別館さん

藍田レプン

別館さん

 ゲイ風俗店で働いているNさんから伺った奇談である。

「うちの店が利用しているのは今は○○にあるマンションのワンフロアだけなんですけど、昔は別の場所にもう一つ個室があったんですよ」


 でね、その今は無い個室……別館に寝泊まりしていたボーイがいまして、仮にA君としておきますか。その子が別館に幽霊がいる、お祓いしてくれ、なんて言うんですよ。

 別に僕霊感があるわけでも無いし、何にもできないんですよ。ただ僕、魔術や宗教学の本が好きで、そういった本を職場にも置いていたから、A君勘違いしちゃったんでしょうね。だからまあ、わかった任しとけって言って。こういうのって気持ちの問題だと思うんで、お祓いをしたってA君が信じれば、見えなくなると思ったんですね。

 で、別館に塩を撒いて、なんか適当な儀式をして。さ、これでお祓いしたからもう幽霊出ないよ、ってA君に言ったんですよ。

 そしたら、翌日からA君職場に来なくなっちゃって。


「何ともありがちではありますが、それからA君は行方知れず、という事でしょうか」

「いえ、それが数か月後に見つかりまして。A君ね、殺人容疑で逮捕されちゃったんです」

「……え?」

「少しゲイ風俗の歴史にまつわる話になっちゃうんですけど、今のゲイ風俗ってオーナーがゲイでボーイもゲイ、ってところが多いんですけどね、昔のゲイ風俗ってオーナーもボーイもゲイじゃなくて、なんていうかなあ、お金を稼ぐ手段として割り切っていたというか、ゲイ風俗の他に恐喝とか悪い事もやってるような子が多くてね、界隈では『プロ』って呼ばれてました。そのA君も元プロだったらしくてね」


 プロ時代、A君の居たグループ内で、金銭問題の揉め事が起きて、仲間の一人を殺して、その死体をバラバラにして、仲間内でパーツを分担してあっちこっちに捨てたらしいんですよ。それが見つかったって。


「馬鹿ですよねえ、そんなことしたら見つかるに決まってるじゃないですか。バラバラになんかしないで、深い穴掘ってそこに埋めりゃあいいのにね」

「成程……だから、彼は罪の意識から幽霊を見た……その別館に原因があった訳では無いんですね」

「と思うじゃないですか」

「え?」

「A君以外のボーイも別館に行くと幽霊の気配を感じる、って言うんですよ」


 その別館はマンションの一室にありまして、玄関を入ると廊下があって、大きなワンルームがある間取りでね、そのワンルームをパーテーションでがっちり区切って、二部屋として使ってたんですよ。

 それでボーイがお客さんと一緒に片方の部屋を使っていると、誰もいない筈のもう片方の部屋から気配を感じる、って言うんです。

 それは丁度こう、パーテーションに誰かがもたれかかっているような感じで。ぎしぎしと、ね。あと、戸の隙間を誰かが横切った、なんて話もよくありました。ボーイとお客さん以外誰も入れない筈なんですけどね。

 別館はあくまで本館に客が入りきらない時に臨時で使うための場所だったから、二部屋に分けてはいたんですけど、いつもどちらか一部屋しか使っていなかったんですよね。


「ボーイたちは『別館さん』って呼んでましたね。年齢も性別もわからないらしいんですけど、あそこには別館さんがいる、って」


 で、気になったんで少し調べてみたんですよ、そのマンション。

 そしたらね、T事件って知ってます? かなり昔の事件だから若い人は知らないかもしれないなあ。ある会社の会長がね、テレビの生中継中に殺された事件なんですけど。その頃のテレビって生中継が多かったから、お茶の間に犯人が乗り込んで会長を殺すまでの一部始終が流れちゃったっていう。まあエグい事件があったんですけど、どうも別館に使ってたそこが事件現場だったらしくて。


「道理であの立地にしては異様に安かったわけですよ。ま、今はマンションも解体されて存在しないんですけどね」

「じゃあ、別館さんはその殺された会長の霊なんでしょうか」

「それもよくわかりません。恨み言を言う訳でも無し、ボーイたちは気配は感じると言ってましたけど、姿をはっきり見た子はいませんでしたから。ああ、でも別館さんは女性だ、と言ってた子は一人いたかなあ」


 まあ、別館さんの正体は今でもわからないんですけど、時代的にゲイ風俗はA君のようなアウトローが働きやすい職場だったこと、別館が曰く付きの事故物件だったこと、そんな事故物件だったからうちみたいなゲイ風俗店が安く借りられたこと。

 なんていうのかな、そういう条件が重なったから『出る』のも必然だった、と言えばそんな気もしますね。


「僕は一度も見てないんですけどね、別館さん」


 そう言って、Nさんは穏やかに笑った。


 場所は伏す。

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別館さん 藍田レプン @aida_repun

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