第5話
気がつけばベンチであおむけになって寝ころんでいた。厳しい陽光が目に差し込んでくる。鼓動が大きくなった。
「優月っ」
あたりを見渡すと奥の方に優月が彼女より頭一つ背の高い少年と一緒に歩いて奥へと進んでいる。
「優月っ」
もう一度呼びかけるが優月は何の反応も示さない。少年の黒い服、半ズボン、そしてあの黒いサンダル。大輔に間違いなかった。大輔が優月を道連れにしようとしているのだ。
「大輔、待ってくれ! 優月を返してくれ」
大輔は歩みを止めた。優月は不思議そうに大輔の顔を眺めている。酒井は走って大輔の元まで向かい、額を地面につけた。
「助けられへんくてほんまにごめん。おれが悪かった。お前が望むならおれが大輔と一緒に行くから。だから、優月は返してやってくれ」
額を地面にこすりつける。荒い砂利が額を削って痛みが走る。しかしこんなことしかできない。大輔の命はもうどんなに努力しても取り戻すことができない。
「あんた、こんなとこで何してんねや」
背後から声がした。しわがれた声だが聞き覚えがある。顔を上げると、優月が不思議そうな顔で酒井を見下ろしていた。大輔の姿は消えていた。土下座のまま首だけを捻ると、随分と皺の増えた住職が立っていた。
「そうか、あのときの僕か。えらいかわいい娘さんもできて」
住職は寺に上げてくれた。冷たいお茶をすすりながら、先ほど見た大輔のことを話した。
「お盆やから帰ってきたのかもしれへんな。でも大輔くんは本気で娘さんを連れて行こうとしたんやろうか?」
「どういうことです?」
「君の話やと大輔くんはずいぶんいたずら好きやったそうやないか。久しぶりに会うた君をびっくりさせようとしたんちゃうか。でも君が必死に謝るからそんなつもりなくて何も言うことができんようになって消えてもうた」
大輔との日々を思い出す。アパートの壁に野球ボールを当てて遊び、手元が来るってドアにぶつかって住民が追いかけてきたことがあった。大輔と一緒に必死で逃げていたがあのとき大輔は笑っていた。
「君は大輔くんの墓参り、言ってるか? 線香あげさせてもろてるか?」
「最近は全然……」
「せやったら墓参りして、大輔くんの家にいったりなさい。大輔くんも寂しいからいたずらしに来たんやろ。もういい加減、成仏させたらなあかんわ」
二時間ほど滞在しただけだったが車内はサウナのように暑く、あっという間に汗が噴き出してきた。
「優月、ちょっと墓参りとお父さんのお友達の家、いっていいか」
「えー? おとうさんのおともだちってだれ?」
「ずっと前にな、離れ離れになってもうてんや。今はずっと遠いところにいる。お父さん、ずっと墓参りしてなかったから、友だちが寂しがってるはずやねん」
「それはあかんなあ、おともだちはだいじにって、かなみせんせえもいってたで」
こども園の担任の名前が急に出てきて、酒井は口の端を持ち上げた。スマートフォンで近くのスーパーの中にある花屋に連絡し、花を注文した。
久しぶりに大輔の家に言って線香を上げさせてもらおう。長いこと行かなかったことと、あのとき、しばらく助けなかったことを心から謝ろう。怒鳴られてもいい。それが唯一できる罪滅ぼしなのだから。
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