第4話
後から住職や母から聞くと、急に眠り込んだように意識を失ったらしい、日中、長時間水分を補給せずにいて、加えて身体を激しく動かしたことで脱水症状を引き起こしたらしい。ただ漠然と覚えているのは釣り場から寺へと続く道に大輔が立っていたような気がしたのだ。でも実際はそんなわけはなかった。酒井が気絶している間、大輔は池の底から引き上げられ、助からなかった。
酒井は葬儀に参列し、棺にしがみついて大輔に謝った。大輔の父母にも何度も頭を下げた。
「たっちゃんが悪いわけちゃうねんから。それよりいつも大輔と遊んでくれてありがとうやったで」
葬儀のとき、それから毎年、墓参りと線香を上げるときにかならず大輔の母に言われていた。大輔がおぼれたとき、最初はふざけていると思って笑いながら見ていたことなど到底言い出せなかった。
「たっちゃん、もう来年から忙しくなるやろ。大輔のことは覚えててくれるだけでええねんから無理して来やんでええねんで」
大学四年になったとき、大輔の母からそう言われた。遠回しに「酒井が成長するのを見ると大輔がいないのが辛いからもう来るな」と言われているような気がした。以来、実家への忌避感に加えて訪問しにくくなっていた。
「優月、ちょっとお魚さん見に行くか?」
「行きたい!」
乗行寺に行く際の道沿いに大輔の家はあった。車は二台停まっているが、もう一台停められるスペースがあった。
「おれが大人になったら、ここに車停めんねん」
大輔がそう言っていたことを思い出す。
「おとうさん、どんなお魚さんがいるん?」
感傷に浸っていると優月が訊いてきた。
「ブルーギルとかブラックバスとかやな」
「聞いたことないー。金魚さんとか鯉さんはいるの?」
「いやあ、それはいいひんなあ。でも見たことないお魚さんやから楽しみやろ」
「うん!」
無邪気な返事は酒井の心をいやすのに十分だった。車を乗行寺の駐車場に停めた。二十四年以上経ってから来たものの、あの頃と何も変わっていない。優月の手を強く握りしめた。
「いいか優月、一つだけ約束してな」
「なにー?」
「ここにいるときはお父さんのおててを離したらあかんで」
「わかった!」
酒井は優月の手を固く繋いだまま寺へと続く道を進んでいった。緩やかに下る曲がり道だった。乗行寺もあの頃と何も変わっていない。もし住職が出てきたらどうしようかと思ったが、寺の中からお経が聞こえてきた。
「あっち行きたい!」
優月が指差したところは、酒井と大輔がいつも釣りに勤しんでいた場所だった。大輔が溺死したところでもある。
「もっといいとこあるぞ」
「いやや、いやや! あっちいきたい!」
優月は砂利を強く踏みつけ、つないだ手を離そうとする。酒井は仕方なく了承し、優月の歩幅に合わせて現場に近づいていく。釣り場もあの頃と変わっていなかった。池も茶色く濁っており、底が全く見えない。真っ白でぶよぶよの肉塊になった大輔が浮いてきやしないかと思ったが、奥の方で魚の跳ねる音がしただけだった。
「うわ! ザリガニさんがいる」
優月が指差す方を見ると、確かに岩間に赤いザリガニが隠れている。そのとき、急に頭が重くなった。ハウリングのように優月の声が聞こえる。
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