけどどういう意味なんだろう?

 外観はよくあるラーメン屋って感じでシンプル。

 店の名前から力強さがなんとなくあるな。

 ここは美味いから黙って入れと言う漢の熱みたいなものだ。


「……よし」


 決めた。

 今日は午前で仕事も終わったし、ここで遅めのランチだ。





 赤いノレンを潜り、ガラガラとなるガラスドアを横に開けると餃子の匂いが私の鼻を一瞬で埋める。


「いらしゃい! お一人様ですか!」


 カウンターの越しで料理をする人の良さそう店員が笑顔で声をかけてきた。

 雰囲気は良さそうだ。


「ああ……はい、1人です」

「どうぞ空いてる席へ!」


 会釈しつつ中へ入る。

 店内のカウンター席に女性客が1人だけで。時間帯ピークとズレているからだろう。

 遠慮なく、女性客から離れたテーブル席に座らせてもらおう。


「ふぅー……」


 さて、メニューメニューっと……


「ラーメンんほぉ!! おいしい♡ ッんんおいしいのぉ!」

「えぇ……」


 なんだ?

 声の方を見ると、先に入店してた女性客だ。彼女が1人で絶叫していた。


「おおおおおおおいしいのぉ! おいしい! ラーメンん……っんほぉ! おいしい♡ らめぇん! んまッ! ッん ♡♡♡!」


 汚らしく雄叫びを上げながら麺をする女。

 なんだよ彼女は……気でも触れてるのか?

 この店を選んだのは失敗だったか?


「ラーメン! んまひー♡♡♡♡♡! おいしい……んほぉ! おいしいのぉ♡ おいしい! らめぇん! んっッんんまッ! 」

「すみませんお客さん、他のお客様もいますのでお静かにお願いします」

「ハッ!? すすすすすすみません! 声が出ちゃうぐらい美味しすぎてつい……んほ♡」


 そんな訳があるか。いくら美味しくてもそんな喘ぎ声は出ないだろ。

 ……でも、気になる。

 彼女が食べてるのはラーメン。

 この角度からは何ラーメンなのかはわからないがチャーハンや餃子は付いてない。

 筋の通ったラーメン一本。

 とりあえずメニューを見ておこう。

 えーっと、なになに……


「醤油……味噌……だけか」


 凄い……全部シンプルだ。

 トッピングでチャーシューを追加出来るのか。

 まさにインスタ映えを狙わずに基礎を重んじる店だ。

 店名の意味は分からなかったが、漢らしさをメニューからも感じる。

 とは言え、ラーメンだけじゃ足りない。

 サイドメニューには……


「餃子……半ライス……肉飯」


 お、肉飯があるのはいいね。

 きっとチャーシューの小間切れが半ライスに入っているやつだ。

 って事はチャーシューにも自信有りか。

 ああ……でも、店内に広がるこの餃子臭が私を呼んでいる。

 胃酸がそれをくれと逆流してくる。


「いらっしゃいませ、お冷お持ちしました!」


 女性従業員の方がお水を持ってきてくれた。それじゃあガツンといっちゃいますか。


「ご注文お決まりでしたらお伺いします!」

「ああ……そうしたら、醤油ラーメンにチャーシューを追加で。それと餃子6個もお願いします」

「かしこまりました! ご注文を繰り返します――」


 今回肉飯は諦めて、チャーシュー増々マシマシ餃子追加作戦で行かせてもらう。

 私の胃袋隊長も静まってくれるはずだ。


「――以上でよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 こうして私はラーメン達が来るのを待つ。


「♡♡♡♡♡ッん!? ……ッ! ……んんんんッ!! んッ!?」


 必死に声を抑えながらラーメンを食べてる女性を眺めていると、すぐに来た。


「お待たせしました。醤油ラーメンと餃子セットでーす」


 会釈しつ、ザ・シンプルなラーメン餃子タッグがお盆と共に登場。

 小皿に醤油とラー油セットして準備完了。

 よし!


「いただきます」


 まずは主役のラーメンから、


「……ッ!?」


 ッん!? んほ! んんんんッ!! なにこれらめぇん! ジュルジュルジュルおほぉんっほほほほほ! のうがとけるジュルジュルチュポン! ……のほぉーほほほほ! ズゾゾゾゾ! ジュルんほ♡♡♡! ジュルルルル……ッ! うんま♡♡!


「……うんま」


 おほぉ♡♡ほほほほ! ジュルジュルジュルジュルジュルめ! んほ! ッん!? ♡♡♡……ッ! んんんんッ!! のほぉーらめぇん! んっほ! ジュルジュルジュルルルン! んめぇジュルルルルんほ! ……のほほジュッポズゾゾゾゾ! ズゾ !


「餃子いくか……」


 んほ! 肉汁でりゅ! おほほんんんッ!! キクゥゥゥ!! おほぉん〜んーめぇ! ニラいい……のほぉーッん!? んほ! はふハフハフハフハフ♡ほほほほ! ハフハフ♡♡のほほホフジュッポんっほ! にんにくくるぅ♡♡♡……ッ!


「……え!?」


 皿の中にあったはずのラーメンと餃子が無くなってる!?

 もう食べ終わったの……

 嘘だろ……私そんな食べた記憶ないぞ?

 ただわかるのは、私がさっきまで間違いなくラーメンと餃子を食っていた。

 めっちゃ美味かった。

 気を緩めたらさっきの女性のように声を漏らす程に美味かった。

 認めよう……私はこの味に屈した。

 かんのうラーメン……恐れ入ったぞ。

 餃子もう一皿いっちゃうか?

 いや、名残惜しいがやめておこう。

 意外とボリュームがあった。

 私の満腹中枢が意識に追いついていない。


「ごちそうさまでした」


 男なら潔く負けを認め撤退をするべきだ。


「すみません、お会計お願いします」

「はーい!」


 私は冷静になってからレジへいきお会計を済ませる。

 お会計は最初に挨拶した人が良さそうな店員さんがやってくれた。


「650円のお返しになります! ありがとうございました!」

「あ、あの……凄い美味しかったです」

「ありがとうございます! お客様からのその言葉、1番嬉しいです!」


 人が良さそうに笑顔で接客してくれた。

 こちらこそこんなに上手いものがこの世にあることを教えてくれてありがとう。

 続けて私は聞いてしまった。


「このお店の……かんのうって、どういう意味ですか?」


 こんな事は聞く必要はない。

 だが知りたかった。

 この店の事をもっと知れば、あの旨さの秘密に到達出来るのではないだろうかと。


「ああ、うちの先代から引き継いた名前なんすけどね。漢字で書くと堪能かんのうって書くらしいんですよ!」


 わざわざメモに漢字を書いてくれた。


「“たんのう”とも読むみたいなんですが、深くその道に通じすぐれているという意味らしいです。先代がラーメンの味を追求し続けて今のレシピを作ったらしいです。私達もそのレシピを元に改良を重ねて、今の人達に合わせて作っているんですよね。終わりなき探求のラーメン道をこの店は目指しているんですよ!」

「ああ……」


 素晴らしい!

 その心意気を体現した最高味でした。

 そして、この味はまだまだ進化していくのか。

 恐ろしくも勇ましい飽くなき探究心。

 これは私もこの味を語り部にならなくてはいけない。


「……また食べに来ます。ごちそうさまでした」

「ありがとうございました!」


 私は帰りに食◯ログで★5を入れた。

 かんのうをたんのうできました。

 なんてね。


        完

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