手紙

京野 薫

手紙

 あなたにお手紙を送るのは初めてですね。

 ああ……お手紙とか書くの本当に中学生以来だから、どうやって書けばいいのか分からないから、緊張しちゃって敬語になっちゃった。


 今時、伝えたい事があるならラインとかだろうし、私たちも今までそうしてきたもんね。

 でも、今回はラインとかは違うな……と思っちゃって。


 私ね、本当に大切な言葉ってやっぱり口で伝えるのが一番で、次に直筆だと思うの。心を……思いのたけを全部込めて一文字一文字を語る、綴る。

 これはスマホの画面では伝わりきらないと信じてる。


 この文章もガラスペンで書いてるんだよ。


 ほら、あなたと去年旅行した時に記念に、って買ってくれた物。

 万年筆型のガラスの先の部分にインクを浸すと、万年筆みたいに染み込んでそれで書ける、って奴。


 いつか使えたらな……って、お互いに話してたよね?

 今、こんな大事な時に使えて本当に嬉しいな。


 さて、何でこのお手紙を書いたか……ふふっ、私たちって今まで一度も喧嘩とか無かったじゃない?

 口げんかさえも。

 これって凄い事だよね。


 それってお互いを信じていたからこそだと思う。

 お互いを信じて、お互いの心の深いところを信じて。


 あの時、あなたは私に言ってくれた。


「ずっと僕のそばにいて欲しい。天国でも一緒だよ」って。


 あの言葉は1日だって忘れたことはない。

 仕事で心が壊れそうな夜も、どんなに寂しい夜も、あの言葉とあなたの姿を浮かべたら平気だった。


 あの約束は私の支え。

 あなたもそう思ってくれてる。

 そうじゃないはずない。

 思ってないはずない。

 いってくれた。

 はっきりいったよ。わすれていあいよ


 ごめんね、読みにくくなっちゃって。

 思い出すと手が震えちゃうの。

 インクだと修正できなくて……わたし見苦しいの嫌いだから。

 全部直すと汚くなる。

 私、あなたに対してだけは綺麗な私でいたい。


 ああ、字もぐちゃぐちゃ。

 なんでか振るえちゃうの。

 漢字も間違えたじゃないの。

 嫌な右手。切り落としてあなたの手と交換したい。


 5月14日、14時17分。

 A市のアウトレットモール。

「ゴルデア」の店。

 服を見て、靴を見て、バッグを見てた。

 ちゃんと数えた。7回も笑ってた。隣の女の人は6階。少ないね。

 くそ、また漢字間違えちゃった。日本語ってきらい。

 ギリギリかみ締めたから歯が痛いの。


 うらぎりもの。


 大丈夫だよ。

 今は書きながら気持ちは落ち着いてる。


 ガラスペンってこんなにいいものなんだ。

 あの女もこの文を書くのに役立ってるもの。

 この綺麗な赤い文字。

 まだ沢山書ける位絞り取ったからだいじょうぶ。

 あなたも嬉しいでしょ?

 好きな女をかんじれて。


 天国でも一緒だよ。

 これは信じてる。


 このお手紙を読みながらあなたはなんて思ってるかな?

 なんてね。

 そんな事を考える必要は無いの。

 愛してるから。


 あなたがこのお手紙読みながらどう思ってるか。何をしようとしてるか分かるの。

 すごくしっかりと。


 なんでかな?

 これを書いてるときは分からないけど、あなたが読んでるときは分かるの。


 クローゼット。


 お家にいったとき、あなたのいつも使ってるデスクの背中側にあるクローゼット。


 逃げちゃダメだからね。

 そしたらもっと痛いことするから。

 そのまま座ってて。


 色々持ってきてるから。

 どれを使うか選ばせて上げる。

 防音のマンションだもんね。時間は沢山ある。

 私も後を追いかけるから寂しくないよ。よかったね。愛って素敵。


 この部分を読んでる頃、私はクローゼットをでてあなたの背中に近づいてる。

 そして、あなたの背中にささやくの。


 あの言葉を。


【終わり】

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手紙 京野 薫 @kkyono

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