⑬ 網と希望





 かちゃ。


「未だ確認中とはいえ、事実とすれば教皇推挙の儀を支度せねばなりませんな。

 無論、並行して大喪の葬会も。・・・どうなされましたかな、ウルア殿?」


 緊急の召集会議を終えて議室から出るウルアと統府議会長の後には、『スケイデュ』ではなく陸上兵団聖都区将官指名の精鋭が三人ほどついていた。


 フラウォルトのコロナィより手傷を負って帰ってきたウルアには兵団幹部からの聞き取りが控えている。兵は護衛と逃亡阻止も兼ねているのだろう。


「いえ。それよりも議会長、兵団行使の許可をいただけませんかね。勿論、全兵ではなく聖都区の師団、いえ旅団でも構いません。せめて準備だけでもさせておいてください。」


 そんな突然の願い出に議会長も訝る。

 ついさっきそこでしていた会議で議題に挙げれば検討されたであろう兵団使用許可を、なぜ敢えて今ここで引き出すのかが疑問だったのだ。


「ウルア殿、みだりな兵団出動の対価、いやその弊害はあなたとてご存知のはず。平時の予防や警備ですら議会承認が必要となることも。


 議会を飛ばして発動させる「緊急超権措置」も情けないかな事が起こってからでなければ民衆の反感を買うだけなのですぞ。たとえ旅団であってもそれは同じ・・・・・・?


 もしやその、なんと申しましたかな、ウルア殿が帰都早々に大手配を命じた輩『ヲメデ党』とやらが聖都侵攻を企てていると?」


 既知のこととして危険思想組織『ファウナ革命戦線』と『フロラ木の契約団』はこちら陸上兵団とは全面対決を避けながらも「大手配」対象に指定されている。

 また挙動に謎の残る『今日会』もそれに次ぐ手配対象だったが、「今日会事変」で壊滅させた、という建前のため今は誰の記憶にも留まっていない。


 だからこそウルアとしては『ファウナ』『フロラ』への注意喚起も兼ね、新たな組織『ヲメデ党』を大手配とすることで兵団や警邏隊・治安隊への引き締めを狙っていた。


「ふふ、断定ができないので「準備喚起」なのです。


 全権一任の教皇不在の今、代替命令で手を打てるのは議会長と兵団総帥の合意のみです。いつでも緊急措置が出せる体勢だけは整えておいてもらいたい、というだけの話ですよ。


 もっとも、今から聴取されるので兵団へは向かわねばなりませんからね。そこで似たようなことを呟いてくるつもりですが。


 ふふ、どのみち兵団総力を集めるには時間が掛かり過ぎます。おそらくはこの〈神霊祭〉に動きがあるでしょう。


 シオンでの小競り合いとコロナィでの襲撃。

 均衡を保ってきた組織内で何か変革があったと見るのが自然ではありませんか?

 ただの組織内抗争で終われば良し。しかしもしそれらが元々の大義である「統府討伐」や「全土革命」へ舵を切る原動力となっているのならこの安穏とした時期をおいて他に戦機はありませんからね。


 どうやら『スケイデュ』はそれらを掴んで既に手を打っているようですが、『ヲメデ党』のみならず『ファウナ』『フロラ』までもが聖都へ押し寄せてくれば兵団の力を借りねば鎮められはしませんよ。」


 ウルアの計画ではこのような議会長や兵団への根回しといった回りくどいことをせず、ロウツ教皇そのヒトを使って緊急超権措置をこの時期には発動させていたはずだった。

 ロウツの勝手やその死亡で配備に遅れが生じていたものの、風読みたちの入都および作戦遂行に余分な争いは障害でしかない以上、できる限りの手立てを講じておかなければならないのだ。


「ウルア殿。何を隠しておいでだ? あなたほど知見のある方が保険で兵団出動に言及するとは思えませんぞ。もしや反乱の兆しをどこかで耳にされたのではあるまいかと・・・。

 ふう。承知いたしました。こちらからも総帥には連絡を取っておきましょう。」


 議会長の言うとおり過去にも似たような反乱未遂は幾度もあった。多くは単発的な暴動だったために兵団そのものを動かすことなく『スケイデュ遊団』で鎮圧できたのだ。

 ただこれが他組織への呼び水になったのなら、あるいはその可能性が予見できたのならウルアのこうした働きかけも頷ける。


「ふふ。ではお願いいたしますよ議会長。

 ・・・そうそう、余分なお節介ですが昼食はすぐに摂られた方がよいでしょうね。しばらく何も食べられない状況が続くでしょうから。ふふ。では。」


 長く、「ただのパイプ役」「教皇の腰巾着」と揶揄されてきた老執官史とはいえ、携わって久しい議会長クラスの長老であればウルアこそが教皇を通じてその意志を示し、議会との協議によって声を反映しやすく構築してきた功労者なのだと理解している。


 力ではなく知恵と微笑みで操る者ほど警戒もさせずに取り込む深度は計り知れない。

 たぶんこんな調子で兵団幹部による聴取も、総帥を呼び込み緊急措置への号令に形を変えてゆくことだろう。


「ええ。それでは。」


 背筋を冷やした議会長は急ぎ自室へ戻ると、安いが早い庶民の即席定食をかっ食らった。

 味も彩りもよい食事処へ向かう暇などないと確信してしまったからだろうか。





 んんん、どかーんっ!


「「あーっはっはっはカーチモネーっ!また来たよーっ!」」


 そこで予想通り西側の壁に二つ目の大きな風穴が空く。

 地響きから予知していたカーチモネと不愉快な仲間たちはそこで止まるであろう中庭に朝も早くから集結していた。


「はぁあ・・・あぁあ・・・あはん、あはん。」


 ぐっちゃぐちゃになるカーチモネ。

 隣に控える医法衆は端から端までこういった者を元に戻す治療法はないかと辞書や文献資料を読み漁っている模様。


「「すみませーん、たびたび。あの、僕、キぺと言います。えっとたくさんの食糧とロクリエ像、ありがとうございましたー。すごく助かりましたー。料理おいしかったですよー。へへ。あ、ロクリエ像なんですけど――――」」

「「だぁーってろシペっ! それより主よ、オレたちがココを訪れてどれくらい経つ?」」


 礼儀は大事、それをきちんと守ってればあんたでもちゃあんとお友達ができるからね、と諭した母・ナコハの言いつけを頑なに守るキぺを斬って捨てるダジュボイが代わりに声を放つ。

 キぺはといえば、母さん、母さん、と呟きながら広く青い空を眺めていたそうな。


「あん? あはん?・・・あ、あ、あーんまーんたーべたーいなぁー。あはははん。」


 もはや万事休すか!と肩を落とす医法衆。

 キッチンへ向かった生活衆がのちに作ったあんまんは、どこか薄味で塩辛かったとか。


「何を言ってるのか解らんが、おまえたちが来たのは日巡り二つほど前だっ! 主は見ての通り心を尋常じゃない形で乱しているっ! どうか用がないのなら立ち去ってくれまいかっ!」


 それでも一応がんばる警護衆が気丈に、というか唯一マトモに応えてくれる。


「「・・・二つかい。・・・待ちなっ! 〈神霊祭〉はどうなったんだいっ!」」


 日にちの感覚が覚束ないニポははやる気持ちを抑えようともしない。


「あふあふまん。ママー。あふあふまんがようやくこねるんだねー。」


 カーチモネに新たな動きが見られる。警護衆も気になる。


「あふあふまん?・・・いや、あえ? あ、〈神霊祭〉ならいま最終日を迎えるはずだっ!」


 因みにあふあふまんとは業界初の太陽熱で駆動するお手伝いマシーンのことだが、それもすべて空想の産物なので気にしなくていいと思う。


「「くそっ! 最終日だとっ! ちっ、次第によっちゃもうジニは・・・


 ニポっ! ろけとだっしゅで聖都までどれくらい掛かるっ?」」


 シオンで橋を壊した足止め作業も、ジニがまっすぐ聖都を目指していればとうに着いていておかしくない。何かの不都合で出遅れるか儀式のある最終日を選んだのでなければ手遅れということになる。


「「・・・ダメだね。地形もあるからダイハンエイで直進したって明日の夜明けが・・・」」


 隣で聞くキぺにもわかっていた。


 いくら傍若無人なダイハンエイでも太く頑丈な巨木は倒せないし突然現れる崖や斜面を駆け上がることはできない。


 地図の上から点と点を結ぶような「直進」は無敵の〔ろぼ〕であっても叶わないのだ。


「「オカシラーっ! アタイはっ、アタイはオカシラをしんじてますっ!」


 肩を落としたのはニポだけではない。

 解くべき謎を解き、そして大いなる遺産、世界を翻す伝説へと手を掛けられたベゼルやテンプ、ダジュボイも同じだった。


 パシェの気持ち、その強くこだまする熱い思いは伝わったが、それだけでどうにかできるものではない―――


「「・・・そうさ。けっけっけ。そうだよパシェっ! よく思い出してくれたねっ!


 あたいにはまだとっておきがあるじゃないのさっ!」」


 ―――そう、


 そう望みを断たれたかに思えた面々に、ニポの根拠の見えない自信は光明にさえ映る。


「「ん? どういうことニポ? ダイハンエイのろけとだっしゅでも間に合わない――」」

「「あるのさっ!・・・・・・どこにも誰にも何にも遮られない道がねえっ!」」


 そう言い切りダイハンエイもろともニポが視線を向けた先は


「「ニポ、モクさんは、オマエのウデを、見込んでいた。ヤシャ製造を、オマエに、委ねたのは、オマエの、可能性に、賭けてたからだっ!」」


 遮るもののない、無辺に広がる、


「「どういうことベゼル?・・・え? まさか。」」


 空。


「「飛ぶのさテンプっ! ヒトは間違いなく遙かな太古、空を飛んだんだっ!


 テンプ、カクシの力も貸してくんなっ! コマとヒマ、それからパシェを頼むよっ!」」


 何を言ってるのかさっぱりなキぺとダジュボイ、それから取り巻きのカーチモネ応援団をよそにニポとパシェは息を合わせる。


「「・・・ついにこのときがきたってことですね、オカシラっ! きたいちょうせいとぶんりてんしょうじゅんはまかせてくださいっ!」」


 そう怒鳴ってパシェは今まで触りもしなかった上部ヒマ‐ヤシャ間の「れば」に手を伸ばし足の先っちょですわいちを押す。


 これから起こる出来事がそのままパシェという幼い子どもに重い責任と、何より一世一代の覚悟を求めることになるからだろう、見たこともないほど真剣に、そして頼られたことがうれしそうにパシェはニポに笑みを送る。


「「パシェ。なんかあった時はあんたがオカシラだ。ベゼルでもテンプでもない、あんたが『ヲメデ党』をしょって立つんだよ。誰にも文句は言わせない。モクじーさんが見込んだあたいが見込んだあんたなんだっ!


 気合い入れてけパシェっ! あたいとチペを、そのすべてを任せたよっ!」」


 嘘偽りないニポの激励。


 光り輝く責任の負託。


 年齢ゆえにどうしても子ども扱いされがちだったパシェにとって、敬愛してやまないオカシラ・ニポの祈りにも似た命令は誇り以外のなにものでもなかった。


「「あいまーっ!」」


 そう応えるパシェに呼応するようダイハンエイはカクシ号から遠ざかりぐるりと反転して、


「「カクシ単体ならよじ登るなりなんなりして全力疾走で行きゃ聖都まで追いつけるだろテンプっ!


 ・・・けけけ。ある意味こりゃ〔こあ〕の連携、連動の一発勝負だからねえっ!

 いくぜっ! 


『ヲメデ党』の意志が描いた最終奥義っ! 万式誘伝っ!!!」」


 軽量化に軽量化を重ねたボディと崖も障害物も器用に除けられるカクシ号ならばダイハンエイより早く聖都へ向かうことができるかもしれない。


 だが今はそんな「かもしれない」には賭けられない。


 遅れるくらいなら失敗を恐れず間に合う選択肢を選びたかった。


 それはユニローグをジニたちより先に解き明かしたいとか、モクたちの願いがどうとかいったヒト一枚はさんだ理屈ではなく、この心で、この身の実感で選びたい気高きヒトの意志によるものだから。


「「来なさいニポちゃんっ! コマとヒマは置いてくけど必ず、必ず追いつくからっ!」」


 体勢を低くかがめるカクシ号に、淀みなく助走をつけたダイハンエイがカーチモネさん家の庭を自由気ままに踏み荒らしながら走り来る。


「え? ちょ、ニポ? どうするの?」


 飛行そのものが初挑戦なのに複雑で絶妙なタイミングを求められる長距離用の離陸はリスクが高い。


 それでも自分を信じるニポはギリギリまで両腕を誘伝器に繋ぎダイハンエイを超活性させ駆り立てる。


「あんたは上んとこのヤシャの手すりに掴まってな。

 合図で切り離すから、そんときゃあたいの手を取るんだ。いいね、チペ。」


 これから何が起こるのか分かるような分からないような塩梅のキぺは生返事で返す。


「「オマエらナニ考えてんだーっ!


 ・・・ったくよぉ。

 モジャの残したモンは退屈しねーな。」」


 滑り来るダイハンエイはなおもスピードを上げ


「「だから、オレたちは、明日を、信じられるんですよ。」」


 ぶつかるその瞬間に


「「行ってぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ニポちゃああああああんっ!」」


 カクシ号はダイハンエイを空へぶん投げ


「今だパシェっ!」


 中空を舞うダイハンエイが


「あいまぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ろけと」部分だけになるヤシャ号を切り離す。


「チペぇぇぇっ!」


 そして


「がんばるぅぅぅぅっ!」


 ぶばばばーん、と空へ跳ぶヤシャに手を掛けたキぺが


「よぉぉし成功っ! よくやったチペっ!」


 誘伝器を外したニポの手を取る。


「わかったぁああああああああっ!」


 すべてが、


「あーはっはっはっはっ! やっぱり、やっぱりヒトは空を飛べたんだぁぁぁぁぁーっ!」



 そしてすべてが宙ぶらりんになる。



 信じられない風圧。


 信じられない光景。


 信じられない瞬間。


 そのすべてが、そのすべてが、


「うががががががっ、ニポ、ニポ、・・・ニポぉぉぉっ!」


 世界を変える二人を包む。


「ふげげげげげげっ、放すんじゃないよ三下ぁぁっ!」



 世界を変える二人を運ぶ。



 ・・・どっがーんっ!


 ばしゅーんと聖都へ一直線に飛んでいったヤシャを見送り、落下してきたコマ・ヒマを無視する。


「本当に・・・飛びやがったな、くくく。奇跡を見てるみてーだ。」


 どかーん、とコマヒマが景気よくカーチモネ邸中庭に落ちてくるも、誰も空から目を離さなかった。


「でも、奇跡を起こさなくちゃ出来ないことじゃないかしら。

 これから巻き起こされることって、そういうことじゃないのですか、ダジュボイ様。」


 落下したのはコマ・ヒマだけではなく乗っていたパシェも同じなのだが誰も心配はしてくれない模様。


「でもよ、飛ぶのは、モクさんも、わかってたろうけどよ。・・・あれ、どうやって、着地すんのかな。」


 ・・・。


「なぁオマエら。・・・オレはよ、いい夢見させてもらったよ。」


「あ、あたしもですダジュボイ様。ヒトの無限の可能性を見た気がします。」


 あっちへやられたベゼルの疑問は謎を残しつつ、その光景にヒトビトは希望の花を咲かせたとか咲かせなかったとか。


「はっちゃいおにぎりのママが三人もいるよー。」


 他方では希望の花を咲かせることのできなかった者もいるとかいないとか。



 さあ。切り替えていこう。

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ものがたり 6 山井  @crosscord

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