生きるために足掻く権利

 輝夜かぐやは、どれだけ逃げられただろうか。

 怪異が先回りしていないだろうか。

 何とか、無事で逃げて欲しいものだが。


「どうした人間! こんなものか!」


 抉るように繰り出された拳を流し、背中を相手の腹部にくっ付けるようにして流した威力を背中を伝って打ち、自身の倍以上ある巨躯を吹き飛ばした。


 鉄山靠てつざんこう

 中つ国に伝わりし拳法の技の壱つを、因幡流合氣道にて昇華した技。

 相手の攻撃を利用して、虎徹こてつでは発揮し切れない威力を相手に叩き込む。


 が、浅い。

 まるでいわおを打っているかのような硬さ。

 だがまだ、打てば響く。ならばまだ、打開策はある。


「効くかよ、そんなのがぁ!」


 繰り出された拳の下に潜り、脇下に肩を入れて瞬間的に担ぎ上げながら腕を絡め、一本背負いの要領で投げ飛ばす。

 が、鬼は他三本の腕で着地し、前に転がって衝撃を吸収。痛みを最小限に留め、再び襲って来た。


「こんの、クソ尼ぁ!」


 肆本もの腕で繰り出される拳が、嵐のように飛んで来る。

 虎徹は手刀で鬼の手首を払って軌道を変え、躱しながら後退し続ける。


 戦いの最中に立ち位置を変え、後ろに下がれば下がるほど洞窟へと遠ざかっていく構図にしたお陰で、捌く事が出来ていた。

 鬼も自分の攻撃が全然当たらない事で頭に血が上っているのか、反転して輝夜を追い掛けようとは今のところして来ない。


 それでいい。

 他の鬼も来ていない今、自分も全力でこの鬼と対峙出来る。


「さっさと、くたばれぁ!」


 拳を手刀に変え、攻めて来る。

 攻撃力を上げたつもりなのだろうが、虎徹からしてみれば好都合。手刀の一つを弾いてすぐに捕まえ、人差し指を一本持つと、本来曲がらない方向に曲げて鬼に悲鳴を上げさせた。


 痛みを逃がすために立ち回る鬼を追い掛けるように回り、更に大きく指を歪ませる。

 更に悲鳴を上げてよろける鬼の足を払って顔面を地面に叩き付けると、頸椎を強く踏み付けた。


 本来ならこれで頸椎が砕けているところだが、この鬼の体はかなり硬い。

 これまで相手して来た鬼と比べても異様な硬さだ。踏み付けでなく足刀で攻撃していれば、足が折れていただろう。


「こ、のぉ……!」

「頑丈よな。だが、なまじ頑丈だと地獄を見るぞ? こんな風にな?」


 指を離して腕を抱え、肘を反対方向に曲げて痛みで起こす。

 鬼が攻撃して来るより先に再度腕を曲げて振り回すと、肩と頭を落とすようにして体勢を崩させ、足を蹴ってまた払って倒すと、再び頸椎を攻撃。

 倒れた鬼の背中に馬乗りになりながら腕を曲げて折ると、鬼は声にならない声を上げて痛がった。おそらく生涯で初めて骨折したのだろう。腕を押さえた状態で蹲り、限界まで口を開けて悶えている。


「腕が! 腕がぁ! 畜生! 人間如きに折られるなんて、畜生がぁっ!!!」

「いつまで蹲っている」


 鬼が参本の腕で押さえる腕の、折れている関節を蹴る。

 参枚の掌の上からでも蹴られた衝撃は貫通し、激痛が走って悶えさせた。


(そろそろ輝夜は洞窟を抜けたか……私もすぐに追わねば――!)


 もう壱撃。

 次に狙うのは喉仏。

 幾ら硬いとはいっても、喉まで硬くはないはずだ。


 が、先に鬼が蹴るために足を振り上げた虎徹の足と逆の足を捕まえ、立ち上がりながら持ち上げた。

 先程まで一方的劣勢に立たされていた鬼が、猟奇的笑みを浮かべて拳と手刀を作る。


「さっきまで好き勝手やってくれたなぁ、この尼ぁ!!!」


 拳に殴られ、抉られ、手刀に刺され、斬られる。

 逆さまの状態で防御はほとんど間に合わず、体に深々と突き刺さる拳と手刀とで防御が揺らぎ、更に深い壱撃を貰ってしまう虎徹の体は、着物が彼女の体液で真っ赤に染まっていく。


「なまじ頑丈だと地獄を見るって?! 今まさに地獄だなぁ、クソ尼ぁ!」


 わざと急所を外し、甚振って来る。

 最初は傷を浅くし、徐々に深く抉って遊んでいる。

 今は自分に意識が向いているが、こんな残虐な鬼がもし、息子の下へ行ったなら。


「こ、ころ……」

「あん? もう殺してってか? そうだなぁ……じゃあ要望通り……殺してやるよぉ!」


 鬼の手刀が、先程虎徹が狙った喉目掛けて繰り出される。

 が、虎徹はこの一撃を両手で受け、その威力で体を揺れ動かすと、反動でもう片方の足を持ち上げ、鬼の目玉へと足刀を繰り出し、穿ち抜いた。


 さすがの鬼も目を抉られては堪らないらしく、堪らず虎徹をその場に落とし、参本全ての腕で目を押さえ、痛みを散らさんと転げ回る。


 何とか脱出出来た虎徹だったが、今の攻撃を出すために両手を犠牲にした。元より他人より小さかった手の中央に大きな風穴が空き、掴む力は穴から抜けてもう残っていない。

 虎徹にはもう、戦う術が残されていなかった。


「腕だけじゃなく目まで……この、この、このぉ! このクソ尼がぁ!」


 拳を作って突進して来る鬼に対し、虎徹も合わせて肉薄。

 手を持ち上げて鬼の片目に両手を意識させ、そのまま飛び込んだ虎徹は鬼より体勢を低くし、喉仏目掛けて頭突き。

 そのまま後ろに倒れる鬼に乗り、喉への頭突きを繰り返した。


 喉とはいえ、やはり硬い。

 先程蹴ろうとしたが、蹴らなくて寧ろ正解だった。

 参度頭突きしただけで、額が切れて血が噴き出す硬さ。蹴っていたら間違いなく、蹴った足が折れていただろう。


「こ、こ……!」


 鬼も反撃して来る。

 参本の腕が嬲るように殴って来るが、虎徹も引かない。体を限界まで反り、頭突きで喉を潰す。

 鬼の体が痙攣し始め、徐々に力と生気が失われ失われていく最中でも、虎徹は頭突きを繰り返す。最後の最後まで、鬼が息を吹き返す可能性を孕まない状態になるまで、止めようとしない。


(輝夜、輝夜……私の、私達の息子。例え村の者達がおまえをこの先罵ろうとも、この先おまえを怨もうとも、私は、母は許す! 誰しも生きるため、生き抜くために足掻く権利がある! おまえと鬼が対峙した時、おまえにもその権利があった! それだけの事!)


 鬼の手が、わずかにだが動いた。

 故にまた、頭を振り被る。


(鬼もまた生きる者。生きるために足掻く権利は、誰にでもあるのが必定。どれだけ野蛮な種族だろうと、どれだけ血生臭い種族だろうと、生きている限り、生きるために足掻く権利は誰にでもあるのだ、あってしまうのだ。だから、足掻く意志だけは奪われるな! 生きる意味を見出そうとするな! 生きる目的を見つけようとするな! 意味も目的も、後から勝手に付いて来る! だから、今はただ生きろ! 生き抜け! 生きて、生きて、生き続けて――)


 鬼の喉が陥没。頸椎が砕け、鬼は完全に絶命した。

 夜空を仰ぎ、風に吹かれる虎徹の頭は脳震盪を起こし、その場から動く事が出来ない。

 故に魔王が来ても、動き出す事が出来なかった。


「見事だ、人間の女。よもや羅生門鬼を倒すとは……最期に言い残す事はあるか?」

「……おまえには、無いな」

「そうか」


(輝夜、私達因幡の息子。どうかこの先も生き続け、抗い続け、足掻き続け、幸せになってくれ)


 魔王の刀が、虎徹の心臓を貫く。

 洞窟を抜けた先で母を待ち侘びていた輝夜へと吹き付ける風が、彼の胸に報せ、彼に先を歩かせた。

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