第26話 もう、龍仙珠なんて、どうでもいいんじゃね?
「私は香樹さま経由で、二人のお妃さまのことを聞いているから、
「佳栄さまのことを
霄のそれは嫌味なのだろうが……。
まあ、いい。
私に最後の饅頭を恵んでくれたので、とりあえず、今回は不問にすることにした。
「しかし、太上皇だって西方に流されて、後宮解散って話なのに、いまだに「妃」って呼ぶのも、変じゃないか?」
「……とはいえ、急に妃という敬称をつけずに、名前呼びも出来ないんだよ。あの妃たちは、新しい皇帝が自分たちのことを処罰できないと、高を括っているんだ。嘗められたもんだが、仕方ない。それだけ、彼女たちの実家は面倒だってことだ」
「なるほど。厄介な人達だということは承知したけど。あんな目で睨まれてしまったからな」
「本当に、両妃だったのですか? 見間違いでは?」
緑雨さんの指摘に、なぜか私ではなく、霄が首を横に振っていた。
「山育ちのこいつの視力は侮れない。人の名前は覚えられないくせにな」
「一言多いんだよ」
私は欠伸を押し殺しながら、昼間見た痛ましい光景を思い出していた。
二人の女性は尾行用なのか、地味な装いをしていたが、あの存在感溢れる血走った目は、何度か見かけた元妃たちに間違いなかった。
「いずれ
「……そんなことさせねえよ」
不機嫌を通り越した怒りの声に、ふと横を見ると、霄は荒っぽく杯に酒を注いでいた。
見目では分からないが、やはり酔っているようだ。
「俺もさすがに堪忍袋の緒が切れそうなんだ。お前に何かある前に、強制的に後宮から追い出してもいい」
「いやいや。ただ、陛下の寵愛とやらが欲しいだけかもしれないんだから」
「莫迦な。寵愛が欲しいなら、むしろ皇帝の機嫌を取るはずだろ?」
「じゃあ、何で?」
「だから、いけ好かない皇帝の妃を見て、イラっときたんだろうよ」
「私は、妃じゃないんだが?」
自分の趣味のために、後宮に居残っている香樹さまと他の妃は違う。
何年も後宮に閉じこもっていたら、視野も狭くなるし、皇帝の寵愛を受けることで、自分の価値を見出したくなる女性もいるかもしれない。
(二人のお妃さまとは、話したこともないから、分からんけど……)
まして、月凰宮はかつての仙人の修行場。
土地の力が良いように作用してる時は良いが、悪い方に傾いてしまったら?
もし、後宮内にそういった能力を持った人間がいたら?
自分の意思ではなく、負の念に操られることもあるかもしれないのだ。
(ん?)
……だとすると、濃い瘴気が発生していてもおかしくはない?
「悪かったな。霄」
「何だよ。気持ち悪い」
霄が口に含んでいた酒を吹き出しそうになっていた。
せっかく、私が下手に出ているのに「気持ち悪い」はない。
私は腹を立てながらも、嫌々言葉を足した。
「いや、霄が後宮の瘴気がとんでもないことになっていると話していたのは、嘘じゃなかったんだなって思って」
「今更、それを言うのか?」
「今更、気づいたからな」
「まあ、いいけど。陛下が後宮を訪れてから体調を崩されたのは事実だ。政務の疲労もあったかもしれないが、しかし、信用の置ける者達は「瘴気」の仕業だと断定した。そういうことだから、一応、お前が入宮する前に、色々と手は打っていたんだ。お前をここに呼んだのは、安全を確認するため……という意味合いも多少はある」
「多少?」
「そこそこ?」
「残りは、何処にあるんだ?」
「……」
結局、霄は皆までは言わないのだ。
話したくないことは、徹底して話さない秘密主義だから、これ以上、尋ねても意味がないのだろう。
……だったら、私が暴くしかない。
「つまり、霄。後宮全体を祓うことで一時的に良くなったとしても、原因が分からないと、またぶり返すかもしれない。内側からでないと、本当の原因が探れないから、私を龍仙珠で釣って、月凰宮に入宮させた。そうじゃないのか?」
「……それはだな」
相変わらず歯切れが悪いが、否定しないのなら、間違ってもいないのだろう。
私は拳を握りしめて、立ちあがった。
「そうと分かったら、私はもっと情報収集しないとな。他のお妃様にも会っておかないと!」
「何を急にやる気になっているんだ? 睨まれたんだろ。もう何もしなくていいって!
「それこそ、何を言っているんだ? あんたが瘴気を祓って、皇帝から龍仙珠を返しもらえって言ったんじゃないか?」
「それなんだけど……」
「ん?」
「もう、龍仙珠なんて、どうでもいいんじゃね?」
「はああっ!?」
「………オワッタ」
今度は緑雨さんが下を向いて、頭を抱えてしまった。
(ここに来て、すべてを否定してくるとは……。一体、こいつは何なんだ?)
「なあ、あんた、悪いモノに憑かれているんじゃないのか? 顔色も悪いし」
「そんなことあるっ……! ……いや」
……と、そこまでの激しい口調を引っ込めて、急に霄は目を擦り始めた。
「どうした。霄?」
「どうなさいました?」
「……ああ。確かに、俺……何かに憑かれているのかも?」
霄の謎の呟きに、私と緑雨さんは固まった。
私の背後を、霄が険しい表情で凝視している。
(何?)
広間は景色を楽しむ造りとなっているため、敷居や柱がなかった。
私のすぐ後ろに、廊下が見えて、その先に圧巻の庭園が広がっている。
(もしかして?)
瞬間、背筋に寒気が走った。
「もしかして?」
「なあ、春天。さっきから、俺には変なのが視えるんだが?」
「視えるのか?」
「ああ」
「やるじゃないか」
私は口角を上げて、霄が視ているモノの方に目を向けた。
「アレが、あんたにも視えるとは」
私が霄の前に出ようとしたら、舌打ちして霄が私の前に出た。
一人その場に取り残された緑雨さんだけが、胡坐のまま挙手をした。
「すいません。私には、何が何だか訳が分からないんですが?」
「分からないままの方がいいかも。そこに変なのがいるから」
「はっ?」
――と、緑雨さんが顔面蒼白で、狼狽え始めた瞬間……。
おおぉん
野太い咆哮を轟かせながら、巨大な白い大狐が突進してきたのだった。
(仮)仙女は、桃花源に行けない ~不器用皇帝は、溺愛するにも苦労する~ 真白清礼 @masirosumire
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