第59話

 前後の記憶はない。



 だが、自分がやったということは明らか。

 返り血が事実を示している。


 肉が裂ける感触。

 両手にこびりついた鮮烈な血。

 不快な鉄の匂い。

 すべてが恐怖として少年の脳に刷り込まれた。


 なにより、血の洗礼を受けその身体が殺人鬼となった事実に。


 少年は慟哭した。

 それが、呪われた一族の機械としての産声になった。



 数年後。

 少年はヴェルレーヌ社所有の奴隷船で冷酷な管理官として囁かれるようになった。

 他社は奴隷を労働力としていやがっても食物を与え生き延びさせようとするのに対して、死にたがる者、使えない者は躊躇なく切り捨てるのが特徴。

 皮肉にもそれが奴隷たちのあいだの無気力の連鎖を打ち切り、結果として、業績のよさにつながった。



 人々は彼をこう呼んだ。

 そばにいる者に鮮やかに死をもたらす。

 まるで美しき呪いのホープダイヤ。

 エスポール・ディアマンと。

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死ぬまでの暇つぶしにパリ巡りでも ほか @kaho884

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