人を殺す方法

 僕の疑問が彼女の耳に届くころにはもう遅く、すっかり門番と対面してしまった。


「お前たち、うちのギルメンじゃないな……何の用だ?」


 案の定警戒されている。

 そりゃそうだろう。わざわざこんな辺鄙へんぴな土地に立っている他者のギルドを訪れる者は少ない。

 しかも変なクマ(頭だけ)と女子高生のペア。こんなのを通すようなら門番なんて勤まるはずもなく。


 しかし月乃は一切動じてない。


「わたしはここの主に用があるです。中に入れてください」

「誰の紹介で来た? 名前を言え。それとカードも」


 カード……エコでは従来のネトゲのようにプレイヤーの頭上に名前が表示されたりはしない。

 その代わり身分証となるカードが各プレイヤーにあてがわれ、これを見せ合う事でお互いの情報を知る仕組みとなっているのだ。


 名前や職業を明かすという簡単な行為一つでプレイヤー同士の交流を深めよう――そんな運営の思惑に僕もよく助けられている。こうして顔を隠せば魔王だとバレないからね。

 そしてもちろん、月乃は要求に対して首を横に振る。

 

「……何のつもりだ」


 露骨に警戒心をあらわにした門番は武器である大槍を構えた。

 プレイヤーにダメージを与えることこそ出来ないが、当たり判定はある。それに人に武器を向けられると自然と人は委縮いしゅくしてしまうものだ。


「何度も言わせないでください。――さっさと門を開けるですよ」


 もっとも、こんな状況は慣れっこなのか月乃は平気そうにしている。

 でもそんなに強気でいいのだろうか? 怒らせたら余計に正面から入るなんて出来なさそうだけども。


「ふん。何の用であろうとこんな無礼な輩を姫様に会わせるわけにはいかないな。さあ、帰った帰った!」


 ほら……。

 脅しが通用しないと分かったのか武器は下げたものの、すっかり機嫌を損ねてしまった。


 やはりるしかないか。そう思い周囲から適当なモンスターを呼ぼうと見定めようと動いた僕を月乃は片手で制した。

 彼女の目はまだ真っ直ぐ門番を捕らえていて、そして……目で笑っている。



姫様・・ですか。わたしからすれば、あなたこそ彼女に対し無礼を働いていると思うのですが」



 そう言うと、呆れた門番の男が何か言う前にアップロードされた画像が月乃の頭上に表示される。

 それはSNSに備わっているDMダイレクトメッセージのやり取りが載ったSSスクショだった。


「ふん。なんだそんなも、の……ッ!?」


 画像を見た門番の目が見開かれる。

 こんなすごい顔になるなんて一体何が載ってるんだ……?

 他人事じゃない予感がしてハラハラするものの、興味が勝ってつい覗いてしまう。

 どれどれ……。





 桃姫 — 10/1 21:39

 これからみんなで約束してたレイドいこー!


 姫♡命 — 10/1 21:41

 あ


 姫♡命 — 10/1 21:41

 ごめん姫様…… 今日MPKされて装備全部奪われたんです


 姫♡命 — 10/1 21:43

 明日にしてもらってもいいですか?


 桃姫 — 10/1 21:43

 え

 だいじょうぶ? 装備とかかすよー!


 姫♡命 — 10/1 21:46

 大丈夫です! 姫様に申し訳ないし

 

 姫♡命 — 10/1 21:47

 今日はちょっと犯人おっかけるんで、俺抜きで野良入れていっちゃってください ほんますみません


 桃姫 — 10/1 21:48

 みんなで手伝うよー ばんちゃんにはお世話になってるし 犯人ゆるせない!


 姫♡命 — 10/1 21:50

 大丈夫です! フレが手伝ってくれるみたいで犯人もだいたい分かってるし あとは問い詰めるだけっす

 どうせ魔王ですから 俺が殺してきます


 桃姫 — 10/1 21:51

 また魔王!? ほんとキモいよねああいうの。

 気をつけてね!


 姫♡命 — 10/1 21:51

 はい!



「以上、親愛する姫様とのDMですね。次は同じ時間、あなたの恋人とのDMです」

「ヤメロォ!」


 二枚目のSSが提示される。



 姫♡命 — 10/1 21:51

 はーやっと解放された マジメンヘラだるい


 うさピ — 10/1 21:51

 おつかれー 何て言って抜けてきたの?


 姫♡命 — 10/1 21:52

 適当にMPKされたってw ちょろすぎ


 うさピ — 10/1 21:53

 まじw 頭わるw


 姫♡命 — 10/1 21:53

 うちの姫ちゃんこの前魔王にMPKされてからめっちゃ警戒してるからね

 適当に名前出しときゃ勝手に信じて草


 うさピ — 10/1 21:54

 魔王かわいそw


 姫♡命 — 10/1 21:54

 てかふつうに用事あるって抜けたら病むのめんどすぎな


 うさピ — 10/1 21:54

 ね メンヘラきもすぎ


 姫♡命 — 10/1 21:54

 ギルドの装備パクれるから続けてるけどさ

 いつも理由つけんのめんどくせー 魔王(笑)に感謝


 うさピ — 10/1 21:55

 てか早く行こうよ こっちのパーティのレイドそろそろ始まっちゃうよ


 姫♡命 — 10/1 21:55

 あい いまいくー





「……なにこれ」


 あまり覗きたくないタイプの他人の闇が見えたせいか思わず真顔になってしまった。

 しかもしれっとこっちに問題ごと押し付けられてるんですけど……。


 一通り見せるものを見せ切ったあと、表情を変えずに月乃は告げる。


「桃姫騎士団において姫は絶対です。約束を反故にしたうえ、裏で陰口まで叩いていたとなれば……」

「ち、違うんだ! これは俺じゃな」

「ふむり。それならこのSSをSNSにアップしても何の問題もないわけですね」

「どうぞお通りくださいッ!!」


 その瞬間門が開け放たれ、視界に『 x番人x 様が侵入制限を解除しました』の文字が。

 どうやら目的であったギルドハウスへの潜入は問題なく行えるようになったらしい。しかしまあ、何というか、複雑というか……。


「いいですか。私たちのことは正式な許可をもらった客人・・として扱うですよ」


 つまり誰にも通報するなってことだろう。彼はもうぶんぶんと全力で首を縦に振るばかりだった。

 ……という訳で、僕たちは堂々と城の門を潜っていく。

 

「ほら、かんたんでしょう」

「月乃って……絶対に敵に回したくないタイプだな……」

「あなたも大概です。彼のポケットに何入れたんですか」

「え? 何って……」


 門が再び閉められた直後、扉の奥から門番の絶叫が木霊する。

 同時にガタガタと辺りを震わすような轟音が立ち、様子を見に来た他のギルドメンバーが同じく絶叫する声が入り混じる。


「餌を渡してあげただけだよ。人を出汁に使ってくれたみたいだしね」

「半分くらいあなたの責任でもあるんですけど……まあ、注意を引けたお陰で怪しまれずに侵入することが出来ましたが」


 今ごろ餌につられたモンスターたちが大暴れしているのだろう。

 リスポーンにかかる時間は十分程度だが、これでしばらくは奴も行動できまい。


「あ。でもさ、今のやつを脅せたならそれで内部告発でもしてもらったらいいのに」

「無理ですよ。いざそんな行動を起こしたらあっさり切り捨てられるでしょう」


 そんなものか。いやあ、集団の力ってこわいですね。


「それよりわたしたちが目指すべきものは――この中にあるはずですよ」


 門から城の入り口まである大きな庭を横断し、ついに僕たちは城の中へと足を踏み出していく。

 

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