武器たちの酒場

ファラドゥンガ

武器たちの酒場

「また殺しだって、物騒な世の中だな」


 カウンター席でタブロイド判を読みながら、拳銃頭ピストルヘッドがふうっとため息を漏らした。ほんのりと硝煙の臭いが、夕暮れのバーに漂った。今日も撃ったんだ……、バーに来ていた他の客たちに緊張が走った。拳銃頭は機嫌が悪いとき、的を探しては躊躇なくぶっ放す。その場に居合わせたなら、いつ風穴がいてもおかしくない。


 「なんでも飲食店の前で並んでいた客同士がもめたってよ。馬鹿みたいだな。うまいもんを喰おうと店に来て、腹を満たさずに腹を立てたってわけだ。人間ってのは愚かな生き物だね、そう思わないかマスター」


 マスターはカウンターの向こうで黙ってコップや皿を拭いていたが、ちらと目線を向けて「ああ」とだけ返事をした。その後、マスターは黙々と仕事を続けた。不満を覚えた拳銃頭ピストルヘッドは、そばに座っていた石弓腰クロスボウ・バックに声をかけた。


 「そうだと思うよ、ピス」


 張り詰めた声で石弓腰が答えると、拳銃頭はにこりと笑い、石弓腰の肩をパシッと叩いた。それから回転いすをくるりとさせて、「おう、竹槍足バンブースピアレッグ。あんたは人間をどう思う?」と会話の輪を広げようとした。

 竹槍足はテーブル席にて一人チェスに没頭するふりをしていたのだが、おのれに向けられた銃口、ぷんと硝煙の香りを嗅ぐと、「あんたの言うとおりだとも、ピス」と節くれ立つ顔を上げた。


 拳銃頭は満足したように頷いてから、グラスに残った油酒を飲み干した。上機嫌な彼の様子に、皆はとりあえずホッと胸をなでおろす。あとは、店を出るタイミングを探るだけだ。



 * * *



 「人間は愚かだって言葉で、問題を片づけるのは好きじゃねえな」


 誰もが安堵していた中、突然声を上げる者が現れた。他の客はどよめいた。一体誰だ?死にたいのか?

 声の主は短剣青年ダガーボーイだった。バーの薄暗い隅の席で静かにしていたのが、突然、店中の人々の注目の的となった。拳銃頭は「ほう」と唸って、ニヤニヤ笑った。


 「その新聞、俺も読んだが、なんでも横入りした奴を注意したことが事の発端だったはずだ。横入りの人間は確かに悪いが、注意した人間は実に誠実で勇敢だったと思うね」


 「だが」と言葉を引き継ぐようにして拳銃頭が反論する。

 「その後の行動が問題だろうよ。殴り合いになり、殺し合いにまで発展するんだからな。野蛮この上ないだろ。違うか、坊や?」


 短剣青年の主張とはつまり、「人間とはこういうものだ」という言葉で個々の事例をまとめてしまうのはどうか、というものだった。一口に「人間」と言っても、良い奴や悪い奴、卑劣漢などがいるだろう。しかし短剣青年は議論に慣れていなかった。酔っていたこともあり、頭に血を昇らせて、腕に生えた刃をちらつかせた。

 「奴らもまるで俺たちみたいだなってことかい?」と拳銃頭を挑発した。


 店中の客たちの緊張たるや頂点に達した。金曜日の夜に、問題に巻き込まれることほど不運なことはない。

 拳銃頭はもういい歳だが、青年の挑発に目をギラギラさせている。そして、


 「もちろん俺たちとは違う。俺たちは、争いが早く終わるように願いをこめて生み出されたんだ、平和の使者ってことよ。しかしだ坊や、俺に関して言えばだが、争いを望んでいないのに、つい飛び出しちまうことがあるんだよ、頭の先からパンってな、あっついのが」


 短剣青年は命知らずなのか勇敢なのか、はたまた酔って気が大きくなったのか、この脅しに屈しない。

 「なんだ、あんた頭から射精すんのかい」


 カチンと音が立った。うなじの撃鉄が上がったのだ。ああ、ここで殺しが起こる。皆、すぐにでも逃げ出したかったが、動けば的になる。頭を抱えてその場でうずくまるしかなかった。


 短剣青年は強張こわばった表情になりつつ、正面から拳銃頭を睨みつけていた。一瞬の隙をついて刃を投げるつもりだ。その隙をとらえようと目と耳を大きく広げて、感覚を研ぎ澄ましている。額から汗がほとばしって流れ落ちる。



 * * *



 シュ……、とマッチを擦る音が鳴った。カウンターの奥からだ。初めは誰も気にかけなかった。渦中の二人もにらみ合ったまま動かない。

 擦ったのはマスターだ。口に煙草を加えてプカプカと煙を吐きながら、カウンターを華麗に飛び越えて二人の間に入った。


 「二人とも、ここで問題は起こすな」


 「うるせぇ!黙ってろ!」と短剣青年。

「どいてな、腰抜け。あんたから風穴開けるぜ」と拳銃頭。


 マスターは何も言い返さなかった。ゆっくりと蝶ネクタイを外してシャツのボタンを二つ開けた。そして、胸に刻みつけられた「TNT」の文字を、二人に見えるように示した。その刺青に、二人は同時に視線を向けた。マスターの咥え煙草から灰がはらりと胸元に落ちる。二人は一瞬、凍り付いた。店中の武器たちも同様だった。


——胸筋爆弾チェストボマーだ!


拳銃頭は青年に視線を移し、通りに出ろ、と顎をしゃくった。


 「この街で、騒ぎを起こすなよ」とマスターはすかさず釘を刺した。

 「木っ端みじんになりたいか?」


 ふん、と拳銃頭が手持ちの金をカウンターに置き、「二度と来ねぇよ」と言って去って行った。短剣青年は大人しく席に着いた。


 マスターがカウンターの向こうに戻ると、店中の武器たちはやれやれ、と顔を上げた。しかし、もはや安堵することは無く、誰しもが油酒をあおりながら、しみじみ思った。


 ……落ち着かねぇよ、こんな世界。

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