ばったり
目が合った二人は呆けた表情を、まるで鏡写しのように浮かべていたが、視線がせわしなく上下左右に動き、先に目を反らしたのは百子の方だった。
「わっ……東雲くん、ごめん!」
慌てて百子は後ろ手に元いた部屋のドアを開けて、隙間から滑り込んでドアに背中を預けて口元を両手で押さえた。陽翔が家にいたのが分かってホッとしたものの、まさか風呂上がりだったとは思わなかったからだ。線の細いイメージだった彼は、広い肩幅に中々引き締まった胸筋と腹筋の持ち主だったのである。ひょっとしたら着痩せするタイプだったのかもしれない。おまけに風呂上がりとなると髪から雫を振りまいており、まさに水も滴るいい男である。
「すまん……茨城。目が覚めてたとは思わなかった。体は大丈夫なのか? 熱はないのか?」
百子のいる部屋のドアがノックをされたと思えば、バツの悪そうな陽翔の声が聞こえる。百子は上ずった声で早口でまくし立てた。心臓の鼓動がやけに大きく響く。
「うん……大丈夫、だと思う。ありがとう、看病してくれて」
「別に礼を言われる筋合いはねえよ……風呂空いたが入るか? 昨日から入ってないだろ?」
百子は陽翔から借りたぶかぶかのパジャマを着ていたが、汗をかいてベトベトでやや気持ち悪いのも事実であり、彼の好意に甘えることにした。
「……うん、それじゃあお言葉に甘えて……」
「ゆっくり入れよ。今着てるパジャマは洗濯機に入れておけ。俺の服も洗濯したいからついでだ。新しいパジャマは後で用意して脱衣所に置いとくから。それと、ちょっと部屋に入っていいか? 着替えを取りに行きたいんだが」
心なしか声が震えているような感じがして、百子は慌ててドアを開けてその後ろに隠れた。バスタオルを腰に巻いた陽翔はちらりと百子の方を見たが、ゴソゴソとクローゼットの中身から服を引っ張り出す。その後彼は部屋から出ようとしたが、思い直して百子に口を開いた。
「ああ、茨城の服は洗濯して乾いたから取り込んでおいたぞ」
「え、そこまでしてくれたの? ……何から何までありがとう、東雲くん」
百子は陽翔が事情も聞かず、どうしてここまで色々と世話を焼いてくれるかがよく分からなかったものの、彼がやってくれたことには自然と頭が下がった。今は体も本調子でないうえに、家には帰れないとなると、少なくとも今は陽翔の厄介になるしかない。今後の家をどうするか、今の家にある荷物はどうするかなど、問題は山積しているが、まずは自分が何故家に帰りたくないかを説明しようと思い立つ。そうでないと彼の誠意にけちをつけることになりそうだからだ。
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