因幡輝夜の剣戟譚

七四六明

死、転生、覚醒

月の姫

 警報が鳴り響く。

 警備員、研究員、世話係が走り回る。


「姫様! 姫様!」

「おい、姫様は何処に行った?!」

「とにかく探せ! 隅から隅まで、草の根掻き分けてでも、探し出せ!!!」


 馬鹿な事を言う。


 ここは月だ。

 草の一本も生えてなどいない。

 普段の食事だって、他の星から賄っているのだから。


「おい、姫は何処じゃ。早う見つけよ!」

「今、総動員して探しておりますが……」

「まさか、兵器開発室にいるのではあるまいな!」


 さすがです、母上。

 ですが、少々遅かったですね。


 姫の目の前に並ぶ巨大な鉄塊。

 兵器開発室にあるのだから、もちろん兵器だ。それも、国どころか星さえ滅ぼしてしまえる程の。


 認める訳にはいかない。

 許す訳にはいかない。

 国一つ滅ぼす兵器とて許されざる存在なのに、星そのものを壊すなど、大量殺戮の度を大きく超えている。開発を命じた母、女王殿下の気が知れない。


「おい、開かないぞ!」

「姫様?! 姫様! ここにいるのですか?! お開け下さい!」


 それは聞けない相談だ。

 目の前の兵器ももちろん、兵器を開発出来てしまえる施設も設備も何もかも、この場で破壊してしまうのだから。

 尤も、三重に施錠した密閉空間でそんな事をすれば、自分もまず生き残れはしないだろうが。


 それを察した者がいるのか、扉を強く叩かれる。

 声は緊迫感を得て、怒号の様に飛んで来る。


 だがもう、止まらない。止まれない。

 自分に破壊の意思ありと認められた今、この時を逃せば今後機会はないのだから。


「……」


 最後に、窓の外に目を配る。

 自分の部屋からもいつも見えていた青い星。

 名前は知らない――いや忘れてしまったけれど、自分は青い星の輝きが好きだった。時折見える緑、大地の色が好きだった。


 あの星を壊すと言うのなら、あの星に生きる生命を殺すと言うのなら、私は、黙認する事など出来ないのです。


『母上』


 通信機越しに母親を呼ぶ。

 何処にいるんだと叫んでいるだろうが、残念ながら言葉を残す気こそあれ、話する気はさらさらない。

 例え母と言えど、兵器の開発を命じた彼女は、私にとって敵なのだから。


『まもなくこの施設は破壊されます。これでも血の繋がった親子だからと、月への強制退去はまだ許していましたが、あの星を攻撃すると言うのなら話は別です。歴代輝夜かぐや姫の忌まわしき風習も、これで終わる。さようなら母上。せめて愛する月と共に果てなさい』


 言葉の終わりと共に、起爆。

 大量の爆弾の爆発により、兵器も誘爆。結果、月が抉れるように爆ぜ、月は真の三日月の形へと生まれ変わる。


 さようなら、名も知らぬ青き星。

 どうかの地に住まう者達に、幸せが在らん事を――。


〖惜しい。そこまで彼の星を愛せる人が、他にいるだろうか。彼の星のために何か出来る者がいるだろうか。今後、現れるだろうか〗

 誰?

〖此の者しかおるまい。此の者しかいまい。此の者なら、彼の星の安寧のため、彼の星の人々のために尽力してくれるはず〗

 誰か、そこにいるのか?

 ここは、天国ではないのか? 地獄ではないのか?

 其方は、誰だ。

〖輝夜姫。青き星にて育ち、月に帰りながらも彼の星を愛した姫。汝に神の加護と、新たなる生を与える。その代わりにどうか、彼らのために、力を尽くして欲しい――〗

 此の身が役に立つのなら、如何様にも。


 こうして、姫は神の御手によって転生を果たした。

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