第3話

「ちょ、ちょっと頑張れ。何かに捕まっとけっ。すぐに坊さん呼んで来るから」

酒井は声を張り上げて大輔を鼓舞し、寺の方向に砂利道を駆けだした。丸く細かな砂利のせいで足に巻く力が入らない。足の親指を曲げて砂利を捕まえるイメージで腕を大きく振る。酒井は泳ぐことができない。いつもの釣り場から寺は割と近くに見えていたはずだが、いつまで走ってもたどり着かない気分だった。住職とは喋ったことなどない。でも大輔がおぼれている状況で躊躇っている場合ではなかった。

「すいませーん!」

 大輔が大声で寺へ叫ぶと、袈裟姿で頭を反り上げた住職が出てきた。

「どうした、ぼく?」

「友達が、おぼれて、助けてください」

「ほんまかっ、すぐいく!」

 住職は酒井に友達がおぼれているところを案内して、と言った。大輔が指差すと住職は下駄を脱いで走り出した。住職を案内できるように必死で追いかける。

「あっちです!」

大輔は言うが住職は返事がなかった。すると耳に携帯を当てた。

「救急車、お願いします。はい、あの、池で子どもがおぼれたみたいなんです。場所は乗行寺……」

 どうやら救急車を手配していることはぼんやりとわかった。釣り場まで戻って大輔を探した。しかし、さきほどおぼれていた場所に大輔はいない。池には大輔の黒いサンダルが片足だけ浮いていた。

「大輔! どこや! 大輔!」

「僕、大輔くんはどこでおぼれたんや」

 住職に訊かれている頃にはすでに酒井は大粒の涙を流していた。しかし、何とか指差すことができると、住職はそのまま池に入っていった。

「おーい! いたら返事してくれ!」

 住職は息を思い切り吸って頭ごと濁った池に潜った。住職の影はすぐになくなり、住職までもが消えてしまったのかと心配になる。しかし、住職は浮かび上がってきた。

「あかん、もっと奥か……」

 住職は首まで濁った池につかりながら呟いた。そこからの記憶は随分と曖昧になっている。

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池のなか 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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