初仕事

 食事が済んだあと、僕たちはついに行動を開始した。


 お互いに使用する機器はVグラス……最新型のVR機器だ。

 メガネの形をかたどったそれには度こそ入っていないが、フレームに付いているスイッチを押すと一瞬で視界が仮想空間のものに切り替わる。


 表示されたゲームライブラリでエコ・オンラインを選択すれば瞬きをしている間に身体は兜や鎧をまとったアバターに変化。……まあ、僕は生産職なのでそんなファンタジーな姿でもなく、NPCと見間違えそうな旅装束たびしょうぞくを身に着けているだけなんだけど。

 でも、こっちの方が変に目立たずに済むんだよね。

 

 ほどなくして読み込まれた見知った街『ジェネシス』の噴水前であくびをしていると、待ち合わせていた少女が現れた。


「まったく。現実はゲーム三昧ざんまいなんですから、せめてゲームでくらいオシャレをすべきです」


 ……そう言って無い胸をふん、と張るのは月乃のアバターだ。

 黄金色こがねいろの髪を片側のみを結んだサイドテールにまとめていて、結び目には赤いリボンが添えられている。

 身体はやはり小柄で小動物を思わせ、表情は無い。ほとんど現実と印象の変わらない少女だったが……大きく変わった箇所もある。


「服、着てるじゃん」

「は?」


 当たり前か。いや、第一印象が全裸だったからさ……それもどうかと思うけど。


「でも、何で制服?」


 月乃は人の装備に文句を言うわりにオシャレとは程遠そうな制服姿。

 白のブラウスと胸元の赤リボン、黒と深緑のチェックのスカート。荷物を入れる鞄まで学生鞄なんて徹底している。

 しかし月乃は呆れた様に肩をすくめ、


「わたしは女子高生なんですから、同じで良いんです。JKブランドなめないでください」

「いやまあ、確かに可愛いけども――いや待て、女子高生・・・・?」

「……なにか文句があるですか」

 

 じっ、と冷たい目を向けられる。

 でもだって、ねえ。裸を見たからこそ余計にというか、あまりに小柄過ぎて……。


「……小学生かと思った」

「ふ」


 口で笑って顔は全く笑っていない彼女は何やらメニューを操作し、頭上に一枚の画像を表示させる。画像をアップロードしたようだ。

 とんでもないことに今朝の写真であった。


「みなさーん。ここに小学生・・・に手を出したへんたいがいま――――」

「ごめんうそうそ! めっちゃ女子高生すぎて眩暈がしちゃった! 女子高生最高! 女子高生最高!」


 叫びながら勢いよく両手を振り上げて万歳を繰り返す。

 その異様な姿に周囲の人々はおぞましい物を見るような冷たい視線を向けつつ、そそくさと僕らの傍を避けていく。

 かくして僕の尊厳そんげんは破壊されたが社会的な死は免れた。女子高生最高!


「……まあいいでしょう。人払いもできた事ですし」

「しかしまあ、あの画像見られたらそりゃあ僕は終わるけども……君は大丈夫なの?」


 ずっと気になっていたのだが……いくらなんでもこのやり方は異常だ。

 たかがゲームプレイヤーを一人潰す為、面識のない男の家に不法侵入して服を脱ぐなんて正気じゃない。

 ……しかし彼女はあっけらかんとしていて。


「わたしはここギルドに恩があるです。そのためならこれくらいのこと、するですよ」


 そういうものなのかなぁ。

 人と関わる気などなく、ギルドなどとは無縁だった僕には分からない感覚だ。


「でも、リアルで直接手を出しに行くのはこれが初めてで……べ、べつに誰にでもやるってわけじゃないです。覚えてないかもしれませんが、私はあなたに――」

「まあいいや。そんな事よりさっさとターゲットを潰しにいこうじゃないか」

「……」


 何か言ってもじもじし始めたと思ったら、急に冷ややかな目で睨まれた。こわいね……。


「……はぁ。ついてくるです。遅れたら置いていくですよ」


 そう言って月乃はすたすたと歩き進んで行ってしまう。

 まったく。表情も読めないし、いまいち何考えているのかつかみにくい子だ。


 ……しかし今日会ったばかりだというのに、何だか既視感きしかんを覚えるような気がしないでもない。

 湧き上がる不必要な疑問にあまり気を取られないようこうべを振り、僕も彼女の背中を追いかけた。





 街を出てしばらくすると、光をほとんど通さない鬱蒼うっそうとした森に出た。

 互いにモンスターから姿を隠す『スニーク』を使いながら、今はただ月乃の案内に従ってついて行く。


「こっちは黄昏たそがれの森方面かぁ。中級者向けのモンスターは多いけど、それだけでギルドが潰せるの?」

「……考えがまおうすぎです。そもそも相手は上級職の幹部をいくつも抱えた大型ギルド、いくらモンスターを引き連れても数の暴力で返り討ちにされるです」


 周囲に人はいないが、ここからは念のため『内緒ばなし』を使って会話する。

 特定の人物にのみ音声チャットを有効化するこの機能は、ASMRを聞いているようで変にこそばゆいのが難点。


「彼らの敷地内では関係者以外侵入が許可されていません。モンスターはもちろん、わたしたちも」

「……ええ? それならギルドの被害者から証拠や、あるいは証言を得るとか?」

それが出来ない・・・・・・・からわたしたちの出番なのですよ」

「ふむ……」

 

 考えてみれば不思議な話だ。詐欺に近いギルドからの嫌がらせ……普通なら運営に通報、掲示板に晒すなりSNSで拡散するなりするはずだ。

 事実なら正しくBANされるはずだけど……。


「騙されたと気付くころにはもう遅いのです。

 チャット・外部への連絡など敷地内では上位権限・・・・を持った幹部たちに行動を制限されますし……普通ならそんな制限のあるギルドは警戒しますが、初心者ですからね」

「でも、同じことが続いているなら被害者からの告発がありそうなものだけど」


 少なくとも今のところ、ターゲットとなる『桃姫騎士団ピーチ・ナイツ』についてそんな話は聞いたことがない。


「厄介なことに、幹部の多くは古参でSNSのフォロワーも多いのですよ。

 ……始めたての初心者が何か言っても発言力もなく、完全否定されたら多くのプレイヤーは有名人を支持するのです」


 上位権限にSNSのフォロワーか。

 権限についてよく知らない初心者が相手なら騙すのは楽なんだろう。SNSについてはまあ、世知辛いね……。

 

「とはいえ、これが未だに大きな問題として認知されてないのは変な気がするな……」

「です。彼らには反抗的な者を半強制的に従わせることのできる、何か大きな秘密があるはずなのですよ。

 ――私たちはそれを探り、証拠として提示するのです」


 ……だれが呼んだかクズギルド。

 PKのないオンラインゲームであらゆる手段を用いてPKを行うクズの集まり……そういう認識でしかなかったが、一応彼らなりの正義が存在しているのかもしれない。

 いやまあ、僕は事実無根じじつむこんの罪を着せられて言うこと聞かされてるだけなんだけども。


 ……あれ? それじゃあやっぱりクズじゃないか?


「ほら、見えてきたですよ」


 月乃の声につられて伏せがちだったおもてをあげると、森を切り開くようにして大きな建物が見えてきた。

 

「な、なんじゃこりゃ……」


 それは一言で言えば――――城だった。

 白く大きな煉瓦レンガを積み上げて作られた、上品かつ高級感のあるお城。

 ところどころにピンク色の煉瓦がアクセントとして使われており、ギルド名の由来であろう桃の模様を飾っている。

 まるでおとぎ話のお姫様が住んでいるかのような外観にただ……圧倒されてしまう。


「どうしてこんな森の中に……」


 最初に沸いたのはそんな疑問だった。

 こんな立派な建物、もっと多くの人の目につく場所に立てる事も出来ただろうに。メルヘンだからとか?

 しかし月乃は首を横に振る。


「あなたも言った通りここは中級以上のモンスターが出現するですから。つまり、一度つれられた初心者が万一脱走しても、簡単に街に出れないようになっているですよ」


 なんともまあ……。

 

 辺りをよく見渡すと、入り口らしき大きな門の前に一人の甲冑が立っていた。

 ギルドの敷地内では入場制限を掛けている事が良くある。門番がいるという事は月乃の言った通り簡単に入ることは出来なさそうだ。


「どうする? 何とかおびき寄せてっとく?」

「まおう脳……」


 呆れられた。だってそれが一番てっとり早いじゃないか……。


「まあ、これでも被って黙って見てるです。」


 月乃はそう言うとデフォルメされた大きなクマの被りものを手渡してきた。

 僕の顔は先日の件で割れているらしいし、隠しておけってことだろう。もう少し他にあった気もするけど……。


 そんなこんなで装備の装着を確認すると足早に森を抜け、月乃はまっすぐ門番へと駆け寄って行く。

 ……え、まさか直接交渉する気なの?

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