⑫ 集結点と立脚点





「・・・んん・・・・・・それは、それはおまんじゅうなんかじゃないっ!」


 がはっ、とやや寝ぼけながら飛び起きたキぺは素早く辺りを見回す。


 手には手槌と蓋の閉まった鉄の箱があり、傍では夜明けのわずかな陽ざしに照らされたニポたちの眠る姿があるだけだった。

 心配していた不逞の輩や森の獣に寝込みを襲われた形跡はない。


「よかった。でも、やっぱりあれ仮構帯だったんだ。・・・いや、今はいつなんだ?

 あ、いや、・・・ね、ちょっとニポ、起きてよ。」


 冷える朝に凍える手でニポやダジュボイたちを次々に起こしていく。


「やもめ暮らしは堪えるねえ・・・・・あ、チペ。うぉ、腹が減るな・・・

 ぬぁっ! こんなところに豪華なメシがっ!」


 寝て過ごしただけでも空腹モノだが体はいつもそれ以上に栄養を求めていた。

 今回ばかりはパシェの駄々を褒めねばならないだろう。


「そんなぜんえいてきなちゃがしが・・・・・・オカシラあああっ!

 ・・・あ、おぐ、ちぺ、あったかいモンたべたい。」


 なぜか起こしたキぺに抱きついて離れないパシェに、キぺは薪となる枯れ枝を集めるよう促して震える手の甲を打ち鳴らした。装衛具の火待ち金はまだまだ使えそうだ。


「うぅ、愛は、愛はどこにあるのっ・・・・・・

 あぁ、ベゼル?・・・うん。あたしは大丈夫。待ってて、あたしもくべられそうなものを拾ってくるから。」


 仮構帯で見つめ合っていたベゼルは苦しそうに頷き、元に戻ってしまった切なさに目を困らせるテンプは体を温めるためパシェと共に茂みへ歩く。


「おう、ネコが、ネコは・・・オマ、まさか、合体できるのかっ?

 ・・・・・・あ、いや、そうだな。まずはメシにするか。頭がちっとも働きゃしねぇ。」


 頭が働かないとかそういう問題ではないだろうと思う面々も、ただただ渇望する温かな食事へ心は向かっている。

 疲労のせいか、強張る四肢とふわふわした感覚はどこか自分ではない気持にさせて身が入らないようだ。あるいは仮構帯から現実に引き戻されたギャップがそう感じさせるのかもしれない。


 だので。

 

 ずず、もぐもぐ。ずず、もぐもぐ。


「ちぺっ! おかわりっ! あ、それよりおかしっ!」


 いくつか鍋ごと持たせてくれたので体を芯から温めてくれる汁物はすぐに作れた。椀や箸がなくとも汁を含ませた肉や野菜、干し練りを摂ればその代わりは果たせたようだ。

 見る限りさっきまでの血の気の引いた青い顔はもうどこにもなかったから。


「はいはい。あ、パシェ、そのキノコ食べなきゃダメだよ。おいしいんだよ、くにゅんってしてて。」


 ちぺはむしをのこしてるだろーがっ!とパシェにやり返されるキペは大きく肩を落として言われるままにお菓子を取りにゆく。


 男の孤独が哀愁になる。


「いやしかし驚いたな。本当に時間が別に動いていたとは。それになんだ、髪がやたらと伸びるんだな。ジャマでメシが食いづらくてかなわねぇ。」


 無秩序な坊ちゃん刈りくらいだったダジュボイも前髪が口に入るほど伸びている。

 といって髪の伸び具合からそのまま経過日数を割り出すとなると月のひと巡りではきかなくなる。仮構帯での影響というものはやはり理屈で考えるには限界があるようだ。


「そうですね。あ、ベゼル口に髪が・・あれ? 傷が治ってる?・・ベゼル、話せる?」


 しゃべれる食べれるふぃふぃふふぉっふ、みたいになるが、ここはちょっとぼやかしておこうと思う。


「・・・あ。・・・あ、・・舌も、動くみたいだな。いまさらじゃ、遅いか。」


 まだ完全でないためにゆったりした話し方しかできないものの、食べ物がしみることもなかった。気付けば胸に固定していた腕も動かせるほど痛みが引いている。


「おー。そらよかったじゃないのさベゼル。

 にしてもアレだね、どっか行ってちゃんと確認しないとあれからどんだけ経ったのか分かりゃしないよ。あ、チペそれもらうよ。


 ん? チペあんたすんごい伸びたねえ。あたいらはまぁ元から長かったから気になんないけど。

 切ったげようか? まぁ切るって言ってもあたいじゃなくてヒマのハサミでだけどさ。」


 パシェとあと自分用に、と取ってきたお菓子がまるで夢だったかのようにその手から消えてなくなる。もちろん、ニポとパシェがすみやかに奪ったからだ。


 キぺは宙ぶらりんな両手を見つめ、そして青く澄み渡る空を仰いだ。


 あは、きれいだなぁ、なんつって。


「え? あ、ほんとだ。・・・二回も行ったからかな、けっこう伸び・・・

 ねぇ。ニポ。


 ・・・あのさ、あの、僕・・・アヒオさんみたい?」


 毛先がくにゃくにゃと曲がったクセのあるキペの髪はスーパーストレートヘヤーでおなじみのアヒオとはちょっと違っていた。

 しかし真っ黒な色とお腹にまで流れる長さ、そして暗足部の装衛具とのセットで見ると似てると言えなくはない。


 でもそうではなくて、それが何を言いたいのかがニポにはわかるから、言葉は自然に紡がれる。


「ああ。肌カピよりあんたの方がずっといい男だけどね。

 きひひ。でもあたいは短かった頃のあんたの方が好・・・はは。いや、今はそっちの方が合ってるかもね。」


 長いとは言えずとも短いとは言いたくないその日々は、アヒオたちと過ごしたその日々は、しかしとても濃く、深く、大きくキペの中に広がっているはずだから。


「ふふ、そっか。・・・ふふ、そうでしょ? ふふふ。

 ・・・・・・・アヒオさん。」


 心許し、憧れた仲間の姿に「似てる」と言われるだけで、それだけで自信がみなぎるほどに。


「ところで、息子さん。先生の、遺したものは?」


 腹も膨れ体もポカポカしてきたところで本題に突入。

 ベゼルを捕えてまでロウツが求めたものがそこにあるのだから。


「だな。幸いぶっ倒れた時に箱のフタが閉まっててくれたみたいだしな。

 とはいえこの蟲も腹ぺこだろ。何か食わせねーと礼を欠くか。」


 そう言って何か食べ物を、と見回すも蟲の好みを知らないダジュボイはふーと溜息を洩らす。


「ふふ、いいですよ。再生させたら逃がすつもりですから。もうずっとこの中に閉じ込められていたんです。ヒトに縛られ続けるのもかわいそうでしょう?


 さてと。ダイハンエイごめんね、もう一回だけ。・・・・てぇいっ!」


 慎重に箱から蟲を取り出したキぺはナコハの手槌でダイハンエイをひっぱたき、その不思議に響くバファ鉄の[鍵音]を聞かせてやる。

 破振効果は発生しているがそんなに強く叩いてないので周りの者に害はなかった。


 ジジ・・ジジ・・


 すると間もなく蟲はメスの発する求婚の合図と勘違いし


 ジジ・・ジジ・・


 吹き込まれた「珍しい音」をしばたくよう翅で再現する。


「ジジ・・くはジラウ・・う者だ。だ・がこ・・く音を聞・・いるか・わ・らな・・が、ぼ・は向かうつ・りだ。ユニ・ーグ・・ぶん、・・う大・・・・うにある。か・されなければな・・ないも・は、やは・隠さ・・づけてき・ようだ。あた・まえす・・て、でも・から見過・・しま・・いたん・・う。・・・ジジ・・」


 それは間違いなく、ジラウの声だった。


「父さんの声だ・・・」


 でも。


「くっ! 肝心な部分がトんじまってるじゃねーかよっ! 他の抜けたトコなら文脈でわかるが名指ししてるトコが抜けすぎだろっ! くそっ!」


 ジラウの遺したかすかなヒントと幾つもの偶然とひらめきによってようやく蟲を再生させる段まで来ての結末がこれだった。


 ダジュボイでなくとも歯噛みする気持ちで胸は埋め尽くされているはずなのに、


「でも、わかったことが、ある。先生は、「当たり前すぎて見過ごす」所に、あると、言ってた。」


 途切れ途切れでも読み取れる情報から、とベゼルはしぶとく食い下がるつもりだ。

 もちろん他の者とて同じ。


「あたいには「隠さなければならないものは、やはり隠され続けてきたようだ」って聞こえたね。

 当たり前に隠され続けてきた所、ってことじゃないのかい?」


 考える。

 ただ、考える。


「宝物庫なんかはどうかしら? 統府が隠している財宝・・・なんて教皇みたいなヒトじゃないと知らないわよね。

 あとは、・・・神殿? 隠し続けていられるってことは、守られ続けているってことじゃないかしら。とするならそういう神聖な場所はどう?」


 解釈を拡張させて知識のないテンプまでもがヒントを探して頭をひねる。

 それを横目にするダジュボイはわずかでも弱音を吐いた自分が恨めしかった。


「宝物庫があったにせよそれを知っていたにせよ、神殿と同じ理由でおそらく違うな。


 ユニローグが持ち運びできるものなのかも解らんのでハッキリは言えねーが、ありゃ神代より続く伝説だ。


 神殿も、ましてや統府なんてのはロクリエ王時代以降のハナシだぞ。風の神殿はクセぇトコだがオマエらはそこへ行ってきたんだろ? でも手掛かりはなかった。


 それにジラウは「当たり前すぎる」場所だと言ってる。

 ヤツがいなくなる前に風の神殿は確認されてねーから違うな。」


「当たり前」ではなく「当たり前すぎる」という言い回しが引っ掛かるようだ。

「見過ごしてしまう」ほど「当たり前すぎる」場所。

 それは誰でもよく知っている場所、ということになる。


 だから、


「あの・・・」


 それは「当たり前すぎる」場所を「見過ごしてしまう」ダジュボイやベゼルやニポには思い浮かばなかった。


 そしてテンプとパシェは知らなかった。


 ぎりぎり知っていて、


「もしかしたら・・・」


 解古学の「当たり前」に囚われるほど深い知識のないキペだから、


「旧、大聖廟じゃないですか?」


 思いつく。


「バカかっ! 旧大聖廟なんざとうの昔に発掘から調査から研究まで終わってるんだぞっ! だから公園のド真中で市民に開放されてんだっ!」


 確かにいま旧大聖廟はまわりを公園として誰でも気兼ねなく入れるよう整備・開放されている。

 奥の深部は一応立ち入り禁止にされているものの、〈神霊祭〉のクライマックスでは神像を奉納するために関係者がごっそり入って儀式まで執り行っているような、いわば公共施設のような扱いだった。


「・・・ダじーさん、だからだよ。


 けっけっけっけ。そうさっ! 当たり前すぎるんだっ!


 確かに旧大聖廟はロクリエ王のために建造したものであって神代からの遺跡じゃない。


 んでそれ以前に《膜》は、《ロクリエの祈り》ってモンはなかった。ユニローグの障壁ロクリエの封路も同様にさっ!


 そして旧大聖廟の完成はロクリエ王の死後だけど、聖都そのものは神代から畏れられてきた土地だって話じゃないさ。聞けば聖都「オウキィ」は上代文字表記で発見された古代の地名がそのまま用いられてるらしいしねえ。新説じゃ「オウキィ」の頭と尾に+と○のある名称が正式だとかなんとか・・・


 まあいいや。な、ベゼルっ! 最後に旧大聖廟を調査したのっていつだい?」


 調査が終わった、ヒトが誰でも立ち入れる、そんな場所を誰が「伝説の入口」だと信じるだろう。


「正確には、わからねぇ。でも、解古学が真っ先に、取り組んだのが、旧大聖廟だ。


 はは、あんな、目立つ所、しないわけが、ないしな。それに、保護遺産でも、あるんだ。

 ただでさえ、聖都の、真ん中にある、あそこを、生半可な、調査なんか、解古学の誇りが、許さない。


 だがな、息子さん。だから、俺も信じるぜ。

 そうそうたる学者が、雁首そろえて、大々的な合同調査を、したんだ。昔の、ハナシだがよ。メンツも、あるからな、それ以後は、誰も調査して、ないはずだ。


 できな、かったんだよ。

 けけけ、お歴々が、見つけられなかった、何か、大きな見落としを、見つけられたら、たまらねぇからな。けけけ。」


 もちろん偉大な学者のレポートに疑問を抱き管轄する統府へ調査申請する者もいたが、すべて撥ねつけられるのが顛末だった。


 ならば、とこっそり調べたところで「盗撮」で作られた報告書が学会に受理されるはずもなく、調査があったことさえ闇に葬られるというのが解古学での常識になっている。


 旧大聖廟に関しては学会側の「権威学者の永久保存」と統府側の「これ以上ロクリエを崇めないでもらいたい」といった願いは利害が一致するため、よほど決定的な資料か学説を展開しなければ手を伸ばすことさえ忌避されるタブー中のタブーだった。


 そしてそれを正当化するために「調査は完了した」と決定し、地上部の一般開放と〈神霊祭〉での地下の開放を打ち出したのだ。


「ダジュボイさん、風読みさまはユニローグを目指しているのですよね? そして僕に《六星巡り》のお供を頼んできました。


《六星巡り》はご存じのように風以外の六つの神殿を廻り、そして、神像を安置するための場所、旧大聖廟へいったん奉納するものだと風読みさまから聞いています。・・・赤目さんの話を思い出していればもっと早くに思い浮かんだはずでした。


 赤目さんはもしかしたら気付いていたのかもしれませんね。少なくとも僕から風読みさまが《六星巡り》をしていると聞かされてからは確信していたかもしれません。


 ダジュボイさん。モクさんはあなたを「運命を引き寄せ導くことができるやもしれん」って言ってました。・・・僕ではよくわからないんです。


 示してください。

 きっと広く深い見識を持っているあなたの言葉なら僕らは自信をもって従えます。」


 ベゼルもニポも今は昂揚してしまって冷静には判断できないだろう。


 だがもしこれ以上にジラウの言葉に符合する場所があるなら、より高い可能性を秘めた場所を知っている者がいるとするなら、それはダジュボイを置いて他にはいなかった。


 その意図を理解するダジュボイは深く目を瞑り、ありったけの情報を総動員して可能性を潰してゆく。それに倣うよう、ベゼルもニポも場所、建物、目印、言い伝え、伝承、噂の海を泳ぎ回る。


 それを見つめるキぺとテンプとパシェはお菓子を食べるのに夢中だ。


「・・・惜しい場所はいくつかあるが、決まりだなシペ。

 ・・・いや、間違いないっ!


 となればジニは〈神霊祭〉のヒトごみを狙ってくるはずっ!

 向かうぞっ! 聖都へっ!」


 はるか北の岬より快晴の日にだけ望める小島、メタローグと同居する空の神殿のある浮島シオン、その他にも怪しさがいくらか残るポイントはあっても、ジラウの「当たり前すぎて」「見過ごしてしまう」や、ジニの《六星巡り》の挙動に消去されてしまう。


「うしゃ! あ、でも今がいつなのかは知りたいねえ。急ぐだけならダイハンエイで聖都に乗り込みゃいいんだけどさ、時間があるなら近場に置いて忍び込みたいからね。」


 確かにダイハンエイでそのまま聖都に上陸するのは目立ち過ぎるので避けたいところだ。

 無論、猶予がなければ乗り込むしかないが。


「近くに村なんてあったかしら。あー、でも「あたしたちが倒れてどれくらい経ったか」なんて訊ねてもねぇ。」


 テンプがそんなことを言うから、うってつけの人物が浮かんでしまう。


「だったらカーチモネにきけばいいだろーがあっ!」


 今日も冴えてるパシェは砂糖菓子片手にはりきって言ってのける。


「きひひ、だーねえ。困った時はカーチモネ、ってね。昔からいうじゃないか。けけけ。」


 その気まんまんのニポ。

 どうやら壁を破壊する愉しみを覚えてしまったようだ。


「だな。あの、金持ちさんなら、すぐにわかる。けけ、役に、立つじゃ、ねぇか。」


 一時は金持ちというだけで『今日会』の匪裁伐リストに挙がったものの、カーチモネというのはああ見えて堅実に商売や投資をしているため難を逃れた経緯がある。


「そうだな。あいつぁーなんだかんだでやさしいヤツっぽいからな。聞けば教えてくれるだろ。教えてくれなきゃ教えてくれるまで・・・いや、教えてくれるだろ。」


 やさしさと使い勝手の良さをぎゅっと握っておにぎりみたいに都合よく仕上げるおじーちゃん。これでも一度は神徒に推挙された者なのだからヒトとは元来、千両役者なのかもしれない。


「え? また行くの? まぁ戻れば近いからいいけど。・・・でもニポ、もう壁壊しちゃダメだからね。カーチモネさん、明らかに別人になりかけてたからねっ!」


 だっはっは、だっはっは、乗れぃっ!とまるで忠告を聞かないニポ。



 気の毒な話だが、後にこの美しいキペの忠告は元気いっぱい無視されることとなる。

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