誇り高い黒星

ペアーズナックル(縫人)

誇り高い黒星

 そうね、あれは私たちが眠神として登録される前の話ね。昔、遠い昔、私はまだ生身の人間で、ドリィやトライヴァと三人で眠神登録戦で戦っていたわ。眠神は年に一度、ピロマ・クラルで最も優れた九人の戦士を選び出して、ユメネギが呼び出す眠神として登録する決まりだったの。眠神になることはとても誇らしいことで、腕に覚えのある老若男女はみなこぞって戦いに参加していたわ。


 戦いといっても、一対一の戦いだけじゃなくて、時には集団で挑まれたり、地の利を生かした攻撃をされたり、または闇討ちされたり様々だった。とにかく、勝てばよかったのよ。戦いの強さは力だけで決まるものではないという考えが、戦士たちの常識だったわ。最も、私はそれらもまとめてみんなやっつけちゃったけどね。


 そんな私でも、時々不注意で戦闘中にケガをすることがあったの。たいていの場合はその時に相手が一気に畳みかけてきて、負けることもあったわ。場合によってはそこで油断した相手の懐に思いっきり刃を突き立てることもあったけど、成功する確率はほぼほぼ半々で、うまくいかないこともあったわ。


 だけど、たった一人だけ、私が戦闘中にケガをしても追い打ちをかけないどころか、剣を収めて引き分けにした戦士がいたのよ。そいつは決して強い相手じゃなかった。ケガをするまではむしろ、私が優勢だったの。全く私もドジよね、岩場を戦場に選らんでおきながら岩の隙間に足を挟んでひねるなんて……


 私は岩の上に倒れこんだわ。その戦士は私に近づいた。ああ、こいつも追い打ちをかけるつもりだな、と思って私はこっそりと反撃の準備をして、相手を油断させるためにこう言ってやったの。


「運がいいわね、名もなき戦士さん。私との戦いで白星を付けられるなんて。これであなたも眠神に一歩近づくね。さあ、一思いにやりなよ。」


 私は冷ややかに笑って、そいつの攻撃を誘ったわ。だけどそこからが私の想定外だった。そいつは私に攻撃するどころか、剣を収めたのよ。古代ピロマ・クラルでは自分の得物を勝負中に収めるということは不戦敗の意を示すの。さすがの私もびっくりしたわ。


「あなた、何を考えてるの!? この千載一遇のチャンスをみすみす捨てるなんて……」

「……」


 その戦士は私の問いかけを無視して、私のそばに自分が持ってた痛み止めの薬と包帯を置いて、こういったのよ。


「この勝負、いったん預けよう。その薬で傷を直してから、また改めて戦おう。今度は、ケガしないように平地でやろう。いいな。」


 そういってその戦士は去っていったわ。それからしばらくたっても私はまだ信じられなかった。だってそうでしょ? 眠神になるために戦うなら一回でも勝った方がいいはずなのに、私を倒していれば自分が眠神になれる可能性がぐんと上がるのに、そいつはそれをしなかった。それどころか敵に塩を送るような行為をして、また改めて戦おうですって? そんなことを言われたのは生まれて初めてよ。戦士ってみんな勝つためなら何でもするものだと教わってきた私にとっては、そいつとの出会いは衝撃的だったわ。


 不戦敗は、それを宣言する人がその判断をした時点で成立するの。だからこの時の勝負は一応私の不戦勝ということで処理されたわ。普通なら別に何とも思わなくて、むしろ丸儲けでやったーラッキーみたいな感じだったのに、なぜかその時の私は納得がいかなかったのよ。こんなに納得のいかない勝利は初めてだったわ。そこで私は、登録戦の運営サーバのデーターを少しだけハッキングしてそいつが住んでいる住所の情報を手に入れたの。そしてそいつの家を訪ねて行って、なぜあの時私を不戦敗にしてまで見逃したのか、納得のいくまで問い詰めてやろうとしたのよ。


 そいつの家は雨露をしのげる程度のあばら家だった。そしてそいつを呼び出した時のそいつの驚きっぷりと言ったら! 自分で蒔いた種でしょうに。


「なぜ、ここに来たんだ。どうやって?」

「そんなの私の勝手でしょ。聞きたいことがあるのは、むしろこっちの方なんだから。上がるわよ。」


 そして室内に上がり込んだ私は囲炉裏の前に座ってそいつに今自分が思っている感情を全部ぶつけて問い詰めたのよ。


「……というわけで私は今日ずっと腑に落ちなくて困ってるんだけど! あの行動の理由を説明してくれない? 納得のいく答えを聞くまで帰らないから。」

「そ、そんな……別に語るほどのことでもないのだが……」

「言葉を濁す男は嫌いよ。」

「……わかった。」


 そいつは観念したのか、囲炉裏に座り込んで炉端焼きにしていた魚を食いながら話し始めたのよ。


「俺はな、この眠神登録戦の参加者の中ではおそらく下から数えた方が早いくらいのレベルだ。そこまで弱くはないが、たいして強くもない。そして目立った特徴も、個性もない。自分でいうのもなんだが、いわゆる凡夫だ。だけど、俺は凡夫だからと言って心まで凡夫にはなりたくない。勝っても負けても、正々堂々としていたいんだ。勝ち負けがすべてのこの登録戦においてそんなことを言うのはおかしいと思われるだろうが、それでも俺は戦い以外の要因で傷病を負った相手に追い打ちをかけるような、卑怯なことはしたくない。あくまでも正々堂々と実力で倒したかったんだ。」

「運も実力のうちって聞いたことないの? もしそんなことを続けていたら、貴方いつか死ぬよ。 けがが治った瞬間に襲ってこないとも限らないのよ。」

「その時は迎え撃つだけさ。これでも戦士の端くれなんだ。相手の殺気ぐらい読める。 そう、君がその背中に隠してる羽刀や、右腕に備えてあるソデガエシもね。」


 びっくりしたわ。全然弱くないじゃない。私は常に何かあったときのために体に暗器を仕込んでいるのだけれど、まさかそれを二つも見破るなんて。さすがにに隠してる"ホトチギリ”には気が付かなかったようだけど。


「そこまでの目を持ちながら、どうしてそんなに正々堂々とした戦いにこだわってるの? どんなに卑怯な手を使っても、勝ちは勝ちよ。 変な信条にこだわって勝てる戦いまで捨てるのははっきり言って下策よ。」

「一度卑怯な手を使えば、俺はずっとその手を使い続けるだろう。勝ち負けがすべて、それはほとんど獣の戦い方だ。だが俺は戦士だ。勝敗は戦士の常。勝ちに驕らず、負けを恥じず。正々堂々と戦うからこそ、勝利も敗北も、等しく神聖なものになる。俺がもらい受けた戦士という誇り高い神聖な肩書を、そんなことで汚したくはないんだ。」

「……」

「もちろん、これはあくまでも俺個人の考えで、君やほかの参加者の考えを否定するわけではない。人には人の正しさがある。」


 私は戦闘民族一家の三姉妹の次女として生まれて以来、戦いは勝利こそすべてと教わって今まで生きてきたわ。それが当然だと思って、疑いもしなかった。でも彼と出会って、頭を後ろから思いっきりぶっ叩かれたような気持だったわ。戦いにそこまで強い信念をもって挑む人がいるなんてね。そして私はこう思ったのよ。彼こそ、強さだけを求める登録戦参加戦士たちの誰よりも、眠神にふさわしい人物なのじゃないかって。そう、私自身よりもね。


「これで分かったか?」

「……まあ、とりあえずは。」

「ならもう行け。夜が更けないうちに。暗くならないうちに宿を探すんだ。」

「……待って。 まだ用は終わってない。」

「用って……あれだけじゃなかったのか?」

「あなたがさっきくれた痛み止めはよく効いたわ。ありがとう。おかげでだいぶ直って、すっかり元通りよ。」

「そうか、それは良かった。」

「それで、貴方はこうも言ってたわよね。けががすっかり治ったら、また戦おうって。」

「……まさか。」

「そのまさかよ。でも激しく戦うのはなし、古式決闘で一瞬でけりをつけましょう。」

「し、しかし……」

「早くして。」

「う……わかった。」


 古式決闘は、どちらかが先に得物を抜いて、相手に一撃を与えれば勝ちの単純なルールよ。そいつは剣を左足の隣において、私は暗器を持ってるからそのままで、そして私たちは、囲炉裏を挟んで、座って向かい合ったの。しばらくそのまま互いに見つめあってたわ。目を離した瞬間にやられるからね。普通なら時間が経つにつれて目線がぶれてくるからそこを狙いたいんだけど、そいつは全くぶれないのよ。だから私は目を見つめるしかなかったわ。


 不思議と、それを苦痛に思うことはなかったわ。こうして改めてみるとそいつの顔、なかなかいい顔してるから、ずっと見ていられた。でもそれがよくなかったのね。そいつの顔を見ているうちに、私の中にだんだんこんな考えが浮かぶようになったの。この人が眠神になった瞬間をみてみたいなあ、この人と一緒の景色を見たいなあ、この人を、もっと知りたいなあ・・・って。


 その瞬間、囲炉裏に燃え上る炎をかき消すようにして、私の脇腹に彼の剣が当たったの。私の頭の中に沸いた一瞬の雑念を見逃さなかったのね。脊髄反射で私も右袖のソデガエシを出してたけど、紙一重で届かなかったわ。


「……俺の勝ちだ。」

「……そうみたいね。」


 そいつが剣を収めて白い星がそいつの網膜に光ったとき、暗器をしまった私の疑似網膜に黒星が一つ追加されたわ。だけどどうしてかしらね、この黒星はいつもの黒星よりも誇らしく見えたの。そしてなぜか、切り付けられた脇腹よりも胸の中がずきずきと痛んできたわ。


「攻撃しないのか?」

「何言ってるの、古式勝負だといったじゃない。」

「勝てる戦いを捨てるのは下策と言ってなかったか? 俺が剣を収めたときにいくらでも攻撃できたはずだ。」

「いいえ。この戦いは負け勝負。私が負けるべき戦いだったのよ。でも私、黒星をもらってこんなに誇り高い気分になったの初めてよ。勝利も敗北も等しく神聖、あなたの面白い考えに感化されたからかもしれないわね。」

「……そうか。ならもうこれで用は済んだろう、だがもう遅い。今日はここに泊まるといい。」

「ありがと。……っ!!」

「どうした!?」

「傷が……結構深かったみたい……ごめん、薬をまたくれない?」

「わかった、これを使って……むっ!?」


 うふふ、彼は殺気をはらんでるとすぐに感づくけど、そうじゃないところっと騙されるのね。無邪気に薬をとって伸ばしたその腕をぐいっと引き寄せて、その唇を奪ってやったわ。その時のそいつの驚いた顔と言ったら!今でも瞼を閉じればすぐに思い出せるわ。


「ぷはっ、な、何をする!」

「言ったでしょ、傷が結構深かったみたいって。」

「ど、どういうことだ……?」

「決まってるじゃない。あなたが私をのよ。女の子を一目惚れさせた責任。とってもらいますからね。」

「ええっ!?どうして、なんで、意味が解らな……」

「んもう、うるさい口ね。」

「……むっ……むぐ……」


 私はもう一度彼の唇を私の唇でふさいでやったわ。一対しかない布団を敷いたらあとは互いに裸で好き放題やりまくったわ。もっとも彼、どうもこういうことはからっきしだったらしくて私が一から教えながらリードしたからほとんど私の独り相撲みたいだったけど。それから囲炉裏の火もすっかり消えて、星の光が夜空にきらめくようになったころ、私はついに精魂尽き果てた彼の傷だらけの胸に抱き着きながらこうささやいたの。


 「ごめんなさいね。私、いちどむらっと来ると止まらないの。もし恋人とかがいたのなら許して。」

「いいや、俺は独身だから大丈夫だ。それに……意外と、悪くなかった。」

「あらそう、ならよかったわ。」

「むしろ、俺は君に聞きたい。本当に俺みたいな根無し草でいいのか? さっきは偉そうに戦いは神聖なものと俺はのたまったが、俺についてきても眠神になれるとは限らない。きっとつらい道のりになる。」

「辛くて結構。楽してなれるなら最初っから参加してないもの。それに、あなたのような面白い人こそ、私のような強い人が守ってあげなきゃ。」

「守る……?」

「そう。私はあなたの盾。正々堂々と自分の道を突き進むあなたをつけ狙う卑怯な奴らを追い払うの。あなたの背中は私が守るわ。だから、貴方は安心して、あなたの道を突き進んで。そしてその先の景色を、私にも見せてほしいな。」

「……わかった。これからよろしくな。あ、ええと……そういえば、名前はなんていうんだ?」


 ここで私たちはある重要な事実に気が付いたの。まだお互いに自己紹介していなかったのよ! 名前も名乗らずに初見の男と一夜を過ごすなんて、若いころとはいえ私としたことが本当にうかつだったわね……。


「ああ、ごめんなさい私ったら、まだ名前を言ってなかったわね。……私はベニィよ。貴方は?」

「俺は、ユメヒトだ。これからよろしくな。ベニィ。」

「よろしくね……ユメヒト。」


 これが、私たちのなれそめよ。そして私たちは、翌日、契りを結んだの。おそろいの黒い宝石を、誇り高い黒星を埋め込んだ、指輪を付けてね。


・・・



「それからまたいろいろあったけど、結果的にユメヒトと私を含めて、そう今ここにいる全員が無事に眠神になって、ピロマ・クラルの防衛の任についたの。そのときに、枕に私たちの情報が書き込まれて一人のユメネギのもとへ渡ったの。それが、エルムくん、あなたの先祖だったのよ。」

「そうだったんだ……なんか、とっても素敵な話だね。」

「ウフフ、でもあの人、なんだか最近冷たいのよ。私が求めてもそっけないのよ……」

「もしかして、倦怠期ってやつかな?」

「アハハ、貴方よく知ってるわね~。」

「お、おい湯目野エルム!! もう少し言葉を選べ!!」

「あら、あなたいたの。いつから?」

「最初っからずっと聞いていたぞ!」

「ユメヒト、だめじゃないか紅天狗にそっけない態度をとっちゃ。」

「ち、ちがう、私は別にそっけない態度をとっているわけじゃない、ただ……」

「ただ?」

「う……えと、その……」

「んもう、はっきりして。ってあれ?」

「あ! ユメヒト、顔に”好”って文字が。」

「うああ! 見るな、見るな!!」

「そうか、わかったわ。感情がその電光掲示板みたいな仮面に表示されるから、それを見られるのが恥ずかしいのね?」

「見ないでくれ、見ないでくれーっ!!」

「別にいいじゃない、私たちの愛の強さ、見せつけてやりましょうよ。さあ、その手をどけて。私に見せてよ。」

「み、見ないで……くれ……」

「ウフフ、”恥”なんて文字を表示しちゃって。あの頃から全然変わらないのね。すっごくかわいいし、とっても……そそるわ。」

「うぅ……」

「あ、あはは……二人はとても仲がいいんだね。」


 しどろもどろになっているユメヒトと彼を手玉に取る紅天狗の右薬指には、黒い星が収まったおそろいの指輪がきらきらと輝いていたのだった。

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