気遣い
百子はそれを聞いて強く強く首を振った。今は何としてでもあの家に帰りたくは無かったからだ。
「だめ……! 今日は家に帰り、たくない! 絶対に、嫌……!」
「駄々こねてる場合かよ! 病人なんだから大人しく言うことを聞け!」
「だめ! 家に、は……し、知らない人、がいて……! 今日、は適当、なホテルに、泊まろうかと……」
それを聞いて陽翔の表情が固まった。繁華街に一人でうろつくようなタイプでもない百子がここにいるのをおかしいと思うべきだったのだ。ましてや体調が悪いなら尚更である。
「そうか……逃げてきたんだな……ちゃんと警察には通報したのか? ってそれどころじゃないか……」
百子は首を振った。流石に浮気相手が自分の家に来たことは言いづらかったからだ。東雲はふいと百子から目線を外すと、頬を掻きながらボソボソと言う。
「ホテル決まってないなら俺ん家来るか? 体調悪いのを放置はできないから看病くらいはしてやる。別に何もしねえよ。病人を虐める趣味はないからな」
百子は家に帰れないので彼の提案に首肯した。大学時代は浮いた話をほぼ聞かず、堅実な彼が何か無体を働くことは考えにくかったこともある。
「じゃあ帰るぞ。歩けるか? 歩けないようならおぶって行くが」
「そこ、まで、しんどく、はない、よ。あり、がとう」
陽翔のひやりとした手が百子の熱い手を握る。その冷たさと彼の気遣いにどこか安心した百子は自然と感謝の言葉が口から滑り出た。
「ゆっくり歩くぞ。しんどいならいつでも言えよ」
頷く百子を尻目に、陽翔はゆっくりと彼女の手を引いて、最寄り駅まで歩き出した。
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