一角獣のため息

藤泉都理

一角獣のため息




 水を清浄化し、あらゆる病を治すという、一角獣の角。

 一角獣は自身の一角を死守すべく、刺客と戦う日々に明け暮れていた。

 のだが。

 或る一人の男が一角獣の前に姿を現したことで、一角獣の運命は、変わった。

 オールバックに、黒のサングラス、黒のスーツ、黒のレザートレンチコート、黒のレザーグローブと黒一色で身を包む男は一角獣に言い放ったのだ。




 ちょっくらうちの暗殺者を育ててくんない。












 赤、赤紫、紫、ピンク、白の色の花を咲かせ、葉茎に棘があるアザミ。

 赤、ピンク、黄、オレンジ、白、黒の色の花を咲かせ、どんな雨や風でも必ず立ち直ってすぐに花をつけるコスモス。

 拓けた平原に咲き匂う二種類の花に囲まれて日々を過ごしている一角獣の元に今日もまた、新米の暗殺者が姿を見せた。

 どう見ても暗殺者らしからぬ少年だ。

 全身震えあがっているばかりか、ガリガリヒョロヒョロチンマイマイだ。

 またどこぞの紛争地域から拾ってきたのだろう。

 肥えさせて来させるべきであろうに。

 こんな状態ではまともに動けやしないだろうに。

 一角獣はため息を出した。


「ご、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくおねがいします!あなたに育てていただければ、立派に世の中の為に働けるのだそうです。もう。誰にも何も奪わせない生活を送れるのだそうです」


 全身震えあがっている割には、気迫がある。

 バシャバシャ泳いでいる割には、目も死んでいない。

 

 最低限仕上げてきてはいるのか。

 それとも、そもそも備わっていたのか、環境によって備わされてきたのか。


(誰にも何も奪わせない、か)


 一角獣はため息を出した。

 己の野心を霧散させる為。


『ちょっくらうちの暗殺者を育ててくんない。そうしてくれたらさあ。俺がおまえの世話をしてやるから。あ。断るってんならそれでもいいよ。俺が今すぐ八つ裂きにして、一角だけじゃなく、すべての部位を大金に変えてやるから』


 敵わない。

 殺される。

 初めて抱いた危機感。

 初めて抱いた、恐怖。

 この男の視界から逃れたい。この男が存在できないと確信できる場所まで駆け走りたい。だというのに、身体が麻痺して動かせない。

 屈辱だった。

 そう、屈辱だ。

 たかが数十年生きているだけのひよっこの人間に、数百年も生きてきたこの霊獣が、これほど気圧されるなど。


 しかし、死を承知で闘いを挑むことなく、一角獣は素直に了承した。

 いつの日か、暗殺者を育てる中で、自らの力も高めて、この男を殺す。

 そう、決意したからだ。


 一角獣はため息を出した。

 殺意を霧散させる為。

 高揚を霧散させる為。

 この少年とならば、この少年とならば、あの男を殺せるのではないかという希望を霧散させる為。


 今はまだ、

 すべてを内に潜めたまま、

 ただ淡々と暗殺者を育てていくのみ。


「あ。あの!まずはご飯をくださいませ!」


 見込み違いかなどうかなどうだろういやうんそうだねまずはご飯かな。

 修練よりも食事を乞うた少年に、ため息を出した一角獣はついて来いと駆け走り始めた。

 まずは、この疾走についてこられるかどうか。

 それが第一関門である。











「そうそう。立派に育ててくれよ」


 くっくくく。

 一角獣に話を持ち掛けた男は双眼鏡を放り投げて自身の部屋へと空間移動させてのち、暗殺者の候補者を探しに空飛ぶ箒で飛翔したのであった。











(2024.10.9)



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一角獣のため息 藤泉都理 @fujitori

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