覚醒

改める誓い

 どれだけ逃げた。

 どれだけの距離を、どれだけの時間を、どれだけの日数を逃げ続けた。

 逃げて、逃げて、逃げ続けて、因幡いなば輝夜かぐや――基、輝夜姫は思い出した。


 自分が此の世に生を受けた意味。

 自分が、神の御手によって差し向けられた、使者である事を。


 どこかもわからない山野の只中。

 偶然に見つけた洞穴に入り、少し休息。

 時期的に、冬眠前の熊の掘った穴かもしれないが、留守の今は使わせて貰う。

 でなければ、会話すらままならない精神状態だった。もう洞穴でも洞窟でも何処でも、とにかく落ち着ける場所で、試みたかったのだ。


 しゅとの会話を。


「神よ。この祈りが届きましたらどうか、どうかお応えを……」


 冷たかった洞穴の中が急に温かくなり、空白の虚無へと誘われる。

 物体は何もなく、いるのはたった弐人。祈りし者と、祈られし者――即ちは、輝夜と神だけであった。


〖ようやく、語りかけてくれましたね。輝夜〗

「申し訳ございません……今の今まで前世の記憶を忘れ、因幡輝夜としての生をただ謳歌しておりました。主と交わした盟約も忘れて」

〖いいのです。貴女が因幡輝夜として過ごした時間の中で体得した剣技や体術は、これから私が齎す恩恵よりも、貴女の力となってくれるでしょう。貴女をここまで育て、守り抜いた夫婦の魂には、更なる幸福を与えると誓いましょう〗

「では、二人はもう……」

〖残念ながら〗

「そう、ですか……」


 自分の本当の親ではない。

 神が選んだ、自分の育て役としての両親。

 自分の本当の母の事は上手く思い出せないけれど、あまり良い印象を持ってはない。父親に関しては影も形もない。


 だから、心の底から悲しみ泣いた。

 涙が溢れて堪らなかった。


 壱漆年――あと参年で成人という歳まで育てて貰った。

 色々な事を教えて貰った。


 彼らにそんな気はなかっただろうけれど、生きるための術を――これから戦い抜くための術を、全身全霊で叩き込んでくれた。

 この血肉が今もあるのは、紛れも無き両親のお陰。


 故に、幸福を願う。冥福を祈る。

 尊き命が喪われた事に悲しむ。


 感謝も何も伝えられなかったから、せめてもと祈る輝夜の頭に、神は手を差し出した。


〖これから貴女に与えるのは、貴女に一番適した力……しかしそれは、貴女が最も嫌う力です。どういう事か、わかりますね〗

「……我が母が星一つを滅ぼすため、永きに亘って研究し続けていた力、ですね」

〖無論、星を滅ぼすなどと言った力を与える事は出来ません。与えたところで、貴女の身が持たない。故にこの力は、貴女の剣術、体術に比例して力を向上、解放させる物としてあります。この程度しか出来なくて、申し訳ありませんが〗

「構いません。両親の故郷は、今やこの因幡輝夜の故郷。この星に跋扈する悪鬼羅刹を斬り付くし、世界に平和を齎す事を誓います」

〖……ではせめて、一つだけ助言をしましょう。ここから西に向かうと、武天ぶてんという都があります。西の猛者が集う場所。そこで、共に鬼を討伐する仲間を見つけなさい。様々な種族が住んでいますから、きっと一人は協力してくれる者がいてくれるはず〗

「わかりました。主の導く先に、世界の平穏と我が剣の冴えが在らん事を」


 寒さを感じた時、戻って来たのだと理解した。

 体ごと空白の中にいたのか、意識だけそこにあったのか、曖昧でよくわからない。

 が、今後の方針は決まった。


 目指すは西の都、武天。


「……父上、母上。行って参ります」


 こうして、因幡輝夜の鬼退治の旅路が始まった。

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因幡輝夜の剣戟譚 七四六明 @mumei

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