第2章 魔法技術者たちとの協力

魔族商会との交渉を終えた翌日、俺はまだあの緊張感が残る中でデスクに座っていた。魔族の代表であるリリス・ダークハートとの交渉は、一応成功したかに見えたが、まだ油断できない状況だ。彼女は考える時間を求めたが、最終的にどう判断するかは不透明だ。


「さて、次の準備を進めるか……」


交渉の結果に満足する暇もなく、俺は次の仕事に取りかかることにした。エレメンタルコアの供給問題は解決の兆しが見えたが、開発そのものが進んでいない以上、素材が手に入ったところで状況は好転しない。プロジェクト自体を進展させるため、今すぐにでも技術者たちと協力して動き出さなければならない。


俺は手元の資料を眺めながら、魔法開発課の技術者たちに声をかけることを決めた。


「レオナード、今時間あるか?」


デスクから離れ、開発室に向かう。魔法開発課の中でも、技術者たちが直接作業に取り組む開発室は、異世界的な風景そのものだった。宙に浮かぶ魔法陣や、何かのエネルギーが渦巻く試験管、見たこともない奇妙な機械――全てが現実離れしていて、俺の頭はいつも混乱しそうになる。


レオナードはすでに開発室の中央で、何かのデータを確認しているようだった。彼の周囲には、数名の技術者が集まり、各自が担当する作業に没頭している。


「おう、主任。どうした?」


俺の呼びかけに気づき、レオナードが顔を上げた。彼は俺の前に歩み寄ると、手元にあった資料を机に置いた。


「エレメンタルコアの問題は解決しつつあるが、開発そのものの進捗状況はどうなっている?」


レオナードは少し難しい顔をして、開発状況について話し始めた。


「正直、あまり進んでいないな。コアが手に入らないせいで、実験段階で止まってしまっている。今やっているのは、せいぜい基礎的な魔法の調整だけだ。」


俺はその言葉に少し焦りを感じた。プロジェクト全体の進行が滞っている以上、素材が手に入ったとしても、それを活用する準備が整っていなければ意味がない。


「なるほど……。だが、それではいつまで経ってもプロジェクトが進まない。たとえコアがなくても、他の部分でできることはあるはずだ。まずは他の素材や機能をテストして、できる限りの準備をしておくべきだ。」


レオナードは腕を組んで俺の言葉に耳を傾け、考え込んでいるようだった。彼はしばらくの間黙っていたが、やがて頷いた。


「確かにそうだな。待っているだけでは進まない。できることから始めるべきだ。」


レオナードの賛同を得て、俺たちは開発を進めるための具体的な計画を立て始めた。まずはエレメンタルコアを除いた部分の機能や設計に着手し、できる限りのテストを行うことに決めた。


その日の午後、俺は開発室で技術者たちとのミーティングを行っていた。彼らの多くは専門的な魔法技術に精通しており、俺が理解できないような高度な話が飛び交う。だが、俺の役割は技術的な指示を出すことではなく、彼らの作業を効率的に進めるためのマネジメントだ。


「皆さん、今日は開発の進捗について話し合いたい。エレメンタルコアがまだ手に入らない状況だが、それ以外の部分でできることを進めていくために、何か提案があれば教えてくれ。」


俺の呼びかけに対し、まず一人の技術者が手を挙げた。彼は魔法陣を扱うエキスパートのようで、胸に「ルーファス」という名前の名札をつけていた。


「主任、今進めているマナブレードの構造上、エレメンタルコア以外にも幾つかの重要な要素があります。その中でも、動力伝達系の強化が必要だと思われます。これを強化することで、コアが手に入らなくてもある程度の実験は可能になるかと。」


「動力伝達系の強化か……なるほど、いいアイディアだ。それなら、コアがなくても基礎的な動作を確認できるはずだな。」


俺はルーファスの提案に感謝し、他の技術者にも意見を求めた。次に発言したのは、別の技術者で、彼は「エルヴィン」という名を持つ細身の青年だった。


「それと、魔法エネルギーの効率を最大限に高めるための改良も検討すべきです。現在の設計では、どうしてもエネルギーの浪費が目立ちます。もし効率化が進めば、エレメンタルコアに頼らずとも、ある程度の性能を維持できるかもしれません。」


「確かに。効率化が進めば、素材の問題が解決するまでの間も作業が進むな。」


技術者たちが次々に意見を出し合うことで、俺たちのプロジェクトは少しずつ前進し始めた。俺自身、魔法技術には詳しくないが、彼らの知識と俺の管理スキルが組み合わされることで、プロジェクトが停滞することなく進められる。


それから数日、俺たちはエレメンタルコアを除いた部分の開発に集中し、マナブレードのテストを進めた。技術者たちは、それぞれの専門分野を活かして作業を進め、俺は進捗を見守りながら、必要な調整やサポートを行った。


ある日、リーフィアが急いだ様子で俺のデスクに駆け寄ってきた。


「主任、大変です! 魔族商会から連絡がありました。リリス様が、交渉に応じる準備が整ったとのことです!」


「リリスが? ついに……」


ついに、リリス・ダークハートが交渉に応じる準備が整ったのだ。これまでの交渉の成果がどう実を結ぶかが、今決まろうとしている。俺はすぐに立ち上がり、再びリリスとの通信に臨む準備を始めた。


会議室に戻り、魔法通信の準備が整うのを待つ間、俺は何度も深呼吸を繰り返していた。リリスとの初めての交渉は成功に見えたが、今回はさらに具体的な取引条件を話し合うことになる。こちらの提案が彼女にどこまで響くかが鍵だ。


やがて、水晶が再び輝き始め、リリスの姿が映し出された。彼女は相変わらず冷静で、鋭い眼差しをこちらに向けている。


「お待たせしました、新藤主任。さて、こちらも準備が整ったわ。」


リリスはまっすぐ俺を見つめ、交渉を始める準備ができたことを告げた。彼女の冷ややかな表情は相変わらずだが、少しだけ興味を持っているようにも見える。


「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます


俺は深呼吸してから、冷静にリリスの視線を受け止めた。今が勝負の時だ。魔族商会とのエレメンタルコア供給契約を勝ち取ることができれば、プロジェクトは一気に前進する。それを理解しているからこそ、この交渉は重要だ。


「さて、前回のお話を踏まえ、私どもマギテック社としての具体的な提案をお伝えします。先日お話したとおり、私たちは貴社との協力関係を構築することで、双方にとって大きな利益をもたらすと考えています。具体的には、マナブレードの共同開発を通じて、エレメンタルコアの需要と供給を安定化させるプロジェクトを提案したいと考えています。」


リリスはじっと聞き入っていた。その表情からは感情を読み取るのが難しい。彼女が何を考えているのか、今のところ全くわからない。だが、俺は続けた。


「現在、エレメンタルコアは非常に希少であり、貴社が独占しようとするのも理解できます。しかし、その希少性が市場の需要と供給に影響を与え、長期的には市場そのものの安定を損ねる恐れがあります。もし、私たちマギテック社と手を組んで、効率的なコアの供給システムを構築すれば、貴社の利益を守りながらも、市場全体の安定を図ることができるのではないでしょうか?」


リリスは相変わらず無表情のままだったが、やがて口を開いた。


「ふむ……確かに、貴方の言うことには一理あるわ。市場を独占しすぎることで他の競合を追い詰めるのも良い手段だが、それが逆に市場の崩壊を招くこともある。私たち魔族商会も、長期的な利益を考えないわけではないわ。」


彼女の言葉に、少しだけ手応えを感じた。やはり、リリスも市場の将来的な不安定さを懸念しているようだ。だが、まだ完全にこちらの提案を受け入れてはいない。彼女の冷静な態度は、慎重に状況を見極めようとしている証拠だ。


「ただ……」リリスは再び口を開いた。「貴方たちがどれほどの技術力を持っているのか、私たちにとってどれほどのメリットがあるのか、それがまだ見えてこないわ。マナブレードの開発が成功する保証もないし、仮に成功したとしても、それが我々にとってどれほどの利益をもたらすのかは不透明よ。」


確かに、彼女の言うことはもっともだ。こちらがどれだけ具体的な提案をしても、最終的にリリスが納得するには、確かな実績と利益の保証が必要だ。ここでの勝負は、それをどう示すかにかかっている。


「ごもっともです、リリス様。そこで私たちは、マナブレードの試作品を貴社にご提供し、技術力を証明したいと考えています。試作品が貴社の基準を満たすことができれば、その時点で協力関係を正式に結ぶ形で進めていくのはいかがでしょうか?」


俺は思い切ってこの提案を投げかけた。試作品を見せることで、実際の技術力を証明し、それがリリスにとっても利益をもたらすことを示す。それが最も具体的で信頼性のある方法だと考えたからだ。


リリスは少しの間、考え込むように目を閉じた。彼女の表情は依然として読めないが、沈黙が続くと次第に緊張感が高まっていく。やがて、彼女は静かに目を開け、俺を見つめた。


「……いいでしょう。貴方たちの技術力がどれほどのものか、見せてもらうわ。試作品を私たちに提供し、その性能を評価させてもらいます。それに基づいて、今後の協力関係について改めて話し合いましょう。」


ようやく、リリスは提案を受け入れてくれた。だが、これはまだ交渉の第一段階に過ぎない。次は試作品を作り、それを彼女に認めさせることが必要だ。


「ありがとうございます、リリス様。すぐに試作品を用意し、貴社にお届けいたします。それまでの間、少々お時間をいただけますか?」


リリスは軽く頷いた。


「いいわ。ただし、あまり時間をかけすぎないことね。私たちもいつまでも待っているわけではないわ。」


彼女の言葉には、わずかに冷たい鋭さが感じられた。こちらの提案に興味を持ってくれたとはいえ、リリスは決して甘い相手ではない。プロジェクトを急がせなければならない。


「もちろんです。ご期待に添えるよう、全力を尽くします。」


最後に深く頭を下げ、通信が途切れるのを待った。リリスの姿が水晶の中から消え、再び静かな会議室に戻る。


「ふぅ……」


俺は大きく息を吐き出した。魔族商会との交渉は一歩前進したが、次は試作品を仕上げなければならない。これは技術者たちとの連携がさらに重要になってくるだろう。もう一度、開発の現場に戻って計画を進める必要がある。


再び開発室に戻ると、技術者たちがすでに作業を進めていた。レオナードが俺に気づいて近づいてくる。


「主任、どうだった?」


「リリスは提案を受け入れてくれた。だが、条件として試作品を提供し、その性能を評価してもらう必要がある。これを何とかして短期間で仕上げないと、契約自体が消えてしまう可能性もある。」


レオナードは少し考え込むように頷いた。


「なるほどな。試作品か……確かに、これが成功すれば一気に話が進むだろう。でも、時間がないのは厳しいな。」


「そうだ。それに、エレメンタルコアが手に入らないままじゃ、試作品の動力源がない。だからこそ、他の部分で代替できるものを何とか工夫して作り上げる必要があるんだ。」


レオナードはしばらく黙ったまま考え込んでいたが、やがて頷いて顔を上げた。


「分かった。今ある材料を使って、可能な限りの試作品を作るようにする。まずは動力伝達系の調整から始めて、何とか稼働する状態に持ち込むよ。」


「助かる。全員の協力が必要だ。このプロジェクトが成功すれば、魔族商会との取引が決まる。それができれば、我々の技術力もさらに認められるだろう。」


俺は全員に呼びかけ、試作品の開発に向けた準備を進めるよう指示を出した。これからが本当の勝負だ。試作品を完成させ、それをリリスに認めさせなければならない。だが、それができれば、このプロジェクトは大きな一歩を踏み出すことになる。


「よし、やるぞ!」


俺は気合を入れて、開発室に戻った。魔法技術者たちとの協力が鍵だ。彼らの知識とスキルを最大限に引き出し、マナブレードの試作品を成功させることが、今の俺の最優先課題だ。

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2024年10月10日 18:00

異世界転生してもサラリーマン ~ビジネススキルで世界を導け~ @daikichi-usagi

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