彩季-姉の日

「今日は姉の日らしいんだけど」と俺は愛莉に呟いた。


 女の子らしい空間、なんというか、自分では出せない香りの中にある彼女の部屋の中で、俺はぽつりと携帯を見て呟いた。だからなんだ、という話ではあるのだけれど。


「……なるほど?」


 ……俺自身も、大した話ではないな、とは思っているから、愛莉の反応についても納得する部分はある。こんな具合で話を振られたところで、俺も彼女もきっと戸惑うしかないと思う。


 愛莉は一人っ子だし、俺には姉という存在はいない。妹の皐はいるけれども、それくらいでしかない。周囲にいる人たちに関しても姉がいる、という話は聞いたことがないから、これ以上には話が膨らみそうもない、と思った。


 だから「というわけで愛莉が姉だったらどんな感じになるんだろうな」と思ったことをそのままぼんやり呟いてみる。


 だが、間髪を入れずに愛莉は答える。


「──嫌です」


 どうなるんだろうな、の途中の、うな、の部分から食い気味に答えていた。もう食い気味というレベルではなかったかもしれない。


「……拒否が早くないか?」と俺が彼女に言うと「そんな報われないことがわかってる妄想なんぞしたくないです」と返してくる。


「だって、翔也と姉弟だとしたら絶対に付き合えないじゃん」


「……それは、そうかもしれないけれど」


 頭の中に一瞬浮かんだのは皐の顔だった。夜中に部屋にやってきた彼女の、言葉と行動が記憶として反芻してくる。


「だから、翔也が弟とか、そういう妄想はそもそもしたくありません。そして、もし翔也の姉とか妹とかになっても無理やり襲います」


「……なるほど」


 きっと、彼女の言葉は本当なんだろうな、と思えてしまう。彼女との距離感を俺がどれだけ演出しようとも、結局彼女からグイグイといった感じで迫り寄ってくるのだから、もし血縁関係が間にあったとしても関係ないのだろう。


「でも、翔也が弟かぁ。なんか、私がお世話してそうな雰囲気あるよね」


「……そうか? 俺は命令されて渋々頷いているような様子が想像できるけれど」


「確かにそれもあるけれど、互いに半分ずつやってるんじゃない? 翔也が私に命令して頑張った分、私がそれをお世話で返す、みたいな」


「ありそうだな」


「というか、翔也は独りだとダメダメな男なので、結局何かしらお世話をしないとだめだな、って私はなると思う。だから、きっとそんな感じになりますよ」


「そうですかね……」


「絶対にそうです」


 ふふっ、と彼女が笑いながら答える。俺もそれに頷いて笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新設科学部のありきたりな日常【雑談集】 @Hisagi1037

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ