最終話 夢の終わりと夢の続き


 時刻はもう少しで19時になろうとしていた。


 悠悟はしばらく現実に戻っていない理由について、自分が戦場へと向かった事でしばらくの間ユーゴのベッドで休んでいない事が原因だろうと考えていた。


 そしてその予想は的中していた。

 彼ら2人の異世界に行きたいという強い願いが引き寄せ合う事で、彼らのベッドに特異点を作り出し、この不思議な現象を引き起こしていたのだった。


 もしかしたら今日ここで眠りにつけば、もうこの世界に来ることはないかもしれない。そう思うと、眠るのが怖くなる。もし本当に最後になってしまうなら、ラージュに別れを告げようと思った。


 ラージュの部屋の前につき、ノックをして声をかける。

「悠悟だけど……」

「こんな時間にどうしたの?」

2人は扉越しに話す。

「もしかしたら、今日が最後になるかもしれないと思うと、お前の声が聞きたくなった」

「さっきのことを気にしてるのなら言ったでしょ? ただの同情よ」

 

「俺、元の世界でまた頑張れるかな……?」

「あなたはこの世界を救ったのよ? それ以上のこと、私には想像できないわ」

「それもそうだな……」

「あなたなら、きっと立派なラメーンやになれるわ」

「さんきゅうな。応援してくれる人がいるって、やっぱ嬉しいや」

「一つ心残りがあるとすれば、あなたの作ったラメーンを食べられなかったことかしら」

「いつか立派な職人になって作りにきてやるよ」

「約束よ?」

「あぁ。指切りするか?」


「いいえ、今すっぴんだもの……」


 人生で化粧などした事のないラージュは大粒の涙を流しながらも、泣いていることが悠悟に伝わらないよう、必死に我慢しながら声を出した。


「そうか、じゃあ仕方ないな」

「私のこと、たまには思い出してよね」

「当たり前だよ。今までありがとうラージュ」

「お礼を言うのはこっちのほうよ……ゆうご」

「そろそろ時間だし、戻るわ」

「お休みなさい……」

「あぁ。お休み」


 ラージュはひとしきり泣いた後、泣くのはこれで最後にしようと誓った。これからどんな罰が待ち受けようと、想い人が別の世界で頑張っていることを心に刻み、命尽きるその日まで、自分の人生を精一杯生きようと思った。




***




 久しぶりの自分の部屋で目が覚めた悠悟。


「帰ってきたかぁ……」

テーブルの上には自分が書いたものとは違う手紙。そして通帳とボイスレコーダーが並んでいた。その全てに目を通した悠悟は立ち上がり、久しぶりの現実世界の外へと飛び出していった。


 そこで見る景色が、楽しかった思い出も、辛い出来事も同時に思い出させた。



――10年前――

 


 とある公園で1人の少女が4人組の少年に囲まれ、ランドセルを引っ張られている。

 少年達は少女に言う。

「お前女のくせになんで黒いランドセルなんだよ」

「本当はこいつ男なんじゃねーの?」

「そうだぞ、ダッセぇぞ」

いじめっ子達はケラケラと笑い合う。

「やめてよぉ、離してよぉ……」

少女は泣きながら必死に抵抗するが、彼らはやめようとしない。


 すると、突如その場に砂煙が舞う。それは滑り台から飛び降りた、幼き悠悟によるものだった。そして悠悟がいじめっ子達に指をさす。

「お前ら2年生にもなってダセェことしてんじゃねーよ」

いじめられていた少女の目に映ったその姿は、まさにヒーローそのものであった。

「うるせぇぞ悠悟! こっちは4人もいるんだぞ!」


「俺を倒したきゃ『ミラクルマンギャラクシー』でも連れてこいやー!」

そう言って次々と同級生のいじめっ子達を倒していった。いじめっ子達は悠悟のあまりの強さに逃げようとするが、それを許さない悠悟が更なる追撃をしかけようとしたその時。

 

「ダメー!!」

少女は悠悟にタックルをかまし押し倒して、動けないように上にのしかかった。

「それ以上この子達をいじめないでー!」

「いじめるって、いじめられてたのはお前だろ?」

その悠悟の言葉も聞かず、「今のうちに逃げてー!」と、いじめっ子達を逃してしまった。


 これが悠悟と『花』の出会いだった。

 力強く抑えつける花に悠悟は「そろそろどけよ! 重たいな!」と言うと、「重たくないもんっ!」と返し、また泣き出してしまった。

「おい! また泣くんじゃねーよ」


 30分は経っただろうか、一向に泣き止まない花に「お前腹減ってないか?」と声をかける。

「お前じゃない……花」

「じゃあ花、ラーメン好きか?」

「うん、好き」

「それなら俺が作ってやるよ!」

そうして、佐野家へとやってきた花は悠悟の作ったラーメンを一口食べる。


「まずい……」

花が苦い顔で呟く。

「はぁ? そんな訳あるかよ!」

悠悟も食べてみると、あまりの不味さに口からダラーっと吐き出してしまった。


「おっちゃんの真似したのになんで上手く出来ないんだよ。でもこれ残したら勝手にラーメン作ったの母ちゃんにバレちまうから全部食べねーと……」

そう言って丼を持ち上げてかき込むが、やはり吐き出してしまった。


 それを見た花が笑いながら一言。

「フフフ、変な顔ぉー」

「お前怒るか泣くかしかしないと思ったら、ちゃんと笑うんじゃん」

「君がいじめるからだよ」

「なぁ知ってるか? 今回は失敗しちゃったけど、うまいラーメンは人を笑顔に出来るんだぜ。近所のラーメン屋のおっちゃんが言ってたんだ。本当にそこのラーメンを食ってるみんな楽しそうに笑ってるんだ!」


「わたしもそんなラーメン食べてみたいな……」

「俺がおっきくなったら、おっちゃんみたいなラーメン屋になって、いくらでも食わせてやるよ!」

「うん! 楽しみ」

「じゃあ指切りだ!」

2人が指切りを交わしたその時、帰宅した母が声をかける。

「お、悠悟、彼女出来たの?」

「ちげーよ!」


「こんにちわ……」

「はい、こんにちわ。お嬢ちゃん、お名前なんて言うの?」

「山田 花です」

「花ちゃんか! 悠悟をよろしくね!」

「はい」

「あ! あんたまた勝手にラーメン作ったわね!」

「違う! 母ちゃん! これには理由が!」

「うるさい!」

ゲンコツが悠悟の頭に降り注ぎ、それを見て笑顔の花。


――それから7年後、中学3年生の悠悟と花は同じ中学に通い悠悟は野球部、花はブラスバンド部に所属していた。


 部活終わりの悠悟が花に声をかける。

「今帰りか? おっちゃんの店寄ってかね?」

「じゃあ先生にメールしなきゃ」

その様子を見ていた後輩達がヒソヒソと話す。

「悠悟先輩なんであんな地味な子といつも一緒にいるんだろう。付き合ってるのかな?」

「付き合ってる訳じゃないらしいけど、小学校からの幼馴染らしいよ」

「えぇ! じゃあ私にもチャンスあるかな?」

「あんたじゃ無理無理! 嵐さんだって居るんだし」

「そっかぁ、そうだよねぇ」


 悠悟は野球部のエースで4番ということもあり、本人は気付いていなかったが、かなりモテていた。


 2人はおっちゃんの店で進路の話になる。

「悠ちゃんは進路どうするの?」

「今のところは西高かな」

「私も西高にしよっかなぁ……」

「お前ならもっと上の高校狙えるだろ。頭いいんだから」

「うーん……そうなんだけどさ」

「俺と離れるのが寂しいのか?」

「そんな訳ないでしょバカ! 悠ちゃん私がいないとまた喧嘩するでしょ! もう子供じゃないんだからすぐ喧嘩するのやめてよね!」


 そこにおっちゃんが割って入ってきた。

「なんだ? お前たちまた痴話喧嘩か?」

「おっちゃん! 高校入ったらバイトさせてくれるんだよな!」

「おうよ、こき使ってやるから覚悟しとけ!」

「悠ちゃんには、やりたい事があって羨ましいな……」

花が下を向き呟く。

「見つかるまでお前もおっちゃんに雇って貰えば?」

「私は接客とかは、苦手だから……」


 こうして、俺と花は別々の高校へと進学した。高校に入ってからは、バイトや部活の関係で花と会う頻度は段々と減っていった。

 たまに会う花は、いつも元気がなかった。

「何かあったのか?」と聞いても「なんでもないよ」と笑っていた。


 俺は自分が作ったラーメンで花を元気にさせてやろうと、バイトをこれまで以上に頑張った。

 そんなとき、花から1通のメールが届く。

「今日会えませんか?」

という内容だった。

 その日はバイトだったから、「ごめん、バイトだ」と返した。


 これが花との最後のやり取りとなってしまった。


 その日、花は学校の屋上から飛び降りた。

 遺されていた遺書には何も書かれていなかったが、噂によるとイジメが原因らしい。花の通っていた高校の生徒に話を聞いたところ、かなり悪質なイジメを1年以上も受けていたというのだ。

 俺は犯人を探してみたが、花はイジメられている事を誰にも言っておらず、見つける事が出来なかった。


 花の葬式が終わると俺は自分を責め続けた。何故あの時会いに行かなかったのか。なんで気付いてやれなかったのか。俺はその日から、一歩も外に出られなくなった。


 それからというもの、アニメやゲームにのめり込み現実逃避を図った。それらの影響からいっそのこと違う世界に行きたいと思うようになった。

 アニメの主人公のように生まれ変わり、チート能力で無双する、そんな漫画みたいな事をひたすら夢見て今に至るのだ。


 そして現在、息を切らして走る悠悟が辿り着いたのは嵐の家だった。インターホンを押して嵐を呼び出す。

「悠悟、こんな時間にどうしたの?」

「ちょっと外で話さないか?」

「少しだけなら……」


 2人は公園のベンチに腰掛けた。

 悠悟はおもむろに語りだす。

「花が死んで、お前が俺ん家に来るようになって、もう半年か……」

「もうそんなに経つっけ……花ちゃんのこと、まだ忘れられない?」

「忘れねぇよ。忘れるつもりもない」

「そっか……」


「花が死んだ理由、イジメなんだってさ」

「酷いことする人もいるもんだね……」

「その犯人、やっと分かったんだ」

「……」

「お前の友達の平田って奴らしい」

「そ、そうだったの? そういえばあの子の彼氏もかなり不良だって噂だよ」


「お前は関係ないのか?」

「な、何が言いたいの? わたしは学校も別なんだからイジメられる訳ないじゃん!」

悠悟がボイスレコーダーの再生ボタンを押すと平田の声が流れる。


「山田をイジメてた事、学校にバレちゃったらあたしら退学になっちゃう。それにこの前、嵐に頼まれたラーメン屋の一件で、あたしの彼氏が警察に捕まりそうなの」


 続けて嵐の声が流れる。

「あなたのお父さん、わたしのお父さんの会社で働いてるの忘れたの? 言う事聞けないなら、お父さんに頼んでこの先ずっと惨めな暮らしをする事になるよ」


「もう許してよ嵐……」

「あなた達も喜んでイジメてたじゃない? 確かに最初はわたしがイジメるように頼んだけど、実行犯はあなたなんだから、これ以上迷惑かけないで」

「あいつ何しても誰にも言わないし、まさか死ぬなんて思わないじゃん!」


 ここでレコーダーの再生を止める。

「アイツ、なんで録音なんか……」

嵐は人が変わったように呟く。

「本当なんだな?」

「殺す気なんてなかった。家に引きこもってくれればそれでよかった」

「なんでこんな事したんだ。お前ら昔はおんなじ施設で育ったんだろ」


「悠悟が好きだからに決まってるじゃない! 中学の時からずっと好きだった。なのに悠悟はいっつもあの女の事ばっかり。あいつが引きこもりになれば悠悟とは距離ができて、わたしを少しは見てくれると思った。だけどあいつは死んじゃって、悠悟の方が引きこもりになっちゃった……」


「なんでおっちゃんのラーメン屋を襲わせたんだ?」

「せっかく部屋から出てきた悠悟が、とられた気がした。あのラーメン屋もあの女との思い出なんでしょ?」

「そんな事でおっちゃんの居場所を奪うなよ!」

「そんな事じゃない! わたしはずっと本気なの! 悠悟が好きでたまらないの! あんな地味な女より、わたしのほうが悠悟に釣り合った彼女になれる!」


「釣り合うとか、そんなんじゃねぇんだよ……」

「私が悠悟をずっと、支えるから……」

「好きな奴にはさ、どんな形であれ笑っていて欲しいもんじゃねぇのか? お前は俺を支えるどころか、俺から笑顔を奪ったんだよ。俺はあいつと、花ともっと一緒にいたかった!」

「あの女のどこがそんなに良かったのよ……」

 

「笑った顔だよ……お前には見せた事なかったのかもな」

 

「……」

嵐は、言葉を失った――。


「もうこれ以上俺からお前に言うことはない……自首しろよ」

悠悟は彼女に最後の言葉をかけると、嵐はその場に座り込み泣き崩れた。


 その後警察に出頭した嵐は学校を自主退学し、家族で遠くへ引っ越したと聞いた。


 なぜユーゴが一連の事件の真相を明らかにして、ここまでの証拠を集める事が出来たのか、それは手紙に記されていた。

「最初に僕が不信感を持ったのは、『あなたを支える』と言った彼女の言葉に、違和感を感じたからなんだ。過去に僕へそれを言ってくれた女性は、もっと真っ直ぐな目をしていた。悪いけどこればかりは理屈じゃないんだ――」


「――勿論根拠はそれだけではなくラーメン屋の事件から、近所の監視カメラをあたったり、言えないところにハッキングを仕掛けたりしながらも、しらみつぶしに人物を探っていくと嵐にたどり着いた。最後に平田さんにお願いをして、嵐本人から証言をとったんだ――」


「――でもこの世界の人間関係は君のものだ。僕がこの事実をどうしようというつもりはない。だから、これを見た君自身が、今後どうするかを判断して欲しい」


 そして手紙にはこうも書かれていた。


「僕にも君の夢を応援させてほしい。沢山の人を笑顔にするという点では、僕達の仕事は似ているのかもしれないね。短い間だけど僕も実際に働いてみてそれを実感してる。これは少しだけど、これまで描いたデジタルアートに値段がついたから、お店の出店費用にあててほしい」

悠悟が通帳を見ると、その額は300万を越えていた。


「まったく本物の王子様はスケールが違うぜ……色々ありがとな」



***


――3年後のハイウェ王国――


 玉座に座るユーゴと、その隣には髪を切り以前より凛々しくなったラージュの姿が。そして玉座の後ろに飾られている絵について、1人の家臣の男が感想を述べる。


「流石はユーゴ様、この絵はあえて背景をボカして描くことで中心の人物に目がいくようにしておられるのですな! お見事な手法でございます」

それを聞いたラージュとユーゴは、思わず目を合わせ笑いだしてしまう。


「ですが、何故この絵にはユーゴ様がお2人描かれているのですか? 分かりましたぞ! これは今の自分と、昔の自分を現しているのでございますな!」


 その絵には裏庭の白いベンチに座る2人の悠悟ユーゴと、その両端に立つラージュとフレアの姿が描かれていた。

「この絵はなんというタイトルなのでしょう?」

2人は同時に、笑顔で答えた。



***


――3年後の日本――


 悠悟は店の扉を開け暖簾を掛けると、まだオープン前だというのにすでに行列が出来ていた。店の入口には沢山のお祝いの花が並び、オープン初日を彩っている。


 悠悟は無事に高校を卒業してから2年の修行を積み、念願の自分の店を持つことに成功した。ユーゴが残してくれたお金は使わず、花のいた児童養護施設へと全額寄付した。


「ありがとう。とても美味しかった。また来るよ」

「どうもありがとうございます! またお待ちしてます!」

悠悟の店には沢山の笑顔が見られ、それを見て悠悟も楽しそうに働いている。


 そしてふと、会った事こそないが、辛い時を一緒に乗り越えた友人のくれた手紙の一節を思い出す。


「人の痛みや苦しみは、本人にしか分からない。でも僕達はそれを分け合うことが出来ると知った。それは夢も同じ。人の夢に大小などはありはしないし、誰かと共有することも出来る。僕らはそれを一度失う事で、より大切なことに気付けたんだと思う――」


「――僕達の夢は、まだ始まったばかりだ」




夢にまで見た異世界生活 完


 

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夢にまで見た異世界生活 野谷 海 @nozakikai

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