一般社会人男性、魔法少女になる。
あじゃぴー
1~30
1 それは肌寒い9月のこと
「――なんか寒くなってきたなあ……」
俺はビルの隙間から、空を覆い尽くす秋らしいうろこ雲を見上げた。
1「それは肌寒い9月のこと」
9月にしては珍しい、少し温かいものが欲しくなるような寒さの日だった。
俺は仕事の打ち合わせの帰りに立ち寄ったコンビニでコーヒーを買い、偶然目に付いた大きめの公園に愛車の軽自動車を走らせる。
5時半の夕方となると公園には誰も居ない。
俺は少し奥に行った所のベンチに腰を下ろし、空を見上げた。
「きれいな、夕焼けだ……」
うろこ雲が夕日を反射して、黄金色に輝いている。
ネットに上げたらバズりそうだ……いや、いまどき夕日の写真なんてありふれすぎか。
コーヒーを一口飲み、心地よいほろ苦さを楽しんだ……と、近くで銃を撃った様な音と鉄同士がぶつかった高い音、それに合わせて可憐な少女の声が響いて来た。
近くで魔物でも現れて、それに対して魔法少女とかが戦っているのだろうか?
しかし魔物が現れたのであればスマホとかに避難警報が届くはずだ……
これはまずいとベンチから立ち上がろうとした……が、もう既に遅く。
次の瞬間には、青白い炎が目の前に広がっていた。
逃げられぬ死の気配を前に、俺は思った。
(魔法少女なんてろくでもないな……世界を守るって名目のくせに)
次の瞬間、爆発音と共にの意識は闇へ落ちていった。
▽ ▼ ▽
「ちょっとどうするのよ、コニー! 今居た人は一般人よ!」
先程まで殺し合いレベルの喧嘩をしていた水色の髪色の魔法少女が声を荒げて、喧嘩相手の真紅の髪の魔法少女に詰め寄る。
「そんなことを言っても避けたのはジュリアでしょ。でも、流石に今回のはやばそうだね……」
この2人――コニーとジュリアの喧嘩は何回にもわたって行われており、器物損壊は当たり前だった。
だが今回は話が違う。ついに一般人を巻き込んでしまったのだ。
しかし2人は倒れている一般人を助けようともせず、その場から逃げ出してしまった。
「――と、とにかく、
ジュリアは慌てた手つきでスマホを取り出し、履歴の画面から「篠原さん」にかけた。
『ジュリアさん?』スマホから落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
『また喧嘩で何か壊したりしたの? 流石にもうそろそろ謹慎じゃすまないよ?』
篠原さんはそう言い放ち、ジュリアの反応を待つ。
しかしジュリアは黙り込むばかりだった。
「……ジュリアさん、どうしました……?」篠原さんの方が先に口を開く。
「……人を……殺しちゃったの……」
それからの内容はこうだ。
喧嘩の途中で自分めがけて撃たれたコニーの魔法を避けたところ、偶然居合わせた一般人に直撃し、おそらく殺してしまった。
そして恐ろしくなり、助けもせず逃げ出したことも素直に話した。
篠原さんは相づちを打ちながら、(受話器越しではわからないが)おそらく真剣な顔でそれを聞いていた。
一通り話し終えると、篠原さんは受話器越しでもわかる大きなため息をついた。
「いや、もう……」篠原さんは怒る気力すら失ったようだ。
「――まあとにかく、今すぐ戻ってきなさい」
この件が大きくならない内に手を打つため、篠原さんは帰還命令を出す。
「は――」
ツーツー。
篠原さんは返事を聞くよりも早く通話を切ったようだ。
「大丈夫かな……」コニーが言った。
「大丈夫よ――篠原さんはすごい人だから」
人が死んでしまったとしてはあまりにも軽い対応。
一般人よりも魔法少女の方が大事。
魔法少女の世界では、それぐらい当たり前だった。
▽ ▼ ▽
「ここは……ああ、そうか」
辺りの焦げ臭さが鼻を刺し、俺は嫌でも先程の事を思い出す。
世界を守るはずの魔法少女が仲間割れをして、それに巻き込まれるなんて思わなかった。
四肢を動かそうとするも全く動かず、眼を開けるのも億劫に感じる程身体が重い。
痛みは思ったより感じないが、血が流れ過ぎて痛覚が鈍っているからだろう。
(もう助からないな……)
そう思いながら、僅かばかり開いていた眼を閉じようとしていると、楽しそうな鼻歌が聞こえてきた。
昔見ていたアニメの
走馬灯、というやつだろうか?
「あれ……? こんなところで寝ていると風邪を引いちゃうよ? ――まっ、一部始終見ていたから今君がどんな状態なのかは分かってるけどね」
ほとんど開かない眼を何とかして開け、声がする方を見ると、10歳ぐらいの金髪の少年が背中から生えた半透明の羽を羽ばたかせ、空中に浮いている。
妖精だろうか? 今となっては珍しくもないが、この大きさからしてかなりの強さだろう。
なぜここにいるのかと問いただしたかったが、既に声を出す気力もない。
「あっ、話さなくても大丈夫! 別に声に出さなくとも君の言いたい事は分かるから――時間も無さそうだから単刀直入に言うよ? 契約せずこのまま死にたい? それとも僕と契約して、これからも生き続けたい?」
こいつは何を言ってるのだろうかと、回らない頭で考える。
嫁も親族もいないから、死んだところで周りに迷惑をかけることもない。
丁度大きな案件を終えたことろだから、他人にかける迷惑もない。
もし生きたい理由があるとすれば、もう少し思いのままに生きたかったことだろう。
俺の人生をこんなところで終わらせた魔法少女が憎くないわけではないが、なにせこんな世の中だ、こんな事件はそこら中に転がってることだろう。
運悪く魔物にでも殺されたと報道されてこの事件は終わりだ。
「うん、いいねいいね――その腐りつつも自分を見失わないところ」少年は俺の心を見透かすように言った。いやこいつ、俺の心が読めるんだ。
「せっかくならもうちょっと生きてみない? ――もちろん代償はいただくけど、きっと後悔しないよ」
確かに死ぬのは怖いし、こんな無意味な死などごめんだ。
生きられるというなら、俺も生きてみたいけど……
「わかった。それなら契約といこう。契約は君を救う事で、対価は僕の好奇心を満たす事。期限は君が死ぬまで。もちろんクーリングオフなんてもっての他」
妖精が矢継ぎ早にいう。
俺はぼんやりとそれを聞き取り、うなずく代わりに瞬きをした。
「それでは契約だ。君……ああ、
不穏な言葉に早まった事をしてしまったと思うが、動くことすら叶わない状態では何も出来ない。
妖精の詠唱とともに、俺は光に包まれた。
先程とは違う身体を圧縮される様な痛みに呻き声を上げてしまう。
――まるで身体を作り替えられる感覚だ。
少しすると痛みはなくなり、眼を開け体を起こすことが出来た。
「――気分はどうだい?」
一般社会人男性、魔法少女になる。 あじゃぴー @seijo-ami
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