国を失った姫はチート級魔力ですべてを守ろうとした
@ALIA_2024
第1話
いつか、私も雪のように溶けて消えていくのだろう。…むしろ、今すぐ消えてしまえたらいいのに。
ふわり、ふわりと窓の外で舞う雪を眺めながら、そんなことを思うのは自分だけだろう、ルシアは表情を動かさないままで肩にかけられたショールにふり返る。
「降ってきたわねぇ」
ニコリネが微笑みながら言って窓の外を確認する。キレイね。続く言葉に、やっぱり。と、ルシアはショールを自分ごと抱きしめた。
「あったかい…。ありがと、ニコリネ。」
ほんの少し前まで、彼女がこのショールを編んでいたことをルシアは知っている。瞳と同じシルバーに輝く細い糸をところどころに編み込んで、ルシア用に仕立ててくれている。
「こんな日に、ね。きれいでも外に出るのは嫌よね。」
「大丈夫。いざとなればぜんぶ溶かしちゃうから。」
指から小さな炎を出して見せたルシアはニコリネに笑ってみせる。
「…ルシア、能力のムダ使いをすんじゃないよ」
「だめよぉ。オーリとアーシャが雪だるまをつくるってはりきってるんだから。」
「泣かれたら、雪を降らすから。」
オーリとアイシャは、かつてルシアが拾ってきた孤児だ。魔物によって両親を目の前で失っている。妹思いのオーリと、ひと月経ってもルシアから離れることができなかったアイシャ。あの兄妹を喜ばせるためならルシアはなんだってするだろう。
「ガキを喜ばすための能力じゃないだろう?」
孤児院に連れて行く、と冷たく言った主にあんなところに連れて行ったら、命を救った意味がないと強く、強く、それは強く言ってくれたのはルシアではなく、シエナだ。
「じゃあ、シエナ姫を喜ばせてあげたらいいのかしら?」
意地わるく言うと、シエナは目を吊り上げる。まるで翡翠のような瞳は吊り上げられようが何をしようが美しいお姫様の瞳だ。
「お前たち、うるさいぞ。…ルシア、仕事だ。」
その場をおさめるように主が言うのも無視をして、ルシアはシエナの美しい黄金の髪の毛にくるくると指を絡める。
「いいコにお留守番、ね?」
「…それはマーゴにでも言うんだね。」
マーゴはついこの間、ルシアが拾ってきたばかりの子供だ。鳥型の魔物にさらわれそうになっているところだった。家はない。親はいない。そう言うから、ならばと連れてきたのだ。なんでもするからと泣いて乞われたらその場に置いてくることなどできるわけもない。
なんでもするから。と言った通り、マーゴは本当にいい子だ。オーリとアイシャともすぐ仲良くなって、今はもうすっかりストームスの子になっている。
「そんなこと言わなくてもマーゴはいいコにお留守番できるもの。」
ルシアは歌うように言って、ニコリネによろしくね。と目だけで言う。そろそろ本気で主が気分を害してしまいそうだ。
「…アキュレスさま、行ってまいります。」
「気を付けて。ビューマー殿によろしく伝えてくれ。」
扉のすぐ向こうで待っている人物なのだから自分でよろしく言えばいいのに、なんて憎まれ口は飲みこんで、はい。とルシアは素直にこたえた。
いかにも女好きのしそうな男。優雅にグラスを傾ける人物に誰もが抱くであろう感想だ。平民も訪れる大衆酒場のようなところでも気にすることも無く部下のような男たちを引き連れて酒を楽しんでいる。今は周囲に女の姿はないがひとりやふたり…もっともっとたくさんの女を囲っていそうな、遊び人のいいオトコのオーラをしている。
「悪いけど、私の好みじゃないわ。」
ああいう男は特に。ルシアは心の中で付け足す。
「ほう…ならば、どんな男が好みだ?」
目の前の男は紅茶茶碗を持ったままニヤリと笑う。
「そうね、男ならドラゴンくらい強くなくっちゃ。」
手応えがないわ。にっこりと微笑んでみせると、ドラゴン…と呟く男を尻目にホットワインの入ったカップを飲み干したルシアは声をひそめる。
「…で、あれはドラゴンの化身か何かだと?」
「ただの人間…だと思うが。…奴から情報を聞き出してほしい。」
情報?ルシアは眉根を寄せる。聞き出して欲しいと言ってくる時点である程度の情報は持っているのだろう。ならばその裏付けをしたいのか。
「…魅了か何かで奴をたらし込めるだろう?」
「私には無理ね。…そういうのは、シエナの担当。」
嫌なものは断っていい。主にそう言われているルシアはさっさと立ち上がる。ごちそうさま。手をひらひらさせて、ルシアは立ち上がった。
魔物に使ってこその魔力。人間に使うのはその人を守るためか、自身を守るため。余りある魔力と向き合う内に自然と自分の中で決めたことだ。ただし、主に命じられればそれは別だ。ルシアがその手にかけ命を奪ったことがある人間はたったひとりだ。
「…俺が自由に使っていいと言われているのは、ルシアだけだ。」
「あら、残念ね。アキュレス様にシエナも、とお願いしてみたら?」
白い息を吐きながら、追ってきたビューマーはルシアを睨みつける。
「あのお方にそのようなことが言えるものか。」
「どうして?…平民が、騎士団サマを支援するのは当たり前のことでしょう?」
主であるアキュレスはただの平民ではない。身分も魔力もタダモノではない。ただし魔力に関して言えば、ルシアのそれはバケモノだ。
「…平民とはいえ、ストームス商会の会頭だ。騎士団が自由に動かせるはずもないだろう。」
苦々しくビューマーは言って、彼の琥珀色の瞳が温度を失っていくのにルシアは呆れる。
寄せ集めの騎士団。ならず者の集まり。世間にどう言われようとも、蔑まれようと、少なくとも、副団長でもある彼にはきちんと胸を張って街中を歩いてもらわないと意味がないのだから。
「…どちらにしても、あの男は無理よ。ストームスと相性が悪すぎる。それよりも…」
もっと役に立つ情報をあげる。言葉を続けようとしたが、殺気の混じった魔力を感じたルシアはビューマーから意識を離す。
北だ。
感じるより先に、ルシアは結界を2人分に拡げ、全方向に張る。ビューマーもすぐにそれを感じ取り、戦闘態勢を取った。ほぼ同時に、これまでより温度の低いブリザードが吹き荒れた。
「寒い?」
「俺は平気だ。それよりも…」
言ったビューマーは外套も着ずショールだけを羽織っているルシアの上から下まで視線を這わす。
「アイスドラゴンでも出ない限り、私への気遣いはいらない。…フロストウルフなんてそのへんの犬ころとおんなじよ。」
言いながら、群れの頭数をザッと確認する。ざっと見積もっても100以上はいる。種族まるごとなんじゃないかと思うくらいだ。
ガルルル…とこちらに向かうウルフの唸り声はビューマーの表情を冷静なものしていくようだ。これはルシアがこの男を評価しているところだ。敵が迫っている状況で冷静に状況を切り抜けるために頭を動かしている。
「…指示を。」
副団長という高職位であり、それなりの腕に覚えのある彼が、平民の女にこんなセリフを吐くこともルシアが好ましく思っているところだ。
「冬の魔物に剣は基本通用しない。魔法か弓。」
もしくは、続けて言いながらルシアはビューマーの剣に炎を宿らせる。剣に与えられた力を前に彼の目にも炎が灯った。
「…もしくは、魔法武器が有効。群れの真ん中にいるボスを探す。走るわよ。」
ルシアはまっすぐ前に差し出した手で大火炎を放つとビューマーとともに走り出す。
「援護する!」
「…ヤケド、気をつけてね!」
…2、3匹は副団長サマのために残してあげよう。ルシアは思って、大火炎の出力を調整する。はぐれないように彼と繋ぐ結界を強めて、ボスの気配を探る。牙を剥いて襲いかかるウルフに鋭く炎を向けながら。
何頭なぎ倒したか。群れをかき分け倒した回数を数えるのを諦めた辺りで明らかにこれまでとは違う気配があった。
…このコ、知ってる。
群れの真ん中にいた他のウルフよりふたまわりほど大きな個体を捉えたルシアは足を止めた。
「そう…。あなたが、ボスになったのね。」
言うと、そのウルフはガルと、短く、低く唸る。右目は潰れてはいるが、その躯体は立派なものだ。
この土地に来たばかりの冬、右目に矢が刺さったまま人里に迷いこんだフロストウルフの子どもがいたのだ。ルシアは弱い雷で気絶させ、慎重に矢を抜いた。治療の魔法が苦手なルシアだけれども、できるだけ力を抑えてその患部に魔力を送った。手も、顔も、服も、そのウルフの血だらけだったけれど構わなかった。人間でも、魔物でも、ルシアは子どもという個体を守らなくてはいけないと思ってしまう。彼女にとって、彼らは種族を越えた保護対象だ。
「…立派になったのね。」
フロストウルフの左目をまっすぐ捉えたルシアは視線だけで魔力を送る。目の奥でチリとした小さな痛みが合図だ。
「あなたを救ったこと、後悔させないで。」
ルシアが言うと、ウルフはキュウンと喉を鳴らす。手袋を外した手をそっと伸ばすと、ウルフはその手に頰ずりをした。
「…私を、覚えていてくれて、ありがとう。」
次の更新予定
国を失った姫はチート級魔力ですべてを守ろうとした @ALIA_2024
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。国を失った姫はチート級魔力ですべてを守ろうとしたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます