⑪ 前進と前進





 と、 そこへ。


「うわ、なんだこの群衆・・・あれ? シクロロンさ、あ、組合長? ちょ、アナタたちウチの組合長に何して痛てててて・・・」


 門衛を説得して中に入れてもらったハクがエビ馬に乗ってやってくるも、後ろに、というより肩に乗っけたシーヤに頬をつねられている。


「おーっす、ナス麿っ! ハクラがよぉ、出かけるってーからついてきちったよ。きしし。」


 あっはっは、誰だよナス麿っ!とスナロアを囲む民と枢老院長は探す。

 まだ見ぬナス麿を。


「そうか。帰宿追尾型の蟲も付けていなかったからな、わざわざ追いかけてきてくれたというわけか。ご苦労だった、シーヤ、ハク。」


 あんたかよっ!とスナロアを囲む民と枢老院長は笑う。

 そして凍りつく。


「こらバカ、御意見役は立派なヒトなんだから名前くらいちゃんと覚えろ、ったく。

 えぇっと、あ、いやその前にウチの組合長は、あれは・・・なんですかねぇ?」


 ぱっと見た時には民衆に埋もれるシクロロンの危機を感じたものの、スナロアがほくほくと笑んでいる様とそこここに咲く笑顔を見ればどうやら事件になるような問題は起こっていないと判ったのだが。


「ついさっきなのだが枢老院との同盟、並びに『フロラ』との不戦協定を結んであの人気だ。

 ふくく。心配で来たのなら無駄足となっ・・・・・?


 ・・・ではないようだな。話してもらおう、ハク。」


 ボロウからハクという男が元々「クサい」存在、とりわけ『フローダイム』との繋がりを疑わせる存在であったこと、しかしそれが今はどうもシクロロンに忠誠を誓っていることは聞いていた。


 過去がどうあれ〝嘘見〟の利くボロウが言うのだから今現在は彼の言うとおりシクロロンと離れれば案じる身になったのだろうと思っていたのだが、ハクの顔にはそれとは異なる焦燥が漂っている。


「おー、それがよーナス麿、なんつったっけ、あのほれ、えーっと、ほれ、あのよ・・・ハクラぁ、おいらそろそろ腹が減って――――」

「黙ってろアホ女っ! わからないなら首を突っ込むなっ! だいたい何でキミがついてくるんだっ! ケガ人・・・あぁ、まぁ確かに組合長がケガしてたらそれは、まぁ、そ、・・・うん。


 いやいやいやっ! 

 御意見役、エラいことになったようですよ。メトマ「総監」? の率いる新生『ファウナ』がボラクサンの集落から聖都目がけて南下してるってハナシです。

 だので万々が一に備えて教会にいる『なかよし組合』員たちにはとにかく防御を固めるよう指示だけ残してすっ飛んできたわけですよ。


 御意見役はどう思われます? まさかこのまま聖都攻略なんて自暴自棄はないでしょうねぇ?


 ・・・はぁ、あのヒト歳の割に血の気が多いからやりかねなくてねぇ。


 どうします、御意見役。字打ちができる蟲は連れてきてるので指示はここからすぐに飛ばせますが?」


 おそらくは新生『ファウナ』に籍を置きながらもこちら『なかよし組合』へもたらされた内部漏洩情報が発信源なのだろう。

 ただ信じるに足る内通者からとはいえそれは未確認情報でしかない。

 しかしそれでも日巡り一つの遅れが取り返しのつかない局面を引き寄せる話である以上、ハクたちも馬を駆らせずにはいられなかったようだ。


「待てハク。・・・シクロロンっ! 枢老院長、カセインとシクボとボロウを呼んできてくれぬか。」


 はっ、かしこまりました、とヒトごみに消えた3人を枢老院長は探しに出かけ、代わりにシクロロンがやってくる。


「あ、はーい。どうしましたスナロア御意見役?・・・ってハク? あれシーヤさんも、あ、シーヤ保健長も。


 ・・・何かあったのね。相談番とお手伝い長は?」


 一難は確かに去った。

 それでも、浮かれている暇など革命者にあるはずもない。


「いま呼びにやってるってよ。しっかしなんだ四苦八苦ネーちゃん、ナマツンとは上手く別れられたんだっぺ? んでユクジモ連中に受け入れられてこの騒ぎってか。


 きしし。まぁ信じろっつの。

 あんさんが願ったこと祈ったことみんな叶ったじゃねーか。


 んならまた信じろっつの。また叶うからよ。」


 おまえ状況ちゃんとわかってるじゃないか!みたいにハクはびくっとする。


「・・・はい。そうですね。・・・でも。」


 叶ったといっても枢老院はスナロア・カセイン・シクボが道を創ってくれた中で「誤解を解いた」から手を取り合えただけだ。

 そしてルマ・キビジの『フロラ』はその上に枢老院や民衆の後押し、それからルマと過ごした時間によってようやく刃を向け合う関係が避けられたに過ぎない。


 しかしこれより相手とするメトマの新生『ファウナ』がシクロロン・シクボに背を向けた者たちである以上、同じファウナ系でも余計に面倒だった。

 さらに言えばフロラ系の枢老院や『フロラ』は共に「民衆とスナロア、できればカセインとシクボを取り込みたかった」という欲もあったからこそ、そのアキレス腱を掌握しているシクロロンで交渉できたのだ。


 ある意味ではそういった「弱み」、たとえば「こいつの機嫌は損ねたくない」だの「このやり方では支持拡大が見込めない」だのといった「急所」がない、という点で『ファウナ』と向き合うことは困難を極めるだろう。


 もはや「打倒・自分以外」を正義に掲げてしまっている新生『ファウナ』はその目的を達するより他に自分たちでも歯止めが利かなくなっているようなものだ。


「こら簡単に言うなよ・・・とか言いたいのですけどねぇ。


 でもね、シクロロンさん。ボクはなんとかできると思いますよ。

 被害は出るでしょうがアナタなら最小限に食い止めることができます。必ず。」


 メトマを近くでよく見てきた男だからこそ、「何も知らない他人よりよく知る身内」の方が厄介だと知っている。

 それでもシクロロンを信じられるのは今ここで眼前に広がる景色が「簡単に言うなよ」と言われ続けてきた光景だからかもしれない。


「ふくく。なるほど。どおりで枢老院・『フロラ』との「和平交渉ほぼ成立」にも動じぬというわけか。」


 確かに囲まれたシクロロンについて説明した時も、ハクはちらとも驚かなかった。


「ええ。ましたから。」


 なにカッコつけてんだハクラのクセによぉ!と蹴られるハク。

 それがなければシクロロンは新たな恋の芽生えを感じたかもしれない。


「えっとどうしました大師、あ、御意見・・・ってハクさん? ほんでシーヤさんも?

 ・・・・・・仲いいよね、お二人さん。」


 ガツカフ内で見たあの妙に睦まじい光景を思い出してしまうボロウ。

 紫色のオーラがその体を包み込む。


「おやハク連絡長に、えぇとシーヤ保健長でしたかね、ふふ。どうしました二人仲良く?」


 ほくほくおじーちゃんのシクボもなんだかんだで一緒にいる二人に気を配るも、その傍で暗黒の力に手を伸ばし始めたボロウの肩に手を掛けてやる。


「どうしたスナロア。ん? ご両人、『なかよし組合』はどうしたのだ?

 ・・・いや、何かあったか。」


 その手が温かくて、ボロウは苦しそうに顔を歪めながらシクボを振り見る。

 大丈夫。私も一人ですよ、とその目は語っていたとか。

 ちなみに現役の神徒はシクボだけだ。割と結構エラいヒトなのだ。


「ええ。新生『ファウナ』が、たぶんシオンからの帰還兵を待っていたから今なのでしょう、彼らがどうやら聖都へ向け南下したようですねぇ。


 きっとメトマさんのことだから全面対決というより奇襲を狙って統府陥落を目指すでしょうよ。


 相手は武力組織上がりの総監がアタマです。共鳴した連中も思想信条そっちのけで腕っぷしに任せた戦闘を望んでけしかけてくるでしょう。

 無論、聖都ではこれだけ大きな動きを取っている『ファウナ』に対し、せめて身軽な『スケイデュ』くらいは充ててくると思われます。


 ・・・ふぅ。

 率直にボク個人の感想を言わせてもらえば邪魔な組織がぶつかってくれると向こうも体力が落ちて今後がやりやすいのですがねぇ。


 ・・・はぁ。我らが長はしかし、気に入らないのでしょう?

 民間人への被害も予想されますからねぇ。」


 シクロロンを見遣るハクの目には諦めがあった。

 また戦地へ向かうこのヒトを守るしかないんだろうな、と。


 しかしそれは、シクロロンの信じる理想への「諦め」では決してなかった。


「当然ですよっ!


 ・・・カセイン相談番。あなたはここに残り枢老院との連携を深め、そして保つ任に尽くしてください。」


 お願いのようなそれは、長の初の「命令」だ。


「御意に。」


 そう頭を下げ、カセインは枢老院議員を探し集めるべくその場を後にする。


「シクボ相談番。あなたは『なかよし組合』へ戻りハクが編成した組織をまずは守ってください。指示が出せればこちらから出しますが、・・・その時には後をお願いします。」


 シオンでは『フロラ』の相手が自分の組織『ファウナ』だったからまだ止めようがあった。

 しかし今回衝突するのはメトマの新生『ファウナ』と統府防衛の『スケイデュ』であり、そこに通ずる仲間のいない状況下ではどちらも他組織となる。

 止めに入って無傷で済む確証は皆無に近い。


「仰せのままに。」


 同じく頭を下げ、馬に乗れないシクボは操者を雇うべく厩舎の主を訪ねる。


「シーヤ保健長。『なかよし組合』に残るわずかな医法師の編成はできましたか?・・・そうですか。


 ならば私と共に来てください。これから向かう先にはあなたの判断と技術、そして知恵が求められます。」


 ほぼ半数は残ってくれた医法師たちへの割り振りと専門分野の意見交換などは済ませておいたし引き継ぎ作業も命じていた。

 コロナィで主任を務めていただけあって連携や意思疎通を含む管理職的な段取りは的確かつ迅速にこなしていたようだ。


「おいよ。」


 かしずくことはなかったものの、囚人たちの苦痛を引き延ばすだけの医法ではない医法を棄て、ハクの言う「ありがとうのある医法」に身を捧げると決めたから。


 そしてそれを叶えてくれるのが上司・シクロロンとなる。心はそれに従うだけだ。


「ボロウお手伝い長。あなたが掛けてくれる言葉はいつもあたたかく、きっとルマさんもそれに救われたでしょう。

 しかし私にはあなたを巻き込んでしまっていいのかまだ判りません。


 それでも、来ていただけたら心強いのです。どうか、もう少しお手伝いをお願いします。」


 スナロア警護を名目について来たのがボロウだったため、正式に組合員として命じるにはためらいがある。

 それでも今は、この男の不思議と落ち着いた雰囲気とやさしい心がほしかった。


「よろこんで。」


 まだベゼルやニポたちといった心配事が他方にあるので心身ともに『なかよし組合』へ名を置くことはできないボロウも、といって「雲行きが怪しいからここでオサラバ」なんてしたくなかった。


「スナロア御意見役。本当にくまなく使ってばかりですが今回も使わせていただきます。

 無論、私たちの理想である「なかよしの世界」のため。」


 新生『ファウナ』に唯一ほころびが出るとするなら「神徒スナロアへの攻撃」だ。


 仲間へ引き入れるつもりがなくとも、これほどに民衆から絶大な支持を得ている存在を傷つけ、あるいは殺害してしまったのなら二度と信頼を得ることはできないだろう。


 だがそれは、それほどに神聖な「盾」を「飾る」のではなく「使う」という決断も意味している。


 シクロロンとしてはスナロアを説得の道具に使うという意味で言っているのだが、その裏側にも価値があることは理解していた。


「従おう。」


 またスナロア自身も自分の値打ちというものは知っているつもりだ。

 だからこそのシクロロンの躊躇を、きちんと跳ねのけ己で選んだ道なのだと示す気持ちがあった。


「そしてハク連絡長。・・・いつも、いつもいつも迷惑ばっかり掛けて、ごめんなさい。

 でも、私にはあなたが必要だと思うのです。来て、くれますか?」


 世話係の時からずっとの付き合いだった。


 イヤな部分も厳しい部分もあったし、つらい思いもした。


 それでも今、長として見てくれるこの男への信頼度は風の神殿へ向かう前とは比べものにならない。


 だから、


「困りますねぇシクロロンさん。・・・こういう時は「来なさい」ですよ?」


 頼りたい。


「ふふ、はい。・・・ハク連絡長、私と来なさい。」


 ちなみにボロウはまた泣いている。


「わかればケッコウ。」


 これで揃った。


「私たち五人でできることには限りがありますっ!


 しかしヒトの理想に、それを歩む者に限界はありませんっ!


 行きましょう聖都へっ!


 今から急げば〈神霊祭〉最終日となる明日の昼には辿り着くはずっ!


 私たちは手を取り合う世界のためにまだまだ進めるはずなのですからっ!」


 それを聞いていた取り巻きも「いけーっ」だの「やってこーい」だのと声を上げる。


「おーおー、四苦八苦が「五人」とか言うからこーなんだっぺな。


 けけ、いーか? 見渡した人数ちゃんと勘定して足しとけよ?

 スネちまうだろ、「仲間」たちがよぉ。」


 しょーがねーな、とハクではなくボロウの背中におんぶをねだるシーヤ。


「お、こらちょっと急に・・・えと組合長さん、そん中に『ヲメデ党』の連中や忘れな村のやつらの分も足しておいてくださいね。

 あなたの後ろにはココにいないヒトたちもいるんだ。できないことなんかないさ。」


 おんぶする前に乗せてあげるから待っててね、とシーヤを下ろしてイカ・タコ馬を連れた厩舎の主から手綱を受け取るボロウ。


「くく。ま、そーゆーことですねぇ。そしてあなたを信じるヒトはこれからもっと増えることもお忘れなく。・・・さ、シクロロン組合長。」


 乗ってきたエビ馬へシクロロンの手を取り乗せてやる。

 これが最後となるかもしれない、そんな思いを噛み潰して。


「シクロロンよ。貴公はすでに歴史を歩いているのだ。

 その気高き決意が光。私たちにも見せてくれ。」


 タコ馬に乗り込み、スナロアは見送る民衆の中のカセインにひとつ頷く。

 変えてくる、とでも言うように。


「ええ、きっと。・・・さ、みんな乗りましたかー?


 よーし、じゃあ出発ぁーつ!」


 えー?みたいになる。

 もう遠足のノリじゃん、みたいになる。


 だからだろう、そこにあるのは死地へ赴くような面持ちではなく、

 夢を叶えるために向かう者の笑顔があったのは。





 夜の明ける前、がささと草むらが鳴る。


「メトマ総司令っ、騎兵班四・五番隊が『スケイデュ』第三連隊にやられましたっ! 

 負傷者数名の六番隊は第二連隊を引きつけている模様。七番隊は・・・」


 掛け合わせて作った字打ち‐字打ち型の蟲の報せに、『ファウナ革命戦線』策案班伝令員は声を上ずらせる。


「構わぬ。そもそも四・五番隊は策案班の諜報・情報部員だ。戦力ではなく囮として『スケイデュ』の目を分散できればそれで充分。我らはこのまま行くぞ。」


 ボラクサンの集落からは要衝・カミンの町をわざわざ経由して南下した。

[五つ目]を人目に触れるよう仕向け、群衆の集うカミンで三手に分かれたのだ。


「だろーな。くく。・・・つってもよ、第二・三連隊が確認できただけでも儲けモンだぜ? これで聖都には第一連隊が残ってるだけだとわかったワケだ。そもそも連隊ったって兵団の小隊がくっついてるだけの規模だからな。


 しかしミガシってのも侮れねーな、総司令さんよ。

 こっちの手数もワカんねぇのに抜け道行かせた二手でちゃんと待っててくれてんだからな。たまんねーぞ。


 だがどーすんだい? ボラクサンからの後発一番隊もこの分じゃ手の空いた第三連隊に見つかって叩かれるだけだぜ?」


 二~七番隊をカミンで分けたのち、身軽な一番隊をボラクサンから最短ルートで聖都へ向かわせている。

 今こうして情報を一手にしている二番隊策案班暗足部とその前をゆく三番隊だけでは『スケイデュ遊団』精鋭である第一連隊を引きつけることはできても突破は不可能だ。


「それでも一番隊の時間を稼げば成功だ。聖都に入りさえすればどうとでもなるのだからな。


 今日は〈神霊祭〉が最高潮を迎える最終日。

 民間人がウヨウヨするこの時期は商業界がうるさいのでな、見切りで入都の制限など『スケイデュ』ごときにできまい。


 無論、数と力を削いだ四~七番隊程度の出現では兵団に出動命令は出せぬはず。統府の権力は確かに大きいが、やはりノロマなのだ。

 その点身軽なこの暗足部ならば・・・・ん?


 あれは?・・・風読みと・・・ヒナミっ!」


 街道沿いの崖に伏せて遠く見渡せる景色を確かめていると、馬に乗っても目立つ風読みが目に留まり、そしてかつての『スケイデュ』団長、現『フロラ』の聖都区主がカミン方面からやってくるのが見えた。


「んあ? なんで風読みとヒナミが一緒なんだ? オイお前、遠眼筒を貸せっ!


 ・・・なんかヘンなガキも連れてるな。

 ちっ! 風読みでもいりゃーコッチもこんな苦労しなくて済むのによ。」


 ほぼすべての場所や施設に顔パスで入れるのが風読みだ。

 ただ、聖都で暗躍していたヒナミの場合は独自のルートを確保しているのでその必要もないが。


「疑問だな。ヒナミと共に行動していることもそうだが、馬を使うとなると急用か? この時期に?

 ・・・いや、この時期を、か。

 何かあるぞ、デイ。そしてこれは好機だ。


 ふふふ、風読みは〈神霊祭〉で何かするのだろう。表立ったものがなくともかつてこの時期に蜂起した『フロラ』のヒナミを供にしているのだ、身の警護にしては区主は重すぎよう。とすればヒナミと何かを企てている証拠だ。ふふふ。


 先行三番隊に急ぎ伝令を放てっ! 風読み一行を捕えるため引き返して来いとなっ!」


 装備らしい装備をしている騎兵班員では目につくものの、一般民を装っている暗足部員であればカムフラージュもできなくはない。

 面の割れているメトマとデイはヒナミの知るであろう『フロラ』用の潜入通路を護衛と侵入し、残りを「吹き抜ける風」のお供として歩かせれば聖都の門を突破できるといった寸法だ。仮に風読みが『スケイデュ』へこちらの暗足部を売り渡す動きが見られたならヒナミを人質に使えばいい。

 馬に相乗りする間柄なのだ、なんらかの弱みとしてヒナミを用いることも不可能ではないだろう。


 とにかくやり方はどうであれ、最も堅牢で最も難関なのが聖都への入口だった。


「ふん。さすがは闘将だな。メトマ総司令、ヒナミってのはフローダイムに翻弄された過去がある。そしてオレはフローダイムの指示も受けていた。

 ははは、『スケイデュ』団長から引き摺り降ろされ『フロラ』に下ったとは聞いていたがな、とことん使われるだけのコマのようだ。はっはっは。」


 昂揚も手伝ってか軽口を叩くデイが嘲りメトマを伺う。


「そなたも食えぬな、デイ。

 だが裏切るな。いま勝機は確実に我らに近付いているのだからな。」


 デイが『スケイデュ』の出身であり、『フローダイム』の指示により当時の上司であったヒナミを裏切った過去をメトマは知らない。

 今はそれを咎めるよりこちらに向いてきた風を逃さぬよう「帆」である身内を広げておきたかったようだ。


「損得で考えてるさ。フローダイムからはこのところ何の連絡もないんでな、いるかいないか分からん輩よりあんたと一緒の方が得だろ。

 それに『スケイデュ』は思ってた以上にねちっこくて面倒そうだしな。この場で作戦変更できるくらい柔軟なあんたならいざって時でも頼りになる。」


 予想より早く多重陽動作戦は頓挫しそうだ。


 だからこそ一度立てた策にこだわって強引に押し通すのではなく、状況に合わせて臨機応変に指示を飛ばすメトマの方が『フローダイム』より信用できるのだろう。

 



 ぶぁさー、ぶぁさー。


「これでいいのですかヒナミ?」


 ぱからんぱからんとクラゲ馬を駆らせるヒナミの背中でジニが尋ねる。


「念には念を入れておかねば。カミンで見かけた『ファウナ』や『スケイデュ』は何かが活発化する兆しに思えてならないのでね。『フロラ』にいた頃に開発した「蟲乱し」を撒いておけば蟲伝えは阻止できるはず。」


 シオンでその後『フロラ』がキビジを代理の頭に頂き、退いたことは知っていた。

 だが総長のシクロロンを欠いた『ファウナ』がどうなったのかは伝わっていない。


 他方『スケイデュ』を率いるミガシが動き出すことは予想していたながらも、こうまで的確に「聖都への南進」へ守りを固めるとは思っていなかったようだ。

 また道中、通行人に紛れた『スケイデュ』策集員が『ファウナ』やヒナミたちに目を光らせていたことも気に掛かる。


 率直に言ってこれほど流動的な各組織の情勢を『スケイデュ』が把握できるとは思っていなかった。


「あの・・・『スケイデュ』は・・あの、団長には迷惑を掛けたくないのですが。」


 縫合も消毒も済ませたハユに『フローダイム』の意志は読めなかったが、馴染みの名前が出てくれば気にもなる。


「大丈夫ですよハユ。事が済んだらミガシにもきちんと再会できますし、落ち着いたらキぺの捜索も再開されるはずです。

 ただその前の懸案が難題でしてねえ。解決するにはヒトをいくらか欺かねばならないのです。そうしなければ巻き添えを生んで――――」

「ジニっ!・・・くそっ。・・・・・・・こんなところで。」


 言葉を遮りヒナミが舌打ちする。


「はっはっは。久しぶりだなぁー元・団長さん。」


 茂みから岩陰からぞろぞろと現れる者たちの中、屈強な躯体を見せつけるイマンカ族の男が笑って歩み来る。


「・・・デイか。今度は誰を裏切った?」


 あの日、シクロロン新総長を掲げた『ファウナ』へ寝返り、ヒナミを団長とした『スケイデュ』を売り渡した元・部下がそこにいた。


「ほぉ。旧知の仲のようだなデイ。

 さておき目に掛かるのは初めてになるか、風読み。ん? ずいぶん血に汚れているようだが。

 ふふ、それからヒナミ聖都区主。・・・その子どもは?


 まぁよい。見ての通りそなたらは我ら『ファウナ』の手に落ちた。

 ふふ、とはいえ命までは奪うつもりはない。

 ただ協力してもらいたくてな。

 風読みの威光と、それから『フロラ』の抜け道を貸していただこう。」


 身動きの取れない馬上では卓越した技術を持つヒナミでも弓を取ることさえできない状況だ。そこへ暗足部だけでなく騎兵班まで現れては手の施しようがなかった。


「おや。これはこれはどうもご丁寧に。『ファウナ』のメトマですかねえ? 私は世間の時流に与しない風の神官なので何を始めるかは尋ねませんが・・・

 しかしご存知のはずですよ。神官に刃を向けることの意味は。」


 身を守る必要もある信者と異なり、とにかく無防備な神官や神徒へ凶器を向けることはそれだけで大罪だった。

 死ぬことも赦されぬ拷問に本人だけでなく、親類さえも含めた関わる全ての者を道連れにするほどの犯罪とされている。


「がっはっは、脅しのつもりか風読み? ムダだ。『ファウナ』で幹部やってるオレたちゃすでに「大手配」なんだよ。いまさら罪が重なったところで怯むワケないだろ。


 それよか心配しな、風読み。

 あんたは神に仕えてるから死ぬことなんざ恐れちゃいないだろーがな、そこのヒナミとチビスケは違うぜ。何があんたらを繋いでるかはどうあれ死なれちゃ困るんじゃねーか?


 少なくともオレたちにゃそこのガキは要らねーんだ。

 聖衣がきれーな赤でまた染まるのはどうなんだろな? がっはっはっは。」


 余計なことを、と苛立つメトマはしかし、デイのありきたりなハッタリに風読みもヒナミも言葉をやめたことに気付く。


 世の中に深く関わりを持たない神官であれば「子どもと二人の大人の命で無頼な組織の横暴を阻止できるなら本望」とでも言って不服従を貫徹するものと思っていたのだが、どうやら事情が違うようだ。


「風読みよ、我らを誤解してはいまいか。確かにこのデイの言ったこと、過ぎた部分はあるがそれほどに今この時は重要なのだ。


 ただ我らとて獣ではない。まだ幼き子どもに手をかけるほど腐ってはおらぬぞ、風読み。

 たとえそなたらを血で染めねばならずともその子の命は保証しよう。無論、その時は様々を見聞した証人となる故、放免とはゆかぬがな。


 風読み、それからヒナミよ。我らはファウナ系人種の届かぬ声を届ける代弁者にすぎぬ。

 そなたらは我らを血を求める獣か何かと履き違えておるのだろうがそうではない。

 まつりごとやそれに関わる者、また障壁となる者でなければわざわざ相手にはせぬ。

 我らとて民の使いである自負と矜持を携えてここにあるのだからな。

 願わくは協力という形で自主的な判断を乞いたいところだ。何もかもを力で縛り推し進める心などありはせぬ。


 ただ一点それでも譲れぬのは、時を逸しては事が叶わぬという猶予のない状況。

 風読みには暗足部を、ヒナミ、そなたには我らと騎兵班を聖都内部まで運んでもらわねばなおざりにされてきたファウナ系人種の負の遺産を清算できぬのだ。


 そして何より風読みよ、そなたらにも急がねばならぬ用があるのであろ? 

 ふふ。言わずともよい。我らは我らの為すべきことを為すだけだからな。そなたらの計画に口を挟むつもりは毛頭ない。


 どうだ? これだけ譲歩すれば「呑めぬ」の返事に刃で返しても道理が通ろう?」


 ジニとヒナミは強く繋がれている、そう踏んでの交渉だがそれも確証があるわけではない。単にジニがヒナミを利用しているだけ、とも考えられなくはないからだ。


 となると今ここで一番欲しいのは互いの信頼関係だった。


 同じ目的で手を取り合う、といった理想的な望みは無理でもそれぞれの策略を尊重する、という形での連携は不可能ではないはずだ。

 いささか一方的ではあるものの、ジニたちとてこれ以上『ファウナ』に足止めされたくもなければ謀っている作戦を小突かれたくもないだろう。


「ふう。・・・いいでしょうメトマ。思ったより物分かりの良い方で拍子抜けしたくらいですよ。ふふふ。


 ヒナミ、メトマたちを案内なさい。集合場所は大丈夫ですね?

 ふふ、問題ないですよハユ。私たちには良い風が必ず吹きますからねえ。ふふふ。


 さ、暗足部のみなさんはこちらに。なんとかしてみますから。


 ・・・・これ以上の関わりはご免ですよメトマ。


 それとデイ。あなたへの「報酬」はこれでなくなりましたから。


 ・・・ダメですよ、裏切っちゃならないヒトを裏切っちゃ。」

「風読み、おま・・なぜそれをっ!・・・・ヒ、ナミ・・・?」


 自分を操る『フローダイム』の他に「報酬」などという言葉を使える者はいない。

 そうして 焦り、戸惑うデイの目はやがてジニの隣で笑うヒナミへ届く。


「悪く思うなデイ。・・・しかし操られる側から操る側に移るとこうも愉快だとはな。

 さ、ついてこい。案内しようデイ・・・今はどの地位にあるのかな。ふふふ。」


 完全な劣勢の中、不敵な笑みを浮かべるヒナミはメトマ・デイと騎兵班を、利用されたはずなのに勝ち誇るジニはハユを連れたまま暗足部を引き連れ聖都を目指した。


 誰が誰を利用したかはおそらく、結末から紐解いた時にだけ理解できるのだろう。


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