カンフー少女と老いた悪役〜世界征服を目指した悪党も寄る年波みには勝てない〜
鴎
***
なぜかといえばカンフーの師匠に師事しているからである。
コテコテのカンフーの服装のじいさん、自称カンフーマスターの公園のベンチが住所のじいさんが師匠である。
その師匠に習い、有海はカンフーを学んでいるのだ。
型らしい型はない。
「本来武道とは自由なものだ」
それが師匠の言葉だった。
有海はそんな師匠と同じようにカンフーの服を買い、学校が休みの休日はそれを着て過ごしている。
今日も今日とて、街のはずれの公園で修練に励んでいた。
腰を低く落とし、それを維持する基本の動作。足腰が基本だと師匠は言っていたのだった。
「ふぅ、こんなところかな」
有海はそう言って腰を上げ、汗を拭う。
地味な見た目だが、それなりに体力を使う修練だ。
かなりの時間維持できるようになったがまだまだだ。師匠は1日この姿勢を維持できるのだと言う。
繁華街から離れ、住宅街との境あたりの公園にいる有海だった。秋の空はよく晴れている。
ここにもたまに師匠がいるが今日は来ていないようだった。
「今日はなにをしようかな」
有海は思案する。
いろいろ訓練はあるが、なににしても基本が大事だ。
公園の遊具は全て修練の道具になる。いくらでもやることはある。
「とりあえず走るか」
有海がそう言って走り込みを始めようとした時だった。
「失礼。君はジャッキーの弟子だね」
「む? 誰ですかあなたは。なぜ師匠の名を?」
有海の前のいたのは一人の男だった。
これといってなんの変哲もないおじさんだった。
休日を過ごすどこにでもいるおじさん。
やや腹が出ている以外これといった特徴はない。
「やはりそうか。ジャッキーは元気かな?」
「昨日も飲んだくれて『酔拳だ!』と喚いていました」
「ふふふ、変わりないようで何より」
おじさんは笑っていた。
有海はこの正体不明のおじさんをいぶかしむ。
「失礼ですが、どなたですか?」
「私かい? 私はジャッキーの宿敵だよ」
その言葉に有海は瞬時に間合いを取り、拳を構えた。
「いや、すまない。元宿敵だ。今はただの覇気のないおじさんさ」
おじさんの言葉に有海はまだ警戒を解かない。
本来カンフーマスターだとか、その宿敵だとか言われても胡散臭さしかないが、有海にとっては全てが事実であるように思われた。
有海にとっては全てが事実である。
「まぁ良い。このまま話そうか」
「何用ですか、私に」
「ただの気まぐれだよ。ジャッキーに久々に弟子ができたと聞いてね。顔を見にきたんだ」
「そうですか。さぞ満足したでしょうね」
「ああ、思ったよりね。友人の孫を見せてもらったような感覚だ」
おじさんはふふふ、と笑っていた。
「それは何より。出来の悪い孫ですが」
「なにを馬鹿な。君の重心を見るだけでどれだけのジャッキーが君を気にかけているか分かる。ずいぶんしっかり鍛えられているようだね」
「それほどでも」
「ふふふ、ジャッキーは元気にやっているのか」
そして、二人の間には静かな時間が流れる。
次の瞬間、
「龍虎破海撃!!」
「邪骨雲流蹴!!」
一瞬のできごとだった。
二人はお互いの技を交錯させたのだ。
拳と蹴りがぶつかり合い、すれ違い、2人は残心を残して止まった。
一瞬の間、
「ぐふっ、ジャッキーの教えは正しかったようだね」
おじさんの口元から一筋の血が流れていた。
「まだ続けますか?」
「いやいや、やめておくよ。もう私はただのおじさんだからね」
おじさんは寂しそうに秋の青空を見上げた。
「これでも昔は世界征服を目指した結社のトップだったんだ。いつだってジャッキーに邪魔されたけどね。武術で世界征服なんて、若気の至りだったけど。でも彼との戦いの日々は私の中で今も輝いている」
「今はもうその気はないと?」
「ああ、悪役だって歳をとる。歳を取ったらたくさんの現実を理解してしまう。正義の味方になりきるのも、悪の親玉になりきるのも、ひょっとしたら若者の特権なのかもしれないね。今はもう、私なんかじゃ足元にも及ばない悪党が、この社会にはたくさん潜んでいるのを知ってしまった。私じゃあ役者不足だよ」
おじさんは空を見上げながら語った。
なんだか有海には寂しそうに見えた。
「張さん、どうしたの?」
と、そこにやってきたのはまたなんの変哲もないおじさんだった。
「いや、ちょっと知り合いの孫に挨拶をね」
「そうだったのか。それより急がないと張さん。商店街の福引始まっちまうよ」
「はいはい」
そう言っておじさんはもう1人のおじさんに引かれていってしまう。
「じゃあね。良いカンフーだったよ」
そう言っておじさんは去っていった。
後には秋の冷たい風と有海が居る公園だけが残された。
「歳を取るって大変なんだなぁ」
有海はなんとなく感想を漏らした。
それが若者たる有海の率直な感想だった。
「そうだ! 今のこと師匠に知らせないと!!」
そして有海は走り出した。
この街のどこかに居る師匠を探しに。
高い高い秋の青空がそんな有海を見下ろしていた。
カンフー少女と老いた悪役〜世界征服を目指した悪党も寄る年波みには勝てない〜 鴎 @kamome008
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます