コロコロ

燈夜(燈耶)

コロコロ

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コロコロ

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自分だけは、自分たちだけは大丈夫と思ってた。


だから、彼が「あれだよあれ、コロコロ」と言った時にも、私はたいして心配しなかった。


そう、流行り病、『コロコロ』である。


「うん、大丈夫だと思う。とはいえ、一週間は自室に缶詰だけど」

「そうだよね」

「でも、まだあの病気、まだ流行ってるんだな」

「うん」

「もう、とっくの昔に終息したのかと思ってたよ」

「だよね」

「じゃ、俺ちょっと体もきついし、少し熱もあるからこの辺りで」


通話口の彼の呼吸は荒かった。


「え、うん、ごめんね、長電話して。メッセージ、送るね?」

「ああ、生存確認な、頼むわ」

「うん、じゃ、〇〇くん、ゆっくり休憩してね?」

「ああ、わかってる」

「無茶しちゃだめだよ?」

「うん、わかってるさ」

「怪しいなあ」


私はダメ押しをするも、彼はひょうひょうとしたものだ。


「え? 俺ってそんなに信用ない?」

「……そんなことはないけれど」


うん、彼は信頼できる。


「ま、いいけどね!」

「あ、ごめん。長話しちゃった。それじゃ、ね?」


でも、彼は本当に大丈夫だろうか。

このまま通話を切るのが惜しい。

メッセージでいつでもやり取りはできるけど、実際こうして声を聞きたい。

彼の姿が見たい。直に会って話をしたい。


だけど私は、そんな言葉を喉元に押しとどめて。


「じゃ」


プツン。

彼からの通信が終わる。

通話が切れたのだ。


「はあ」


私は幾分低めの声でため息をつく。


重い。

とてつもなく気分が重い。


彼、食料品は買い込んでいると言っていた。

でも、体をちょっと動かすだけで辛いはず。

彼は本当に大丈夫なんだろうか?


例の流行り病。


確か、近づくだけで、同じ空気を吸うだけで危険。


「うん、そうだよね、会えないよね、しばらくが我慢だよね」


私は誰に、ともなく零す。


「だよね、だよ……ああ、〇〇君に会いたいなあ」


 ──そしてギュッと、優しく体を抱きしめてほしい。

 ああ、〇〇君の体温を感じたい。

 あの心地よさを、永遠に感じていたい。


──ああ、彼にじかに追いたい。


「はあ」


 と、思いは心の内から溢れてくる。

 ああ、〇〇君。

 彼が無事でいていてくれるといいけれど。


本当に。

本当に!


と、ふと私の目じりから、涙がこぼれた。




 ◇




通話を終えた俺は、たまりにたまっていたとしか思えないぐらいに激しくその場で咳込んだ。


ああ、痰がらみの咳が恨めしい。


──クソッ、コロコロだと!?


医者の面を思い出す度にムカついてくる。

全く、どこで俺は感染したんだか。

もう、マスクを嵌めている者の方が少数だ。

ついこの間っまで、外出先でのマスクは常識だったが。


ああ、日本人とは本当に忘れやすい国民性だとしか思えない。


バカだよなあ。

俺は、自分の行動も含めて自嘲する。


──しかし、だ。


畜生、道理で熱は出るわ喉は痛いわ、咳も出るわでおかしいと思った。


どうして俺が、いまごろコロコロに掛からなないといけないんだ。

もう、あの病気の流行りは過ぎたのではなかったのか。


おのれ政府、嘘……いや、科学的判断はあるのかよ!


と、科学などと言ってみたものの、俺の数学や物理、化学の成績は超低空飛行なのだが。


そう、コロコロの治療はパンデミックの時はタダだった。

色々な行政サービスも受けれた。


でも。


──でも?


そう、今では他の病気、例えばインフルエンザなどと扱いは同じなのである。

俺は思う。


──だから、科学的根拠(ry。


ああ、もちろん根拠など……もしかすると、本当の専門家は俺と意見が違うのかもしれない。


はあ、溜息しか出ない……わけがない。

咳もくしゃみも出るんだよ。


ああ、どうして俺はこうも運が悪いのか。

全部が実費になってから、コロコロに掛かるなんて。


右も左も感染者が増えていたときは、俺の体はピンピンしていたのに。

無論、ワクチンもタダ。

ワクチンは俺の体質に合っていたようで、俺はコロコロと縁のない生活を続けられていた。


しかし……くそ、もう泣くしか。

涙涙の話である。


ああ、恨めしい。


診察代も注射も薬もべらぼうに高いんだよ何の冗談なんだ!


え?

薬は特許で守られて?


え?

その特効薬、十年はジェネリックの開発はできない?

だから、とっても高価なものになる?


──知るかよ!


ううう、ホントもう、泣くぞ!

って、ホントに波がが滲んできた。


はあ、鼻水と一緒に水分が流れてくるぜ。

なんだってんだ全く。


俺が一体何をした!?


はあ、すまない。

つい俺としたことが、つまらない愚痴ばかり。


ま、良い事はあった。

良い事と思わなければやってられない。


うん。

そう。

今の今まで通話していた相手のことだ。


彼女、本気で俺のことを気遣ってくれているようだ。


ガッコで出会い、おとなしい彼女に少しづつ寄り添い、静にゆっくり二人の間を埋めてきた。

今では二人で過ごす時間も多い。

彼女ははっきり言わないが、時折俺が食事や遊びに誘うとついてくる。


最初は警戒されていたのかって?


そうだな、チョロインの真逆。

ガチガチにガードは固かった。

口には出さないものの、俺が踏み込むと、途端に口を結んで黙り込み、俺がそれでも押すと、顔を赤くしてその場を立ち去る。


そんな時、俺は彼女を逃がすまいと、手を掴もうとしたこともあったが空振りだ。


──彼女、本当に免疫がなかったのだ。


と、思うよ?


でも、今では俺と彼女の距離はほぼゼロ。

ここでは、「ほぼ」という表現が適当だ。

漸近線をご存じだろうか。


そう、限りなく距離は0に向かうが、どこまで行っても真の0にはならない。

そんな感覚。


だが、先ほどの通話。

聴いただろ?


彼女は俺に首ったけ。

おそらく、いや、間違いなくそう。

漸近線とはおさらばだ。


彼女の曲線は、俺の直線とついに交わるときが来たと、俺は言いたい!


え?

自重しろ?

気のせいだ?


あ、リア充爆発しろですか?

いや、どちらかというと、そのままコロコロでおっタヒねと?


ま、彼女はあんな感じだ。

俺もまんざらでもない、どころかウェルカム!


やっとつかんだ俺のハートの刺さり先。


あ。

また呼び出し音だ。

メッセだろう。


俺は見る。

彼女からである。


メッセはこうだ。


『言い忘れた。きちんとご飯を食べないとダメだよ? 何かあったら言ってね? アパートの扉の前に、食材やお弁当を置いていくこともできるんだから』


俺は秒で返信する。


「ありがとう」と。


すると彼女からは。


『ああ、直に会いたいよう』


と、来たもんだ。

な?


俺、彼女と上手く行ってるだろ?


はあ、早く俺もコロコロを治して。

缶詰時間が過ぎるのを待ち。


直接、彼女の顔を、声を、姿を、反応を。


──見たいな。


え?

やっぱりリア充爆発しろ?

まあ、そう言うなよ。

君にもそんな日が来るさ。

君があきらめない限り、きっとね。










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コロコロ 燈夜(燈耶) @Toya_4649

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